手のかからない子供

 僕は子供のとき、テレビを好きなだけ見せてはもらえなかった。


 1週間のうち30分だけ許されていて、それ以上は絶対に見ることはできない。


 ちょうどアニメや特撮の1話分を見れるが、


 そんなことが何の救いになるのだろう。


 アニメだけでも何本とあるのに、


 たった1話分ではひとつの作品しか追うことができない。


 特撮だって見たいし、友達同士の会話に加わりたいのに。


 ひとつの作品しか追えないのでは、どうしたって無理がでてしまう。


 見てるふりをして、ごまかして、適当に相槌を打つしかない。


 小学生の僕にとって、そんな日々はとてもつらかった。


 だから、僕はあきらめることにした。


 もしも正解があるのなら、どうしても見たい作品だけを選択すべきなのだろう。


 でも、1週間に1作品では見たい作品すら選べない。


 今週はこれで来週はあれでなんてやっていたら、


 話についていけなくなってしまう。


 だったら、自分には無縁のものだとあきらめるしかない。

 

 格好いいヒーローもロボットも、自分とは関係のない存在。


 よその家では当たり前に見れても、うちは違うから仕方がない。


 そうやってあきらめることで、見たいという欲求をなくすしかなかった。


 週に1度、与えられる30分の権利。


 その権利の価値がなくなれば、どれに使うかなんて悩まなくていい。


 そして、それは間違いではなかった。


 親の見たい番組があれば、そちらを優先されてしまう。


 何か用事があれば、そちらを優先されてしまう。


 与えられた権利の価値なんて、最初からなかったのだ。


「おもちゃを欲しがったりもしないし、うちの子は手がかからなくて助かるわ」


 僕は、手のかからない子供だったわけじゃない。


 あきらめることが、癖になってしまった子供だっただけ。


 それとも、欲しがったら買ってもらえたの?

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