第71話 源泉かけ流し
エルザは貿易商ジェビック商会の、アンジェラの訪問を受けた。冒険者ギルドの会議室で話をする。いつも格安奴隷を買っているので顔なじみだ。アンジェラは青い瞳黒い肌の美女。獣人であるエルザよりも背が高い。
ジェビック商会は世界的な貿易商だ。ピュリスでは奴隷商しかしていないが、本来貿易商なので、サエカが貿易で栄えたら、大きな利益が見込める。何か大きな動きをしているという噂をエルザは聞いていた。
「エルザ、今日はダンジョンの話をしに来た」
「相変わらずアンジェラは前置きがないわね」
「それが私の良いところ。それでドライアドのダンジョンの件」
それは厳重な秘密のはずだった。
「どこまで知っているの」
「エルザ自身より深く」
「降参するわ。アンジェラ。あなたとジェビック商会の情報力に」
「ダレンから冒険者ギルドの建て替えを頼まれてね。劇場と公衆浴場も作るつもりだから、協力してほしい」
黒い肌に、大きな青い目が生き生きしている。髪と同じ暗い青だ。同性ながらきれいだなと思った。
「領主の長男のダレンね。それでジェビック商会が、冒険者ギルドの建て替えを頼まれたと。領主がスタンピード撃退のご褒美に、ギルドを建て替えてくれるという話は聞いている。自分の金を出さずに商人にたかるっていうわけね。そこまでわかった」
「弟に付くか、自分に付くか。そういうことだ。敵になるなら殺されるかもしれない」
「アンジェラ。先走りすぎてわからないから」
アンジェラは頭がよすぎて、普通の人には理解が追い付かない。それでも仕事ができるのは、本当に天才だからだろう。
「劇場も一緒に作れと言われた。王都への挑戦だ。カナス辺境伯はこれを宣戦布告と受け取るかもしれない」
アンジェラの話はさらに先走って、エルザにはまったくわからなくなった。
「公衆浴場って?」
どこかに温泉浴場というものが、できたと聞いたことがある。でもクリーンの生活魔法がだれでも使えるこの世界では、そんな必要性は全くない。
「やれと言われて、言われたことしかやらないのは、相手に対する侮辱だ。これがアンジェラのポリシーだ。だからこの世界では珍しい公衆浴場、源泉かけ流し、も作る。ビスクでは人気なんだ」
「冒険者ギルドを建て替えて、劇場を併設しろと言われた。そこで公衆浴場まで作って、領主の長男をびっくりさせようというわけか。それで一儲けする気なんだ」
「そのノウハウをドライアドのダンジョン同盟が持っている。ここまで言えばいくら鈍いエルザでも分かるだろう」
「アンジェラ。あなたが頭いいのは知っている。でも順番に話さないと分からない人が大多数なの」
「DPでこれを作る。DP、ダンジョンポイントのことを略してDP。これは金で買える。金はジェビック商会が出す。断ればエルザはダレンとドライアド同盟の敵になり、命の保障はできない。返事は明日まで。それと死の谷のダンジョンコア持っているのは知っているから」
渡されたのは綿密な設計図と、文書での背景説明だった。文書を読むと何を言いたかったかが分かる。
死の谷のダンジョンコアで、イエローハウスの庭に新しいダンジョンを作る。それを冒険者ギルドのダンジョンと仮想的に統合し、計20層程度ののダンジョンを作る。ダンジョン部分は私の自由にさせてくれる。
DPで作った施設はダンジョンの一部とみなされる。劇場や温泉をDPで作る。早くて完璧なものが魔法的にできる。人がたくさん来ればDPが溜まる。私の利益は直接的にはDPで、収益見通しがグラフ化されている。無駄にビジュアルが良い。アンジェラにはダンジョン同盟の作った温泉が得られる。これでダレンの歓心を買い貿易商として設けようということか。ここまでは分かる。カナス辺境伯がどうのということは、思考の外に置く。
さらにイエローハウスもダンジョンの一部とみなされるので、イエローハウスの老人も、ダンジョンコアの保護対象になると書いてある。ダンジョンコアが良く分からない。我々を保護してくれるんだ。
デメリットは、私の方は、秘密漏洩の可能性。たしかに秘密が漏洩した時には、同盟から除名されることになっていた。住んでいる家がダンジョンの一部だということに気づかれてはならない。老人たちは死ぬから、ジュリアスにということね。ジュリアスをチームに引き込めば済む。ジュリアスは血なまぐさい復讐に巻き込む気はないから、サポーターかな。
アンジェラの側のデメリットは金銭的なもの。2億チコリくらいのDPを金銭で買うつもりらしい。アンジェラは言うことは乱暴だが、親切な善意の人だ。天才すぎて彼女の考えを理解できる人は少ないが、少数の理解者には絶大な信頼を得ている。乗ってもいいかなとエルザは思う。
ただジェビック商会がドライアドのダンジョン同盟とかかわりがあるのか。それは知ってはいけない危険な知識のような気がする。エルザはアンジェラほど天才ではないが、直感は鋭い。これ以上突っ込まないことにする。命の保証はできないと言われたし。
死の谷のダンジョンコアの活用。イエローハウスの庭に、新しいダンジョンを作ることは考えていた。だが新しいダンジョンはギルドに届け出なければならない。秘密を守りたかったから、そこがネックだった。アンジェラの計画では、新しいダンジョンは秘密にできるようだ。それだけでもエルザにメリットはある。それ以外の劇場も、公衆浴場もエルザには関係がない。クルトに相談してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます