第154話 裕福なシャナビス

 ジル隊のシャナビス。通称リッシュ(裕福な)・シャナビスはピュリスに来ていた。リッシュと呼ばれるのは金持ちだから。そして気前がいい。誰にでもお金を貸してくれる。


 リッシュ・シャナビスは10歳の時、槍技と顔盗という2つのギフトを得た。シャナビスは槍技だけしか皆に言わなかった。ギフトは普通1つだけだから、槍の技を見せたらみんな祝福してくれた。


 森でソロでゴブリンを倒したとき、死ぬ間際のゴブリンの顔を盗んだ。仮面が1枚手元に残って、ゴブリンはのっぺらぼうで死んでいった。それ以来シャナビスはモンスターの仮面集めにハマったのである。不気味だが無害な趣味だ。


「キャー誰か助けて」


 馬車がフォレストオオカミの群れに襲われていた。シャナビスは走って助けに行ったが、もう手遅れで着いた時にはほとんど死んでいた。美しい令嬢とハンサムな紳士だけが瀕死だった。シャナビスは二人の顔を奪った。そしてのっぺらぼうを二人殺した。


 槍の訓練に励みながら、シャナビスは美しい顔面を集める犯罪者になった。生きたまま手に入れた人面は、しばらく死なないのである。それを眺め愛玩する快楽。金目のものを盗むのはついでである。いつの間にか彼は小金持ちになっていた。


 ザッツハルト傭兵団に入ってからは、花形のジル隊に入ることができた。隊長のジルは人間の醜悪さに敏感だった。シャナビスの悪癖にも気づき、面白がって手助けしてくれるようになった。


 ミンガスと、スノウ・ホワイトもすぐ仲間になってくれた。お金を貸すという口実で、人とつながりを持てと教えてくれたのはミンガスだ。微笑みのミンガス。ばれないように、善意を装う。ごくごくまれに気に入った顔面を奪って、替りに古い仮面を張り付ける。


 この世界では身元不明死体は放置される。一方で不可解な行方不明事件が発生しても、二つの事件が結びつけられることはなく、ましてシャナビスが疑われることはなかった。


 サエカでケリーの住む村を襲ったとき、シャナビスは興奮していた。ここは放火して死体が焼けただれるので、顔面は盗み放題だ。死体がのっぺらぼうでも焼けただれているので気がつく人もいない。ケリーの両親の顔面もこの男のコレクションの中に今もある。


 シャナビスがピュリスに来たのはジルに言われたためだ。一応直属の上司である。スノウ・ホワイトとミンガスは二人ともピュリス近郊で難に会っている。そこに関連がないか調べること。ついでにピュリスにスパイを作って来いというのがジルの命令だ。


 シャナビスはコレクションの中にある汚い老人たちの顔を、若い子の顔と交換したいと思っていた。戦争もなくずっと機会がなかったから、ピュリスへの旅は良い機会だった。


 スパイ候補として選んだのはDランクパーティー。リーダーはサミュエル。剣士、タンク、火魔導士、ヒーラーとバランスがいいし、得意なスキルレベルは全員3。年齢も20歳と若い。


 リッシュ・シャナビスは高給でサミュエル達を雇った。ダンジョンでのオーク討伐だ。観光目的の討伐である。サミュエル達も慣れたダンジョンである。お客様を案内しながら、楽しく討伐を続けていた。


 特に問題なく8層まで来た。ここが最下層のオークが出る階層だ。ボス部屋にはハイオークがいる。手ごわいが何回か倒している。シャナビスは客だが、槍の腕は確かで、ボスのとどめを希望している。


 前衛はタンクで盾士のマイクと、リーダーで剣士のサミュエル。中衛にシャナビスが槍で入り、後衛はヒーラーのナターシャと火魔導士のレスティ。このパーティーの欠点はシーフがいない事だった。


 索敵、マッピング、罠感知が甘いとシャナビスは思う。昔リリエスがいたころはリリエスがヒーラーとシーフを兼務していた。リリエスが抜けて2年近く、サミュエルのパーティーが低迷しているのは、シーフの能力が欠けているせいである。それでもここは慣れたダンジョンで何の心配もないはずだった。


 突然マイクがうめいた。転移罠を踏んでしまった。5人は一斉にダンジョンのどこかに飛ばされてしまった。そこはいわゆるモンスターハウス。オークが40体くらい密集している部屋だった。


 数が多すぎる。しかもオークの密集部分に転移して、すぐ乱戦になってしまった。自分の身は自分で守れという状態だ。ヒーラーのナターシャがオークの棍棒に肩を打たれてうずくまる。サミュエルが必死に傍に行こうとするが、目の前のオークを倒さない限り危険だった。次にマイクが挟み撃ちにされて気を失った。


 シャナビスは戦場の勘で脱出路を見切った。槍をふるい邪魔な3体を一気に倒し、活路を開く。サミュエルとレスティーが攻撃しながらその後に続く。ナターシャとマイクの二人はもうオークに噛みつかれ、瀕死になっている。見捨てるしかなかった。


 シャナビスは一気に不機嫌になる。仕事のできない奴は嫌いなのだ。シャナビスは指示をしろとサミュエルをせかす。


「サミュエル、どっちへ逃げればいい」


「とにかく離れよう。まっすぐ」


「上り坂になっている道の方がいいわよ」


「じゃそっちだ」


 3人は迷った。


 シャナビスは二人を見切った。スパイとして使うには馬鹿すぎる。


「止まれ」


 驚いて二人は停止する。何も言わずに槍で腹を刺すシャナビス。


「なぜ?なぜなんだ」


「お前たちは雑魚すぎる」


 瀕死で倒れ伏した二人に、シャナビスはバッグから中年の男と女の顔面を取り出す。サミュエルとレスティの顔は一瞬で中年の男女の顔に変わる。その顔で断末魔の苦悶の叫びをあげる二人。


 そこに少年がやってきた。恐怖のせいか、声も上がられない。


「何しに来た。ガキ」


 そう言いながらシャナビスは容赦なく槍を投げる。戦場で何人も殺してきた熟練の投げ槍である。少年にかわせるはずがなかった。


 少年は盾で槍の軌道を変え受け流す。瀕死の二人のところへ走り寄り


「父さん、母さん。生きて!」


 と叫び泣いた。


 それは隙になる、背後の死角から近づいたシャナビスは、近接した場所から予備の短槍で首筋を狙う。外すわけがない。大きな血管が切れたのか、少年は血を流し倒れた。


 シャナビスは少年の顔面も奪おうと近づいてくる。少年の首に糸が巻き付いて血を止めた。少年が小瓶の液体を飲むと、にわかに立ち上がり、短剣を構えた。


「何者だお前」


「サエカ村の生き残りだ。名はケリー」


「母ちゃやられているいる時に、何にもできないで泣いていた、あのちっこいガキか」


「なんでここに母さんと父さんがいるんだ」


「あれは顔を剥いだんだ。苦しんで死ぬ寸前の顔をな、ずいぶん楽しませてもらったぜ」


「許さない」


「子供に俺が殺せるわけがない」


 実際シャナビスは強い。ケリーの身体に浅い傷をつけて、すぐ下がる。短剣と槍の間合いの違いを利用して、出血で気を失うのを待っている。少年と侮らない堅実な戦い方である。


 ケリーは短剣の間合いに入るために近づくしかない。それでも届くのはシャナビスの足だけだ。そこにかすり傷をつけるだけ。しかもほとんど防具にはじかれている。しかも近づいて短剣が問届いたときには、槍で深手を負わされている。


 このままだと、ケリーが死ぬのは時間の問題だ。リリエスは助けに来ない。ケリーはなぜ鋼糸で敵を切り刻まないのか。粘糸で拘束しないのか。風刃で攻撃しないのか。何かを決意しているケリーだった。


「お前の顔も剥いでやる。俺の犬の顔に張り付けてやるよ。悔しくて悔しくて死んだお前が、俺の犬になって俺に媚びてくる。ぺろぺろ俺の顔をなめたりしてな」


 30分後、倒れたのはシャナビスだった。ケリーはリンクの恩恵でHPとMPが常に満タンになっていた。出血は厳しかったが、エリクサーが癒してくれた。短剣は相手の防御を無効にし、確定でHPを減らす魔剣だった。


 戦いが終わってリリエスが現れた。ケリーの父母の顔を持つ遺体を、クリーンをしてきれいにした。衣服も整え、棺に入れる。ケリーと二人でサエカの海辺に立つ。ケリーの家の跡に深い穴を掘って祈りつつ、父母を葬った。


 辛い記憶を魔導書に分担してもらった。それでも治らなかった2時間おきの夜泣きは、この日の儀式の後からはもうなくなったのである。これからはケリーも子供らしく長く眠ることができる。

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