第119話 決意

疲れて気を失うように眠ってしまいました……遅くなりすみません。






 眼下に広がるのは色とりどりのスライムが混ざり合う大海原。


 スライムはその体色によって属性を見分けられるというが、ああも密集しているとどこがスライム同士の境界線かすらわからなくなる。


 だが、高台の陣地から見下ろしているとところどころ大きさが違う個体が混じっているのがかろうじて確認できた。

 恐らく周りに比べて体積の大きい個体が上位個体だろうな。


(通常のスライムが全長約三十cm。その約五倍がラージスライム。マウンテンスライムにもなれば約十倍、か。見たところ複数のスライムが重なっているとはいえ、この高台に迫る高さのスライムが何体かいる。あれがマウンテンスライムだな)

 

(見える範囲だけでも数が多すぎるな。“牙獣平原”の緑の草原も点在している森も、スライムに隠れて影も形もないとは……)


「これは不味いな。予想外の規模だぞ。……神の試練。侮っているつもりはなかったが甘く見積り過ぎたか」


 いつも余裕のある態度を崩さないエディレーンさんが内なる焦りを表にだしていた。

 それだけでかなり深刻な事態だとわかる。


 そして、動揺しているのはエディレーンさんだけではない。

 一攫千金を夢見て集まっていた冒険者たちも、スライム収穫祭と称して意気込んでいた御使いたちも、皆目の前で蠢くスライムの圧倒的な物量に萎縮してしまっていた。


「あんなもん、どうすればいいんだよ……いくらスライムとはいえオレたちの敵う相手じゃねぇ」


「……スライム共とはまだ距離があるとはいえ、この高台も危ないんじゃないか? ど、どうすりゃいいんだ!?」


「は、早く逃げるんだ! あんな集団に飲み込まれたら一巻の終わりだぞ!」


 悲嘆の声をあげる冒険者たち。

 考えれば無理もないかもしれない。

 実をいうとこの場所に集まった冒険者のほとんどが初級、EランクからDランクの冒険者ばかりでCランク以上の冒険者は数えるほどしかいないとエディレーンさんはいっていた。


 それはスライムの倒しにくさに比例して報酬を得るのが難しいからでもある。


 各地を旅して多くの魔物とも戦闘経験のあるニール曰く、倒し方にコツのようなものがあるらしい。

 スライムを倒すだけならゴールドウェポンスライムを倒したときのように核を破壊するだけで可能だが、それだと最も高く売れる場所を失ってしまうという。


 スライムの半透明な身体はスライムゼリーとして魔導具の素材の一つになったりもするが、倒すためにはそこも傷つけないといけない。

 理想は核を包む半透明な弾力のあるゼリー状の身体を無駄なく削りきり、核を傷つけずに取りだすこと。


 しかし、スライム本体もそうだが体内の核も自在に動き回る。

 核だけ破壊して倒そうにも倒しにくい相手なのは間違いない。

 

 スライムは最大限素材を売却しようとすると面倒な相手だとニールは語る。


 そんな理由もあり、この場に集まっていたのはランクの低い冒険者ばかり。

 想定外に大量発生したスライムを前に二の足を踏んでいてもおかしくなかった。


「あんたたちビビってんじゃないわよ! 多少量が多いとはいえこの程度、私たち第三騎士団の敵じゃない! 広範囲に広がる相手は寧ろ得意な相手のはずよ! 日頃の訓練で培った力、ここで私に見せてみなさい!!」


 騎士団の陣地から静まり返っていた戦場に響く声。

 それは第三騎士団団長であるクランベリーさんのもので間違いなかった。

 彼女は裂帛の気合いでもって騎士たちを鼓舞する。


 その微塵も不安を感じさせない声にエディレーンさんはすっかりと冷静さを取り戻していた。


「やれやれ、私としたことがとんだ醜態を晒してしまったな……よし、冒険者諸君! 臆することはない! 所詮スライムはスライム、数多の魔物を屠ってきた私たちの敵ではないぞ! それに、ここで逃げたら勿体ないと思わないか? アイツらを倒せば倒すだけギルドからも特別報酬がでる! 一気に大金持ちになるチャンスだ! わかったら、全員戦闘準備をしろ! 冒険者の底力ってヤツを見せてやろうじゃないか!!」


 掛け声に冒険者たちも徐々に落ち着きを取り戻していく。

 各々戦うための覚悟が定まったのか大量のスライムに恐怖していた顔つきとは変化しつつあった。


「お、おれはやるぞ! あれだけいるスライム共を倒せば、相当な金になるはずだ! やってやる、やってやるぞ!」


起動アクティベート! あ、あれだけ獲物がいれば寧ろ好都合だ。ここで一気にレベルを上げてやる!」


 各々が天成器を起動し、接敵に備え始める。


(エディレーンめ、半ば戦意の消失していた冒険者たちを上手く焚きつけたな)


 クランベリーさんの激からはじまった戦いへの決意の連鎖。

 彼女が覚悟を問うたのは自分の騎士団に対してだったが、それでもこの場にいる全員に戦いに赴く勇気を与えていた。


 彼女にとっては意図したものではなかったかもしれない。

 だが、それをなせたのは一重にクランベリーさんの騎士団長としてのカリスマだったのだと俺は実感していた。


「よーし、私たち第二騎士団も負ける訳にはいかないな!

野郎共! 突撃準備!!」


「イーリアス! 第三騎士団で先制攻撃をするわ! あんたは少し大人しくしておきなさい!」


「ええ〜」


「え〜、じゃない! あの物量に突撃しようものならあんたは良くても配下の騎士たちは飲み込まれて身動きが取れなくなるわよ。ここは私たちに任せなさい!!」


「……ハハッ、任せろか! いいだろう! クランベリー、お前たちの力、存分に私たちに見せてくれ!」


「ええ、度肝を抜かしてやるわ」


 イーリアスさんの突撃を止めたクランベリーさんの視線が、冒険者に指示をだしていたエディレーンさんに向かう。


「エディレーン! 私たちの魔法で数を減らす! その後はイーリアスたち第二騎士団が突撃するはずだから、バラバラになった残党たちを頼むわよ!」


「わかった! 諸君、聞いていたな! まず第三騎士団が先制攻撃をする! 数を減らしたところに第二騎士団がスライム共を分断する! 我々の出番はその後だ。魔法戦主体の第三騎士団の前に布陣して、彼らを守りつつ戦うことになる。用意を怠るな!」


 緊張が辺りに張り詰めていた。

 蠢くスライムの大群はだんだんとこちらに近づいてくる。


 接敵までもう間もなく。


「……皆、用意はいいか?」


「ああ、準備は万端だぜ。寧ろ早く戦いたくてうずうずしてる」


 好戦的な笑みを見せるニール。

 圧倒的なスライムの大群を前にしても彼はまったく動揺していなかった。


「ここには騎士団もいる。無様なところは見せられないな」


 クランベリーさんの指示で隊列を組み替える騎士団の布陣を見ながらラウルイリナが想いを馳せる。


「彼らに恥じない戦いをしなくては……私も覚悟はできている」


 彼女の揺るぎない決意に頷いて答える。


「お嬢様、もう間もなく魔物たちと接触します」


「……」


「……本当は危険なことはしていただきたくないんですけどね」


「……私は兄さんたちと一緒に戦う。……逃げない」


「わかりました。お嬢様は私の身命に代えましても必ずお守りします!」


「…………命には代えなくていい」


「ですがっ!」


「……一緒に戦って。それだけで十分だから…………頼りにしてる」


「ハッ、このイクスムにお任せ下さい!!」


 このパーティーの中でもイクスムさんは少し特別な立ち位置にいる。

 彼女はエクレアの護衛であって本来なら戦力としては数えない。

 その約束だったが……エクレアとの会話を見るにあのスライムの大群を相手に彼女も戦ってくれるようだった。

 イクスムさんには申し訳ないが心強い。


(しかし、イクスム本人は妹様に頼られたのが余程嬉しかったのか、かつてないほど気合いが入っているな)


「わたしも準備できてるよ! みんなと一緒ならあんなスライムたち楽勝だよ! ガンバロー!」


 ハイテンションなアイカ。

 彼女もパーティーメンバーとしては臨時に加入している形になる。

 彼女の加入はイザベラさんから頼まれたことで決まったことだ。


 アイカはレベル上げの過程でイザベラさんやサラウさんたちに気に入られて〈赤の燕〉の皆さんと行動を共にしていたが、彼女たちはいまサラウさんのお父さんの意向もあり積極的に冒険者活動ができない。

 そんな歯がゆい状況にアイカをおいておくことをイザベラさんは苦慮していたようだ。


 なによりアイカ自身も今回の神の試練に参加したがっていたこともあり、俺たちのパーティーに加入させて欲しいと頼まれたのだった。


「それにしても、第三騎士団さん? の魔法攻撃ってどんなものなんだろうね。ちょっと楽しみ〜!」






 迫りくるスライムの大群。

 

 最初に接敵するのは前方に布陣したクランベリーさん率いる第三騎士団。


「大量のスライムで隠れていてもここは草原。それにここはそれほど水気があるわけじゃない。あんたたち! 火魔法の準備! なるべく広範囲に影響を及ぼすように拡散魔法を使いなさい! 用意――――放てっ!!!」


 横並びに配置された騎士たちから放たれるのは赤い球体群。


 圧倒的多数との戦いが繰り広げられようとしていた。


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