第71話 変革
「……俺はケイゼ先生の研究を否定したくありませんから」
「……」
じっと目と目が合う。
彼女は安直な答えではないさらなる真実を求めている。
すべてを疑い解き明かそうとする自分に相対する人を信じきれないでいる。
信じたい気持ちと疑う気持ちがせめぎ合って葛藤している。
「俺は正直これまで神に、星神様に疑問をもったことなんてありませんでした。むしろ、神の実在を知らされても疑っていなかった。人知の知れないすごい存在がいるんだとしか思っていなかった」
「普通はそうだ。私のような何でも疑う女はいないさ」
「教会で習うことになる神の偉業は信じられないことばかりです。叡智を授ける神の石版から始まり、世界中の言語の統一、ステータス、レベル、クラス、審理の瞳によるカルマの判定、そして、天成器。だが、どれも存在し、触れることすらできる。それらに接していくうちに疑いなんてもてなくなる」
そっと左手の刻印を撫でる。
そこには確かにミストレアが存在している。
「私も神の実在は疑ってはいない。ただ、この世界の歪さに、神の行動には疑いをもっている。天成器やレベルは魔物や瘴気獣と戦うために授けられたと言われている。……本当にそうなのか? 天使によって知らされた七柱の眷属神の中には魔獣の神もいる。人だけに肩入れする理由はなんだ? 私は神の意図を知りたいんだ。なぜこんなことをするのか、それを解き明かしたい」
悲しげだった。
何者にも理解されない苦悩の詰まった慟哭だった。
その叫びに俺は心の内を晒すことしかできない。
「あなたは……一人挑戦している」
「挑戦……確かに挑戦だ。だが、私はずっと否定されてきた。追い求めることに意味はなく、無価値だと断じられてきた。神の御業に疑いを持つこと自体が罪だとも言われた。それを挑戦だと……私は諦めきれないだけだ」
「いや、あなたは立ち向かっている。誰もが投げだし、無意味だと声高に叫んだとしても。一見糸口すら見いだせない答えのない難題だとしても。――――あなたは一人挑戦することを選んだ」
「……」
俺の言葉に彼女は無言で耳を傾けていた。
だが、聞いていないわけではない。
俺の答えを待っているんだ。
「俺はなにかに挑戦する人を否定したくない。たとえ他人に否定され、誰もが味方しない人だとしても孤独を孤独のままにしたくない。あなたを一人にしたくない」
「……フフッ、それは告白か?」
「いえ、これは俺の願望です」
俺の気持ちは通じただろうか。
彼女の待ち望んでいる答えとは違うかもしれない。
だけど、ケイゼ先生を励まし、支えになれないか願う俺の気持ちを言葉にしたものだ。
嘘偽りのない俺の答え。
「願い……か、君たちはどうなんだ?」
ケイゼ先生は話を聞いていたエクレアとイクスムさんに視線を向ける。
イクスムさんがいつもと変わらない様子で答える。
「私はエクレアお嬢様の従者でありそれ以上でもそれ以下でもない。貴方が何の研究をなさっていようと関係のないことです。……ですが、個人としてなら一つの目的や理想に邁進することは悪いことではないと考えます。それが他人から否定されることでも、罪になることでないのなら周りの声など無視しても構わないのでは? 貴方は雑音を気にしすぎです」
「……君はなかなか辛辣なことを言うね。これでも長年の悩みだったんだが……」
「それに、私は変わり者ですから」
ニヤリと笑うイクスムさん。
(変わり者っていわれたこと根に持ってたんだな)
視線はエクレアに移る。
彼女もいつもと変わらない平坦な口調でケイゼ先生に答える。
その答えは簡潔で……たったの一言に凝縮されていた。
「……兄さんは裏切らないから」
「そう、か……」
エクレアは俺が隠し事をしていたことを許してくれているのだろうか。
彼女の思いを、期待を裏切らないでいられているのか。
少しの不安が頭をよぎる。
しかし、エクレアの表情を見ればそれは杞憂だったとわかる。
彼女は無表情ながらも自慢げに薄く微笑んでいた。
「フフッ、君たちは強いな」
俺たち三人の意見を聞いたケイゼ先生は仰ぎ向くように天を見た。
そこに彼女の天成器エルドラドさんがくるりと周りを浮遊し、手のひらに納まるようにそっと降り立つ。
「ええ、本当にお強い。そして、お優しい方たちです」
その感慨深そうに語る言葉に、コクリと頷いたケイゼ先生はゆっくりと心中を独白するように話し始めた。
「私は一度諦めかけている。帝国で自身の研究について散々に批判され、嫌気の指していた私は、逃げるように遠い異国の地に来ていた。行く宛もなく彷徨うことになるかとも覚悟していたが、幸いこの学園の校長に拾ってもらい、いまでは誰も使っていない研究棟を拠点とすることを許してもらった。……だが、ここにいるとふと思うことがある。私の研究は誰かに必要とされているのか、とね。自分でもこの研究は自己満足のためだとわかっている。それでも……それでもふと思うものなんだ」
たった一人、エルドラドさんを含めて二人きりの研究棟。
それは不安の日々だったのかもしれない。
「実をいうと君に研究について聞かれた時、はぐらかそうとも思った。……だが、出来なかった。君に嘘をつきたくなかった。胸を張って自分の研究を言いたかった」
紫の瞳は揺れている。
だがそれは悲しさからではない。
「ここを訪れたのがクライ、君で良かった。私が君の弱みを握った形にはなってしまったが、それでも君はもう一度ここを訪れてくれた。私もこの研究棟の噂ぐらいは知っている。誰もが寄り付かず避ける場所。そんなところに来てくれた君は、まさに私にとっての福音だった。新たな始まりを告げる鐘」
大切なものを見つけたかのように語る彼女は希望を胸に抱いていた。
「クライ、君に感謝を。私を励ましてくれて、後押ししてくれてありがとう。……なんだか、私の方が告白しているみたいだったな。わ、私らしくもない。……今のは忘れてくれ」
頬を赤く染めるケイゼ先生は確かにらしくないように見える。
彼女には不敵に笑う姿が似合うとふと思った。
「ゴ、ゴホンッ……話は変わるが、学園の授業中に妙なことが起きたんだって?」
「はい」
照れ隠しに一つ咳払いをしたケイゼ先生に言われ思いだす。
あれは学園での授業の最中、何気ない一コマだった。
いつものように他のクラスメイトが、的目掛けて魔法を放つ様子を遠巻きに眺めながら瞑想を行っていたとき、偶然にも気づいた、行ってしまったこと。
「クラスメイトが魔力を認識できるようになった……か」
「はい。セロ……クラスメイトの一人と瞑想を行っている最中に偶然彼に触れてしまったら、なぜか彼は魔力を認識できるようになったようです」
いまだに俺には瞑想をしても体内の魔力がわからない。
ステータスにも瞑想は表示されておらず魔力が認識できていない。
にも関わらずセロの肩に触れた瞬間、彼は魔力を認識できるようになった。
「偶然……ではないだろうな。魔力の認識で躓く者は比較的多い。一生魔力を知覚できない者も稀にいるそうだし、触れた瞬間に魔力を認識できたなら、原因は……」
「俺……でしょうか」
「その可能性は高いな。君には《リーディング》のスキルがある。それが影響を及ぼした可能性もある。そのクラスメイトのその後はどうだ? 何か体調に違和感を覚えているようなことはないか?」
「本人は……その、喜んでいました。念の為、医務室で休もうかとも提案しましたが、特に違和感や不調はなかったようで、これで魔法を使えるようになるかもとすごく喜んでいて……」
セロの喜び様はすごかった。
どうやら彼の兄弟たちは皆魔力を早くから認識できたらしく、彼だけが家族で肩身の狭い思いをしていたらしい。
それもあって魔力を認識できたことに一際喜びを顕にしていた。
普段は物静かで弱気なところを見せているのに、自分から魔法の使えるマルヴィラに質問しにいったりして、積極的に魔法を覚えようと努力していた。
「ふぅ、魔法といえば君には無属性魔法の高レベルスキルがあるが、いまだオーベルシュタインという人物については調べがついていない。今回のことが関係しているかはわからないが、妙な出来事なのは確かだ。その線で何か情報が出てこないかも調べてみよう」
「はい、よろしくお願いします」
「なあに、未知のことを調べるのは楽しいからね。別に礼を言われることでもないさ。ああそうそう、君の言っていたアレクシアとクィルとかいう人物も調べておく。何かわかったら連絡するよ」
「はい」
肖像画から得た情報は少ない。
それでも王国の騎士団が関わっていることだ。
何かの書物に残っているかもしれない。
本当はアレクシアさんたちのことはもっと早くケイゼ先生に調べてもらえばよかったのかもしれないけど、いままではどうしても調べてもらう気になれなかった。
だが、エクレアたちにも《リーディング》のことを話した以上、もう隠し事はない。
これを機に調べてもらえるようにケイゼ先生には頼んでおいた。
「そうだ。そろそろ課外授業が始まる頃じゃないか?」
「そうなんですか? レリウス先生からはまだなにも聞いていませんけど……」
「あ〜、そう言えば君のクラスはレリウスが担任だったか……。まあ、それはともかく、そろそろ君たちも王都の外で魔物と実際に戦うことになるだろう。覚悟だけはしておいた方がいいな。盾術がレベル82の君に言う言葉ではないかも知れないけどね」
課外授業か……。
王都の外で魔物と戦うならちゃんと準備をしておかないと。
学園でも安全には配慮してくれるのだろうけど、なにがあるかわからない。
少なくとも盾は直しておかないと。
そういえば、レリウス先生とケイゼ先生の関係もよくわからないな。
ケイゼ先生は校長先生にもお世話になっているみたいだし、そことなにか繋がりがあるんだろうか。
思案に耽る俺にケイゼ先生が神妙な面持ちで話しかけてくる。
それは予想もしないことで、あまりにも唐突な知らせだった。
「それともう一つ……知ってるかい。神の石版に新たな記述が表れたらしい」
「え?」
「近々この大陸に御使いが降臨するそうだ」
ケイゼ先生はまた一つ謎が増えてしまうな、と軽く呟いた。
世界は知らず知らずのうちに変化している。
それに関わるか関わらざるかに関係なく。
変革のときが訪れようとしていた。
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