第250話 二人のリティシア
私とそっくりそのまま同じ姿をした少女は、私を見た途端一気に憎悪を顕にさせる。その表情だけで分かった。間違いない。彼女は本物のリティシアだ。
「お前は……!」
「初めまして。…リティシア」
「あんたに私の名を呼ぶ資格はないわ!一体誰なの?どうして私の姿をしているのよ!」
リティシアは状況が飲み込めずに大声をあげ、身体を大きく揺するが、何故かある水のリングとアーグレンの力には到底敵わないらしかった。
私はその光景に違和感を感じつつも、平静を装いながら呟く。
「…ごめんなさい。私の意思ではなかったけど、私は貴女の身体を乗っ取ってしまったの。そのせいでこの世界に来ると自然と貴女の姿になってしまうみたいね」
「乗っ取った……?やっぱりあんたが全ての元凶なのね。アレクが私を見てくれないなんて…そんなの絶対にありえないもの」
リティシアの発言で私は素早く彼女がいつの頃のリティシアなのかを推測する。小説をよく読んでいた私ならば余裕だ。
彼女がアレクに惚れている世界線なら……このリティシアは小説の最後の方のリティシアってことになるわね。
…厄介だわ。この頃のリティシアはただの悪女じゃなくて嫉妬に狂った悪女だもの。小説の最後の頃のリティシアが何故今の時期に戻ってきたのか理由は分からないけど…とりあえず、彼女を止めなければ大変なことになることは確かね。
「リティシア。アレクが貴女を見ていないのは私のせいじゃないわ」
「はぁ?あんたがアレクをたぶらかしたんでしょう?私の身体を乗っ取るどころか私の見た目を利用して誘惑するなんて…どこまで最低な女なの?」
…そう言われると私が悪女みたいに思えるけど誘惑はしてないからね。
私のことを一切理解しようとせず、敵対心を剥き出しにするリティシアに私はため息をつく。悪女にも分かる言葉辞典とかがあれば彼女にも分からせることができるのに。まぁそんな本はどこにもないんだけど……。
「違う。リティは最低なんかじゃない」
角度的にリティシアからは私しか見えていなかったのだが、アレクが突如として顔を出し、彼女の表情が明るくなる。
「アレク、貴方は優しいからその女を庇ってるだけでしょ?ねぇ、あの時は私にも優しくしてくれたじゃない。私が何をしても笑っていてくれたわよね。もうその女に優しくする必要はないわ。だってその女はただの偽物なんだから」
彼女は笑顔をアレクに向けているが、その表情に愛などまるで感じられなかった。ただただ不気味な表情に私は恐怖すら覚える。
「私、ようやく分かったの。貴方はこの女を私だと思って好きになってしまったんでしょ?それなら浮気じゃないし、さっきの貴方の発言も全て水に流してあげるわ。」
さっきのアレクの発言、とは恐らく私の知らないリティシアが目覚めた時のやりとりのことだろう。そしてそれはアレクが正しいことを言っていたのだろうことが容易に想像できた。悪女の世界は全て自分中心に回っているのだから。
「ね?今からでも遅くないわ。そんな偽物放っておいて、私を皇后にしてよ」
皇后!?リティシアが!?そんなことになったらこの国は破滅だわ。
というか初めからそれが狙いだったのね。散々わがまま放題しといてアレクと皇后の座を手に入れようとするなんてなんて強欲な女なの…。
「何度も言うけど、リティシア嬢を皇后にするつもりはない。それに、この子がリティシア嬢と違うことくらいとっくに分かっていた。その上で好きになった。だから君は何も関係ない」
「偽物と分かっていて好きになったと言うの?馬鹿じゃないの?偽物が本物より優れているわけないでしょう?」
偽物が本物に適うわけがない。確かに私もそう思う。私はリティシアにはなれない。
アレクは真っ直ぐリティシアを見据えると、冷たい瞳で呟いた。
「この子は偽物なんかじゃない。そもそも見た目が同じだけの別人なんだからこの子とリティシア嬢はただの他人だ。優れている、優れていないの話じゃない。」
「あらそう。まぁなんでもいいわ。アレクは相当そのリティとやらにご執心みたいね?たまたま私に乗り移ってたまたまアレクを奪ったそのリティとやらに。」
リティシアはアレクの発言を、鼻で笑い飛ばすと不気味な微笑みを称える。
私は彼女のその言葉に言い返す言葉が見当たらず、もやもやとした気持ちを抱えていた。わざとではないが、確かにリティシアの人生を滅茶苦茶にしてしまったと言われればその通りだ。……でも。
「……貴女がちゃんとアレクを繋ぎ止めておけば私になびくこともなかったんじゃないかしら」
言われっぱなしは悔しくて、私のしたことを全て否定されるのが悲しくて、そんな言葉が溢れる。リティシアの眉がピクリと動く。
「なんですって?」
「貴女が普通に、誰かに優しくする生活をしていたら…アレクは貴女を好きになっていたかもしれない。チャンスはきっと何度もあったはずなのに貴女はその可能性を潰した。全ては自分のせいなのよ」
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