第12話 一年生 春
三種の神器による九条結界に守られた本州の人々を別として、統計上、人が一生の内で
(そんな低確率を二回も引き当てるわたし、うぇーい!)
落下感はすぐ無くなり、紗江は両足で地を踏みしめた。
無理矢理テンションを上げようとしてみたが上手くいかず、がっくしと肩を落とした。
視線を下ろせば、腕の中にはいまだ眠り続ける幼女の姿。はぐれずに済んだと、とりあえずは安堵し、今度は周囲に視線を向けるが、暗さに奥まで見通せず、紗江は膝をついて少女を下ろし、空いた片手でポケットから鉄鈴扇を取り出す。
親骨に付いた小鈴を弾いて、魔道器官を意識すれば、ほのかな光が浮かび上がる。
照らし出された異界は円形のホール状になっていて、ちょうど旧講堂と同じくらいの広さがあるように思えた。苔むした岸壁に通路のようなものは見えず、
「――位相反映型かぁ」
その種別に当たりを付けて口にする。
「問題は強度と難易度……」
一般的には
脱出するには、
だが、核破壊が条件の場合、大抵はそれを守護する
見渡す限り、核となるようなものはない。となれば、脱出条件は魔物殲滅型か
紗江は戦闘に備えて幼女を抱え直し、手近な壁の方へと歩み寄る。
「うぅ……」
と、揺さぶられた事で幼女がわずかにうめいて目を開けた。
「――お姉ちゃん、誰?」
目をこすりながら訊ねられるが、紗江は首を振って幼女を撫でた。
地面に下ろし、目線を合わせて手早く告げる。
「ごめん、今はそれどころじゃないんだ。怖いかもしれないけど、そこから絶対に動かないで」
背後でぼちゃぼちゃという水音が響き、魔法で生み出した明かりをそちらに向けると、まるで宙から染み出すように黒色の粘液が地に流れ落ち、ぶるりと震えたそれは、立ち上がって小鬼の姿を形作る。
――その数、五。
まだこちらに気づいていないのか眼の色は白く、辺りをうかがうようにキョロキョロと頭を巡らせている。
蘇るのはあの事故の記憶。ブルブルと手が震えだしそうになるが、
「お姉ちゃん?」
幼女の声に、紗江は震えを吹き飛ばす為に腹に力を込めた。
「大丈夫。大丈夫だから」
両手で鉄鈴扇を開き、顔の前からふわりと振るって幼女を結界で包む。それに反応して小鬼の顔が一斉にこちらを向いて、その眼の色が赤に染まる。
(弱いわたしが出し惜しみなんてできない! 最初から全力で――)
「――今こそ唸れ!
胸の魔道器官が高音域の金属音を放ち、その音に乗せて紗江は鈴鉄扇を鋭く打ち鳴らす。
小鬼が地を蹴って飛びかかってくる中、
「ふぅ――」
単音からなる原初の唄に喚起され、紗江の頭の背後に
鉄柱十本を一息に吹き飛ばした、魔道測定の時以上の全力全開の一撃は、しかし小鬼を倒すまでには至らない。
(一撃でダメなら――ッ!)
家紋が輝き、右腕が強化される。バラバラと転がった小鬼の眼の色を頼りに追撃に駆け寄り、刃となった扇沿でその頭を跳ね飛ばす。
黒い粘液が噴き上がり、
「――ギギィ!」
残る四体が異音を発する。
「あ――ッ!」
紗江が単音で唄えば、ギュルリと小鬼二体を中心に景色が収縮し、直後、風船が破裂するような音と共に景色が正常に戻って、小鬼二体が半身を失いぼちゃりと黒い粘液を撒き散らして倒れ込む。
(あと二体!)
地面を蹴って幼女の方へ後退し、息を整え、残る小鬼を探す。
(ウソ……でしょう……)
ボチャボチャと水音が地を打ち、闇の中で新たな小鬼が立ち上がる。その数、五。残った小鬼と合わせて七だ。
(でも、負けない! 小鬼がいくら数を揃えようが――)
「鳴り響け!
まだ、まとまっている五体を吹き飛ばすため、魔道器官がさらに高音を奏でる。
そんな紗江の心を折ろうかとでもいうように、一際大きな粘液が染み出し、ブルリと震えて巨大な両腕を形作る。肉を千切るような音と共に頭が胴が引きずり出され、最後に足が伸び出て、五メートルほどの巨体を立ち上がらせた。
「――大鬼!?」
本来は甲冑で対峙するような相手だ。
瞬間、すくい上げるように地を這ったそれの拳が、紗江目掛けて放たれた。
「割れ――ッ!?」
大鬼がまとう濃密な
一瞬の浮遊感。そして、落下と衝撃。肺の中の空気が、一気に吐き出されてしまう。
「ぐぅッ……」
それでも扇を手放さなかった自分を褒めてやりたい。目の前がチカチカして揺れる。打ち付けた時に地面で切ったのか、後頭部がぬるぬるした。
「――お姉ちゃん!」
幼女が泣きそうな顔で駆け寄ってきて、紗江に触れる。
「来ちゃ、ダメ……戻って……」
結界から出てしまっている。歯を食いしばって四肢を付き、力を込めて身体を起こすと、紗江は幼女を押しやろうと震える手を伸ばす。だが、その手を掻い潜り、幼女は泣きそうな顔で、紗江を見上げた。
「アイツ、やっつけないとなんだよね? なのになんでお姉ちゃんは壊れた方を使ってるの?」
背後で大鬼が勝ち誇ったように咆哮し、応えるように小鬼達がギチギチと不快な音で嘲笑う。
「なに、を……そんな事より、今は……」
幼女の言葉の意味がわからず、それでも彼女を守らないといけないと、その背に庇って大鬼を見据える。
「ああ、切り替え方がわからないんだね? 整えてあげる」
と、背中に幼女の掌が触れた感触。
「――目覚めよ、レガリア。
瞬間、視界が真っ白に染まった。
「ガッ――ああああぁぁぁぁぁ!?」
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