第213話 このままでは
【リティシア】
牢屋に入れられるという経験はなかなかできないのでせめて楽しもうかと思ったが、好奇心よりも退屈さが勝ってしまい、私は両足を抱えて座り込む。
ここは時計もなければ窓もない。まるで自分だけ空間から切り離されたかのようなそんな不思議な感覚があった。生きていると実感できるのは、床の冷たさを感じるから。ただそれだけだ。
こんな場所で暮らすくらいなら、人様に迷惑をかけずに真っ当に生きようと思うのが普通の人間の発想だと思う。
周囲を見渡しても見張りはおろか他の囚人もおらず、孤独と不安に押し潰されそうであった。そんな時、私はふとあったはずのものが消えていることに気づく。
「……あれ?ネックレスがない。さっき転んだ時に落としちゃったんだわ……折角アレクがくれたのに」
私の為だけにくれたネックレスが失くなってしまった。あれは私がここにいてもいいという証明のようなものでもあったのに。
高価すぎるからと一度は返そうと思ったものだが、本心としてはとても嬉しかった。ネックレスがある限り、どこにいても彼が私を見ていてくれる気がしたから。
でもそれが消えた今、私は神から告げられているのかもしれない。
お前はこの世界の人間ではないと。
この世界に深く関わりすぎてはならない。これ以上物語を壊すなと…そう言われているのかもしれない。
「結局こうなるんだったら変な期待なんてするんじゃなかった…。結局私がバカだったってわけね」
ここが物語の世界ではなかったら…。誰も未来を知らない世界だったら、もしかしたら私達は普通に暮らせていたのかもしれない。
でもそうしたら物語の登場人物ではないアレクを私が知ることはない。結局、彼と会うためには、彼を知るためには、それしか方法がなかったのだ。
「このまま私が死んだら自然と物語は元の鞘に収まるのかな…」
散々夢を見た後に唐突に訪れる死。彼の幸せのためならば死んでも構わない。そう思った私だが、これは決して彼のためになるとは思えない。ただ皇后の策略に嵌まって死んだ憐れな令嬢というだけだ。
だが私は違う。私が転生したのは、蝶よ花よと育てられた可憐なご令嬢ではない。
「私が転生したのはやっぱり…悪役令嬢だったようね」
私の声が、静かな空間に響き渡る。自分の声から絶望など微塵も感じられないことに、思わず笑みが溢れてしまう。
「このまま何もしないなんて絶対に嫌だわ」
生きたいって思った。一緒にいたいって思った。そんな時、悪役令嬢ならどうする?
そうよ……暴れるのよ。
「どうせ殺されるなら…最後まで足掻いてみせるわ」
私は立ち上がると、鉄格子へ向けて手を突き出す。
アレク、アーグレン、イサベル、そして皆に……これ以上心配をかけたくはない。
私は悪役令嬢よ。この名にかけて自分の身くらい守ってみせるわ。
「さぁ、燃え尽きなさい……
真っ赤に燃え盛る炎が、鉄格子をゆっくりと、時間をかけて溶かしていく。
いくら王室の所有する牢屋といえど悪役の膨大な魔力を前にしては、全く歯が立たないようであった。この程度の強度では確かに原作のリティシアもさっさと抜け出してしまうことだろう。
…まさか私まで貴女と同じことをするとは思っていなかったけど。
私が貴女に転生した理由がなんとなく分かった気がするわ。
ある程度まで溶け切ると、扉はキィィ…と音を立てて開いた。見張りは恐らく各牢屋を巡回しているから、ここに戻ってくる前に逃げなければならない。
そう考えたその時だった。
「貴様、どうやって……」
丁度運悪く、見張りが戻ってきてしまった。開け放たれた鉄格子の前に立つ私を見て兵士は目を見開く。
だが大丈夫。牢屋が解き放たれた今、私の道を阻む者はいない。
「
咄嗟に私はアレクの作り出した
突如として現れた炎の竜に兵士は驚いて腰を抜かす。
「ひぃ……なんだこれは」
勿論上に乗ることはおろか、触ることすらできない実態のないものだ。だが乗る目的ではなく、脅し目的だとしたら…それはそれは効果抜群なのである。
私が軽く手を動かすと、竜は兵士をまるごと飲み込むかのように大きく口を開く。炎が一層強く燃え上がった。見たこともない魔法にただでさえ驚いていた兵士は、そのまま恐怖に耐えきれず気絶してしまった。
申し訳ない気持ちになりながらも自分の魔法の応用力に少し驚いていた。これが悪役令嬢に秘められた驚異の力か、と。
でもそのおかげで逃げ出せた。リティシアの身体に感謝しなければ。
え、感謝?いやリティシアじゃなければそもそもこんなことは起きてないのよ。やっぱり感謝しないわ。…いやちょっとだけなら感謝しとこうかな。
その後他の見張りに気づかれることなく上手く抜け出せたので、こんなに手薄でいいのかと疑問に思いながらも私は森へと逃げ込む。
予想通り牢獄の外は見たこともない景色であった。というか見たことのある景色なんて屋敷と城くらいしかないのだが。
私が逃げ出したことに気づかれるのは時間の問題だろう。とりあえず早く遠くへ行かなければ。
私が走り抜けようとしたその時、背後に影が現れた。驚いて振り返る。
「貴女は……!」
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