第107話 死闘


 毒、それは決して使われることのない、使うことの許されない手段。

 

 王国、いや大陸全土で毒物の生成、使用は固く禁じられており、これに違反すればカルマ、つまり悪意の有無に関係なく各国の法によって厳しく裁かれることになる。


 例外はポーションの生成を生業とする薬師や研究のために使用する宮廷魔導士だけだ。

 それも国の特別な認可を受け、厳重な注意を払って取り扱う必要があり、国家からの監視も場合によってはあり得る。

 彼らとて毒物の取り扱いに少しでも違反すれば拘束され、相応の年数を牢獄で過ごすことになる。


 だから、狩人だろうと冒険者だろうと、毒を使うことは決してない。


 毒を使用することが戦闘において優位にたつことを意味していても。


 狩人や冒険者が頻繁に赴く森の中には、毒草が数多生える地域、丁度オーク集落壊滅依頼で向かった『黒紫の森』などの場所や毒物を自身の体内で生成する生物や魔物が存在するが、それを利用しようなどとは考えない。

 毒物を不当に所持しているのが判明した時点で、法の下の拘束や冒険者の資格剥奪、財産の没収、場合によってはその地域から追放処分とされてもおかしくないからだ。


 それこそ――――ラナさんのように。


 そう、それほど毒物を扱うことは重いことなんだ。

 

「てやああああああ!!!」


 そして、それはいままさに赤竜イグニアスドラゴンの瘴気獣に切りかかる、ラナさんの使用した緑色の液体を生成する魔法だとさらに問題となる。


 毒属性魔法。


 系統外魔法に位置するこの魔法には、派生属性も存在するが習得すること自体が禁忌とされる魔法だ。

 ラナさんがどうやってあの魔法を習得したのかは謎だけど、この魔法を習得していると知られただけでも周囲からは嫌悪の眼差しで見られてもおかしくはない。

 というより、国家で管理されるべき人物として危険視されるだろう。

 扱う人物がどれほどの人格者だろうと、魔力だけで比較的容易に毒を生成できるのは……危ういことだ。


 だからといってラナさんの受けた仕打ちを受け入れられるかといわれると……また違う。

 俺には、恐らくミストレアも同じ気持ちだと思うが、ラナさんが酷く不憫だと思う。


 それが過去の光景をラナさんの視点で振り返っているからなのは自覚しているが、それでも、ラナさんには忌み嫌われる毒属性魔法を習得するに至った理由があるとそう信じてしまう。


(毒魔法、か。ラナさんとマリーさんがあの魔法といっていたときから……少しだけ予想してしまっていた。ラナさんが本当に使用したときは、まさか!? とは思ったけど……)


(人々から嫌われ憎まれる魔法……か。ラナがグラームホールを追放されたのはこの魔法を人前で使ってしまったのが理由だったんだな)


 なぜ毒物、毒にまつわるものがこれほど忌み嫌われているのか。


 一つは毒物が無差別に人を殺すことが可能だからともいわれている。

 食料に、水源に、公共の場所に。

 毒の種類にもよるけど、必然的に人の集まる場所、どうしても生活に欠かせない場所に毒を使用された場合、安易にしかも大多数を死傷することもできてしまう。


 もう一つは暗殺だ。

 どれほどの偉人や英雄でも毒に打ち克つことは難しい。

 それこそ解毒のポーションが存在するが、それも毒の種類ごとに精製する成分を変更する必要があるという。

 過去には王国の王族や各国の要人も毒物による暗殺で亡くなってしまった人たちが何人かいたことから、余計に嫌われているのもあるだろう。


 そしてもう一つ。

 ……これは星暦以前、星神様の存在が周知される以前の暦、旧暦時代の有名な話だ。


 星神様のいない時代はつまりカルマのない時代でもある。

 魔物との戦いが激化しながらも、いまはなき戦争と呼ばれる国家間の争いが絶えなかった時代。

 そこでは毒を扱う者たちが頻出し、敵味方双方に大量の死傷者をだしてしまったそうだ。

 

 カルマという抑止力のない時代では毒物による被害が頻発していたと聞く。

 八百年以上前の話ながら、この話は教訓として星神教会では積極的に教わることになる。


 毒を、毒属性魔法を扱うことは禁忌であり、忌むべきことなのだと。






 ラナさんの扱う禁忌の魔法に思いを馳せている間も、戦闘はますます激しくなっていた。

 

 ラナさんの毒を付与した短剣はイグニアスドラゴンに命中するごとにその部位を僅かに緑で染めあげる。

 それはその部位に毒が残留している証だった。


 イグニアスドラゴンの攻撃を紙一重で躱し、確実に傷つけ、毒を浴びせていく。

 だが、あまりに巨体だ。

 果たして毒がどの程度効いているのかはわかりにくい。


「グガアアアアアアア!!」


 しかし、ラナさんの素早い移動速度にイグニアスドラゴンが攻撃に転じる。


「グアアッ!!」


 一頻り咆哮をあげたあとに、その巨大な口から火球を放った。

 渦巻く炎が球体に象られた豪炎の火球。


 空気すら燃やすのではないかと錯覚する大気を歪める熱量を有した火球が、イグニアスドラゴンの周囲を駆けながら隙を窺っていたラナさん目掛けて放たれる。


(あの赤トカゲめ、ラナの動く方向を予想して火球を放ったのか、あれでは避けられないぞ!)


 ミストレアの焦りを含んだ心配をよそにラナさんは冷静だった。


 イグニアスドラゴンに何度か接触したせいで焼け焦げていたフード付きのマントを脱ぎ捨て振り払うと、正面に構えた短剣の天成器アステールさんを白銀の鞘に納める。

 彼女は薄茶色の髪を振り乱し叫ぶ。


「アステール! 【変形:砲撃短銃】!」

 

 鞘に納められた短剣の天成器アステールさんがその姿を変える。


 地面と平行に構えられた剣身が下にズレ込み、中央で二つに分かたれる。

 上部は細く口径の小さい銃口に、下部は四角く太い砲口に。

 そして、柄の途中が斜めに折れ、トリガーとなるべき部分が二つ増設される。


 なんだアレ……銃だよな、銃口と砲口が上下に一つずつある、のか?


「矢弾錬成……バースト!!」


 ラナさんの掛け声と共に銃身下部の砲口が火を吹く。


 銃弾より遥かに大口径な砲弾が、燃え盛り迫る火球の下半分を捉える。

 ドカンと爆発音が鳴り響き、火球の軌道が僅かに逸れた。


 火球を間一髪逸し前転で躱しきったラナさんは、今度は銃身上部から銃弾を連射する。


「シュート」


「グウゥゥ……」


 ただ残念ながらイグニアスドラゴンの巨体にはあまり効果がなさそうにも見えた。

 なによりアステールさんの新たな形態は装填数が少ないようで、あまり連続して銃弾も砲弾も放てないようだった。


 砲弾に関しては一発ずつしか装填も発射もできず威力はあっても攻めきれない。


「ラナ! 他の攻撃を試すぞ! 銃の形態じゃ埒があかない!!」


「うん」


 攻めあぐねるラナさんたちを尻目にイグニアスドラゴンが動く。

 それは背中の翼を大きく広げはためかせる不吉な動き。


(マズい、空を飛ばれたらラナさんたちでも上空から一方的に攻撃されてしまう)


「ラナ! 翼の動きを封じるぞ!」


 ラナさんたちもイグニアスドラゴンの行動の危険度を察知したようだった。

 銃の形態から短剣の形態に戻し、新たな手札を切る。


「【エンチャントパラライズポイズン】」


 白銀の剣身を染めるのは黄色の液体。

 あれは……毒属性、麻痺毒魔法?


 派生属性まで扱えるのか!?


「【パラライズポイズンボール3】」


 威嚇のためにか大口を開けていたイグニアスドラゴンに、ラナさんの麻痺毒魔法の球体が飛ぶ。


「グガア!?」


 突然の大量の毒にイグニアスドラゴンは咄嗟に身を屈める。

 そのせいで口内に麻痺毒の球体が入ることはなかった。


(く……いまの攻撃が決まっていれば、如何な巨大な竜とはいえ、麻痺して動けなくなったかもしれないのに……)


 ミストレアの嘆きには俺も感じ入るところはあるが、ラナさんたちは一発先をいっていた。


 黄色い麻痺毒の球体が躱される前にイグニアスドラゴンの視界から身を隠し、その身体を駆け登る。

 目指す先は先程はためかせた両の翼。


「【パラライズポイズンスラッシュ】!!」


 麻痺毒を付与された短剣に中級斬撃魔法を重ねた渾身の一撃。


「グガアァァァッ!?」


 翼を切り落とすまではいかないが、片翼を深く切り裂いた。


「やった」


「莫迦! 油断するな!」


 明確なダメージにラナさんが喜びを表した瞬間だった。


「グウゥガアァッ!!!」


 痛みに身を屈めていたイグニアスドラゴンが傷ついた翼で背中から離脱中だったラナさんを強引に殴りつける。


「あぁっ!」


「ラナ!」


 弾かれ、地面に激突するラナさん。

 アステールさんの悲痛な叫び声だけが戦場に木霊する。


(咄嗟にアステールで防御姿勢をとったようだが……あのダメージは……)


 土埃が舞う。


 ラナさんは……。


 彼女は辛うじて立ち上がっていた。

 ただし、防御した左腕を力無く垂らしている。

 

(骨折か? 回復のポーションを使っているようだが、治りきりはしない、か)


 ラナさんの額に浮かぶ汗はその痛みのほどの深刻さを物語っていた。

 マジックバックから取りだした回復のポーションらしきものを腕にかけるが……苦痛に歪んだ顔はそのままだ。


「……ごめん」

 

「謝るな。あの赤竜は待ってくれないぞ。気を引き締めろ」


「うん」


「ググウゥゥ…………」


 ラナさんたちが体勢を立て直している間、イグニアスドラゴンもまた自らの身体の不調を確認し終えたようだった。


 翼、特に麻痺毒を入念に浸透させられた左の片翼は動かせないようだが、他の部位は問題ないようで、地面を四肢で踏み荒らしながらラナさんににじり寄る。


 戦いは続く。


 どちらかが倒されるまで。


 俺とミストレアはその結果を見届けるしかなかった。


 それが……どれだけ辛いことであろうとも、俺たちにはそれしかできない。

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