第122話 冒険者の戦い
エディレーンさんの出番の声にどよめく冒険者たち。
彼らは皆神の石版に記されたスライムを討伐にきた者たちだが、いずれも不安そうな表情をしていた。
それはきっと自分たちと騎士団の違いを目の前で見せつけられたから。
圧倒され、一度は戦うことを覚悟していたはずが、戦場に一歩を踏みだす気概を失ってしまっている。
この場の大半の冒険者がそんな表情を浮かべていた。
「……まず君たちに言っておきたいことがある」
遠く騎士団の戦う戦場の激しさとは対照的な静かな語り口だった。
動揺の広がる冒険者たちにゆっくりとした気遣うような声。
「もし君たちがこの先の戦いに不安を感じて逃げ出したいなら……。私はそれを咎めたりしない。無論冒険者ギルドとしても依頼放棄の責任を問うことはない」
「……えっ」
「……っ!?」
「な、何いってんだ。俺たちは別にビビってなんか……」
なにをいっているか理解できない。
陣地に集まっていた冒険者たちは皆一様にそんな表情を浮かべ困惑していた。
(エディレーンは一体何のつもりだ? 逃げ出してもいい。そう言ったのか?)
(わからない。でもエディレーンさんにも考えがあるはず……。最後まで聴いてみよう)
「君たちの中にはスライムの大群と騎士団の激突を見て、こんなつもりじゃなかったと思った者もいるだろう。実際冒険者ギルドとしてももう少し小規模なものになると予想して募集をかけた」
「ああ、そうだ! も、もっと楽な依頼だったはずだ! こんなことになるなんて!」
「お、俺たちはあんな風に戦えない。というか二つも騎士団がいればもう戦力は十分だろ。俺たちは騎士なんかより断然弱い。……足手まといだ」
「何弱気になってんのよ! 冒険者としての意地はないの!」
「う、うるせぇ! スライム相手ならまだしも上位個体相手なんて知らなかった! 知らなかったんだ!」
「そ、それはそうだけど……」
エディレーンさんの言葉に端を発した冒険者たちの不安と不満の吐露は陣地に混乱を招いていた。
嘆く一人がいれば、憤る一人がいる。
皆で逃げようと叫ぶ者がいれば、皆で戦おうと鼓舞する者がいる。
「無理もない。彼らは神の石版に記されたこととはいえ、これ程の事態になるとは予想していなかっただろう。推定でも上位個体も入り混じった二千体近いスライムの大群とは……私も流石にこれは読めなかった」
「まあ、不満はあるわな。冒険者は皆命を賭けて日々を生きてる。依頼内容が違ったら文句ぐらい言うさ」
ケイゼ先生とニールは混乱する冒険者たちを同情の眼差しで見詰めていた。
彼らの不安も不満ももっともなことだ。
当初の予定とは違う規模のスライム。
それと戦う騎士団は自分たちより遥かに強く、共に並びたち戦う資格があるのかと自己が揺らぐ。
自分たちがどれほど通用するのかもわからない。
疑心が心を縛り身体の動きを鈍くする。
俺も同じだ。
果たしてあそこに飛びこんでどれほど戦える。
そんな不安に身動きを縛られた冒険者たちに向けてエディレーンさんは語りかけた。
「……冒険者として活動していれば命を失うこともある。それが自分の命なのか仲間の命なのかはわからない。だが、常に危険と隣合わせなのが冒険者という職業だ」
「……」
「……ああ、そうだな……」
「私も覚悟してる……」
混乱の坩堝にあった冒険者たちはエディレーンさんの言葉に聴き入っていた。
「戦い、立ち向かうことは勿論大事だ。そうでないと切り抜けられない場面は必ず出てくる。だが……時には逃げることも選択肢に入れる必要がある。逃げることは……悪いことじゃない。無論他人に迷惑をかけない範囲でだが……少なくともいまは逃げたっていい。いまならまだ、引き返せる」
彼女は自らにいい聞かせるように聴き入る冒険者たちに語る。
それをケイゼ先生が哀しそうな目で見ていたのが印象的だった。
「だが、もし……もしまだ戦う勇気があるなら……いまそれを使う時だ。――――あれを見ろ」
戦場の最前線では敵味方の攻撃が入り乱れる中、イーリアスさんが暴れ回っている。
クランベリーさんの指示の下、数多の魔法が飛び交いスライムたちを薙ぎ払う。
しかし、エディレーンさんの指差す先は少し違った。
彼女は最前線より少し手前、俺たちにも近い騎士たちの戦いを指し示していた。
「俺が囮になる! 後ろに回り込んで攻撃してくれ!」
一人の騎士が殺到するスライムの前方に立ち注目を集める。
「魔法は任せろ! 私の障壁魔法で受け止めてみせる!」
一人の騎士が仲間を守るため身を挺して魔法攻撃の中心に躍りでる。
「負傷した! 援護を頼む!」
「一度負傷者を下げる。時間を稼いでくれ」
「任せろ!! うぉおおお!!」
一人の負傷した騎士のため皆が全力を尽くしスライムたちを押し留める。
「騎士たちだって万能じゃない。一人で一騎当千の力をもっている訳じゃない。皆助け合って戦っているんだ。……そして彼らは助けを求めている」
騎士たちは誰もが必死で戦っていた。
「ほんの小さな力でいいんだ。スライムの一体、二体を倒すだけだっていい」
あれだけの攻撃に晒されたのにまだスライムたちは多く残っている。
それこそ大小様々な集団で広範囲に散らばって。
「目先の派手さに囚われることはない。闘技や魔法を使えなくたっていい。……彼らは助けを求めている。そして、君たちはその力になれる」
騎士団の戦いは鮮烈だった。
それこそ、バンさんの最上級魔法やイーリアスさんの上位闘技を見たあとでは。
……俺も囚われていたんだろうか。
あんな風にはなれないと、どこかで線を引いてしまった。
「俺はやる」
「戦う……戦ってやる」
「そうだ。協力すれば上位個体だって……」
熱気が戻ってきていた。
敵を倒し、仲間を助ける。
冒険者たちに静かであつい熱が宿っていた。
「さて諸君にもう一度聞こう! 逃げたいヤツはいるか!」
「……」
「どうした! 私も冒険者ギルドもそれを咎めたりしない! 他の冒険者たちに咎めさせたりしない! 時には引くことも大事だ、遠慮なくいえ!」
「……」
「ならここからは冒険者の戦いを見せる時だ! 君たちの力を見せる時だ! 無理や無茶はしなくていい! 自分の命も仲間の命も大切にしろ!」
「「「おおっ!」」」
「冒険者は自由なのが私の信条だが、両騎士団との兼ね合いもある。ここは私が全体の指揮を務めさせてもらおう。異論はないか?」
「「「おおっ!!」」」
「よし、では行くぞ、冒険者諸君! 共に戦う仲間を、騎士たちを助けに行くとしよう。全員前進しろ!!」
「「「おおおーーーーっ!!」」」
冒険者たちは雄叫びと共に戦場に向かう。
迎え撃つのは騎士たちと戦う大量発生したスライムたち。
戦いは順調だった。
不安から萎縮していた冒険者たちは自分を取り戻していて、互いに連携し合い、一体一体確実にスライムを減らしていく。
上位個体に関しても騎士たちと上手く役割を分担し、問題なく対処していった。
王都ではトラブルの多かったと聞く御使いたちも、地上の住民である冒険者たちとわだかまりなく共に戦っている。
そこには地上と天界の垣根などなかった。
だが……思いもよらなかったんだ。
この戦場に俺たち冒険者や騎士団、それと戦うスライムたち以外に第三の勢力がいるなんて……。
「エクレアッーーーー!!!」
俺たちは対峙することになる。
神の試練がなにをもたらしてしまったのかに。
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