3話 入学式*ハプニング


『神仁起きてっ!』

「あと、5分…いや5時間だけ寝させて…」

『どんだけ寝れば気が済むの?これでもぎりぎりまで寝かせてあげてたのに…』

玲はそう言うと俺の掛けていた布団を剥がす。

「うっ!さぶっ」

『ハイハイ!ご飯出来てるから顔洗って食べて』

「玲、起こしてくれてありがとな。入学式早々遅刻するとこだったわ。」

『なんで遅刻しそうなの?神仁は、午後が入学式のはずでしょ?』

「そうだけど、なんか眠れなくなくてこのまま寝てたらお昼過ぎまで寝てる気がしたから」

『ベットが合ってないんじゃないの?』

「そうかも。…あっ!そういえば、今日午後入学式の後、高校の同級生と会って遅くなるかもだから今日は夜飯いらない」

『りょーかい!行ってきます』

「いってらっしゃい…」

ばたんっ!

「はぁ…」

同居を始めて数日、同居するにあたって重要な問題が発覚した。

これまでは荷解きやショッピングなど用事が立て続けに起きたために意識していなかった。

しかし、入学式の今日、入学式が午後で午前中は暇を持て余してしまったことが失態だった。

昨日眠れなかった原因もきっとこの問題のせいに決まっている。

その問題を解決するには問題がひとつあった。それは、同居人である玲がとても匂いに敏感なところである。

昔、泊まり込みで遊びに行った時の話だが、寝間着から着替える時、玲の家庭でいつも使用している洗剤によく似た匂いの洗剤に変えたことを当てていたのだ。

しかも、夕飯近くまで公園で遊んだ後の帰り道も俺が匂いをかぎ取る前に夕飯の品名まで当ててしまう敏感さだ。そんな彼女と同居するうえで、致す、ということは限りなく不可能に近い。

しかし紳士とあれど、彼女がいたとしてもしたいときはしたい。

車を持っていて運転できても、マ○カーをやるのと同じ理屈だ。

そうこう考えているうちに、入学式への時間は刻一刻と迫って来た。

「さすがに起こしてもらって遅刻とかできねぇ」

俺は新品のシャツの袖に腕を通した。

そしてその後俺は何の解決策も浮かばぬまま家を後にした。


入学式の会場に着くと多くの新入生が集まっていた。

入学式は、学長や幹部クラスの先生方の話。一部のサークル発表や、各学部のシラバスなどの資料配布で終わった。

校門前ではサークルの勧誘が盛んに行われており、俺もチラシを何枚か貰ってしまった。サークルに入っておかないとほとんどの確率でイベント事や先輩などの上下の関係、違う学部の同級生などと話す機会がなくなると高校の時の先輩に聞いていたので、丁度良かった。

そう思いながら歩いていると友達からの着信が来た。

「もしもし、おぉ!久しぶり!今日はお疲れ様!どこに集合すればいい?」

「神仁、ほんとにすまんっ!今日じいちゃんばぁちゃん家族総出でこっち来ちゃっていけなくなっちまった」

「大丈夫、大丈夫!今日は楽しめよ。俺は近いからまたいつでも会えるだろ」

「ほんとにすまん、あとでなんか奢るわ。じゃあな」

「おう、じゃあな」


集まりもなくなり、かと言って何もすることも無いので俺は玲にlimeで早く帰るという趣旨のメッセージを送り家路を急いだ。


家の鍵を開けると照明がついており、玲はもう帰っているようだった。

リビングに行っても玲の姿が見えなかったので、自室にいるものだと思っていた。

自分の部屋に戻り慣れないスーツをベットに脱ぎ捨てる。

部屋にいても特にやることはないし、のども乾いてきたので部屋着に着替えて冷蔵庫に向かう。

冷蔵庫を開けてお茶をコップに注ぐ。

一度にコップのお茶を飲み干し、もう一度注いでリビングに向かう。

暇をつぶすために、ソファーに横になりながら携帯で動画を見ることにした。

「ふふっ…っは!」

おかしなおもしろ動画を見ながら一人で笑ってしまった。


しばらくすると、玲の上機嫌な声が聞こえてきた。

『お風呂気持ちよかったー』

『ココア飲もーっと』

ソファーの配置的に俺が見えなかったのか凄く上機嫌そうだった。

俺でさえ今朝の問題がまだ解決していないのだから、玲も従妹とは言え、年頃の男女が一緒に住むということは何かしら気を使いながら生活しているだろう。

そんな生活の中で一人の時を謳歌するように玲は鼻歌を歌っていた。

話すべきか迷ったが、さすがにあとで気づかれて気まずくなるよりはいいと思い玲のいキッチンの方を向いた。


「ただいま。limeにも送っておいたけど、はやく帰ることになったn……」


言い終わる前に俺は眼前の光景を処理することが出来なくなってしまった。


『あっ………あっ…しーくん…?』

『今日遅くなるって…だから、こんな格好で』


俺は思わず唾を飲んだ。

慌てた玲は手に持っていたココアの粉が粉雪のように腿にかかった。

彼女は羞恥からか、耳を真っ赤に染めタオルで自分自身を隠そうとした。

彼女の装備がタオル一枚だけということもあり、その行動は逆効果だった。

その瞬間、「ぷつり」と、俺の奥深くにある理性の糸が切れた音がした。


『あ、あぁ…あう…』


真っ赤になった顔か、タオルしか装備していない身体か、どちらを隠すかあたふたして姿勢を崩しその場に彼女は尻もちをついた。

これまで玲は俺を揶揄ってみたり同い年なのに少し上の姉のようにふるまっていたのに今は悪いことをして怒られている子供のように小さくなっている。

一応、現役合格しているので、酒のせいと言い訳出来ない。切れた糸を繋ぎなおすように、理性の糸を手繰り寄せた。

しかし、そんな努力は無駄だった。

俺は玲の両肩に手を置き少々乱暴に冷蔵庫に押し付けた。


「こっちだって色々溜まってるんだよ」


『うん…ごめん…』


押されるときはまるで迷子になった子供のように従順で嗜虐心をくすぐる。

念を押すが、俺は決してロリコンではない。


「別にお前が謝ることじゃない」

そう言った瞬間、玲は不安そうに肩を震わせていた。

俺は一気に冷静になった。


「まあ、二人とも彼氏彼女でもない男女で暮らすことなんて初めてなんだし、お互い初めてわかることも……」

俺は今まで彼女に向けた劣情を最低のいいわけで取り消そうとする。


『別に…いいよ…』


『さっきのは不意打ちだったから…ちょっと…ほんとにちょっとびっくりしただけ…なんだから……だから…いいよ…』


「俺が言えたもんじゃないがもう終わりだ。無理に意地張らなくても…」

そう言うと玲はバスタオルを片手で直し、神仁の首筋に唇を這わせた。昨日の頬の感触が脳裏をよぎり、麻酔を打たれたような感覚になる。


「……!?」


「お、おまっ何して」


『意地じゃないもん……』


「意地じゃないってお前…」


『威勢がいいのは口だけなの?』

これまでにないぐらい煽情的な顔をした彼女に俺は我慢できるはずも無かった。


「上等だよ。知らねえからな」

そう言って玲の細い首をそっと手でなぞり、耳を食む。

食んだ耳は朱に染まり、耳から伝播する様に頬が染まる。

ポットは二人の心情を表すようにボコボコと音を立てながら沸騰している。

今は二人きりで邪魔は入らない。


「先に誘ったのそっちだから」

我ながら最低な言い訳を吐き捨て、一緒に理性も吐き捨てた。



突如空気の読めない無機質な電話の音が部屋に鳴り響いた。それは友人からの着信だった。

そんな雰囲気になっていた空気をぶち壊した友人に怒りを覚えつつしかし、自分を冷静にさせてくれたことに感謝する複雑な気持ちを抱きながら電話に出た。

「ん、あぁもしもし」

「なんでお前そんな不機嫌そうなんだよ!」

「……」

「…もしかして、俺成分が足りないのか?」

「そうか、そうか、本当に済まn……」

少しイラついてしまい用件を聞かぬまま電話を切ってしまった。

「はぁ…どうするかなぁ…」

電話の後、今までの後悔にい襲われ玄関からしばらく戻ってこれなかった。


神仁が電話の為玄関に消え、私は一人キッチンに残された。ポットも沸騰が終わり部屋はとても静かになった。

『同居してから結構頑張ったと思ったんだけど…』

(まだ昔のことが従兄妹同士、交流が深ければ深いほど家族として見ちゃうってところに拍車をかけてるのかな…)

けどこの前のお出かけの時のゲームセンターは楽しかったな。

玲は二人で撮ったプリクラの縁を愛おしそうに撫でる。


・・・

『このぬいぐるみ可愛い!しーくん取ってー』

「え?この犬のやつ?」

『そうそう!取ってくれる…?』

「可愛いか?これ。可愛いというより不細工じゃねぇの?」

『そー言うと思った!…けどそこが一周まわって可愛いんじゃん』

「服選び手伝ってもらったしやるか!」

「ってか女の可愛いってマジわかんないんだよな…」

『可愛いものは可愛いの!あ!そこもうちょっと左じゃない?』

『ほらぁ!もうちょい左だったじゃん!』

「じゃあそんだけ言うなら一回やってみろよ」

『一発で取れたらしーくん用無しだね』

「絶対無理だね!…いや…ちょっとそれ待って」

『持ち上がったよ!取れるんじゃない?』

「『あっ』」

「ほ、ほらな!むずいだろ?」

「俺にやらせな」


『しーくんのへたっぴ…』

「俺の英世二人が…」

『任せろって言ったのに…』

「いや、仕方ないじゃん」

『言い訳は彼女にはご法度だぞ?』

「女を神格化すな!三世の不二子ちゃんは嘘は女の武器って言ってたぞ!女尊男卑反対!」

『ここだぞ~女の子にモテないの。だから彼女出来ないんだぞ』

「うっせ!余計なお世話だっちゅうの!」


『しーくん!見てみて!カップル専用プリだって!』

「こっち見るな。撮らないぞ。カップル専用なんだろ?」

『やだって言わないでよ…傍から見たら十分カップルみたいだよ!もしかしてフードコートでのことを忘れちゃったの?』

「分かった分かった」

『え…いいの?』

「撮るだけだろ?友達とよくふざけて撮ったから減るもんでもないし……」

〈身体をもっと寄せて彼女さんは彼氏さんのほっぺにちゅーしちゃお~!〉

『カップル専用ってこういうことかー』

『あ!やば!カウント始まっちゃった!しーくんもっと近づいて!』

〈321!〉

ちゅっ!

盛れてなかったから編集の時には顔を消しちゃったけど…。

(私としーくんだけが知っている)


『ねぇしーくん家までてーつなごーよ』

「仰せの通りにお姫様」

今日は自分が誘ったせいで少し怖い思いをさせたと思っていたので贖罪として玲の言うことを聞くことにした。

すると、玲は肘から前腕にかけてなでる様に手を這わせ俺の手に絡めた。

『あったかいね』

「そうだな」

『こーするともっとあったかい』

そう照れを隠しながら絡めた手を解き、腕に手を回し肩に頭をのせた。

「恥ずかしいだろ!」

『大丈夫。ここには誰も止める人なんていないから』

「絶賛止めようとしている人が横にいるんだけど」

『しーらないっ』

(こんなことも私としーくんだけのヒミツ)

・・・


(ちょっと怖かったけど…余裕のないしーくんの目…綺麗でかっこよかったな…)

(けど据え膳より電話を優先するなんて…)


『……しーくんの意気地なし…』

『その…もうちょっと何かあってくれてもいいじゃん』

私は彼に聞こえないよう小さく呻いた。

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