第212話 親友の計画

「あぁ勿論。私がお前を裏切るときは、お前が『裏切れ』と私に命じたときだけだ。」


「グレン……!」


「あの時皇后陛下に私を完全に信用してもらう必要があった。だからお前を裏切ったふりをしたんだ…。どんな理由があれアレクを傷つけたのには変わりない。…すまなかった」


「いや、ごめん、こっちこそ……最悪な状況が重なってお前を少しだけ疑ってしまった。裏切る訳がないと信じていたのに、何もかもが敵に見えてきて……本当にごめん。お前が親友で…俺の味方で本当に良かった」


アーグレンが俺の味方でいてくれた。それだけで俺の胸は大きく高鳴った。あるかもしれない。この絶対不可能な脱出ゲームをクリアする方法が。


「それは私の台詞だ。アレク、お前みたいな最高の親友は何処を探してもいないよ」


「…ありがとう。俺も…そう思うよ」


王子である俺が平民であった彼を騎士にしたことで、色々な噂が飛び交った。


将来俺が死ぬまでこき使うつもりなのではないか、とか他国の王族や貴族の暗殺に使用するのではないかと根も葉もない噂が跡を絶たなかったのだ。


そんなことをさせるつもりは当然なく、俺はただ純粋に彼と友達になりたかっただけだ。願わくば親友になりたい、そう思っていたが、ここまで絶対の信頼感を持たれるとなんだかとても歯がゆい気持ちになる。


でも良かった。この気持ちが、俺だけのものではなくて。


「さて、計画だが……このまま闇雲に逃げても捕まるだけだ。今のように…今のは私が裏切っただけだが、裏切らなかったとしても恐らく何処かで捕まっただろう」


「あぁ…確かに」


そう言われてみればそうだ。皇后は常に先を読むから、あんな風に無計画に逃げてしまえばすぐに後を追われるだろう。


俺の納得したような返事に、扉の向こうから深いため息が聞こえてくる。


「普段ならすぐに気づくことなのに、お前は焦ると一気に冷静さを失うんだよな。それで突発的な行動に出てしまう。…昔からそうだった。だから私がお前の代わりに冷静になるしかなかったんだよな」


グレンの言葉に、俺は驚いて何度も目を瞬きさせる。自分にそんな特徴があったとは…全く知らなかった。確かに昔もグレンのおかげで危機を脱したことが幾つもあったような気がする…。


俺は親友の観察眼に脱帽するしかなかった。


「さっきのように逃げたら捕まるのはもう分かったよな?じゃぁここで問題だ。逃げたら捕まってしまうが、絶対に捕まりたくはない。じゃぁどうするのが正解だと思う?」


「…!そうか。逃げれば捕まるなら初めから逃げなければ良いんだ。…正確には逃げていないように見せかける…か」


「その通り。」


「でもそんなのどうやって…」


「アレク。私は魔法が使える。リティシア公女様に教えてもらったんだ。」


「リティが…?」


「あぁ。その時リティシア様が言っていた言葉はこうだ。『アーグレンとアレクが確実に誰も気づけないわ。だって貴方達は一番よく互いを理解している親友同士なのだから』」


彼の伝えたいことに気づき、俺は思わず顔を輝かせる。そうか、どんな時も俺を助けてくれるのは……!


「どういうことか、もう分かるよな」


「リティが…リティがヒントをくれていたのか…。この状況を打開するヒントを…!」


「あぁそうだ。私はアレクになり、アレクは私になって逃げる。幸い皇后は私を信用しているから私が城から出ようと特に気にしないだろう。逃げるならこの方法しかない。…というかこの為にわざわざお前を裏切ったふりをしたんだからな。私の努力を無駄にはしないでくれ」


そしてグレンは更に言葉を続ける。


「それから、皇后が私の外出を気にしないとはいえ、本人に会うのはダメだ。皇后の魔力ではきっとすぐに見破られてしまう。」


「あぁ、分かってる」


これに頼るしかない。次に皇后がここへ戻って来る前に、グレンが次の見張りと交代する前に入れ替わって堂々と逃げるしか方法はない。だけど……。


【アーグレン】


「この方法だとグレンは外に出られないんじゃ…?」


不安そうに呟かれたその言葉に、私は思わず笑いが溢れる。こんな状況でも私の心配か。流石は私の…最も尊敬する親友だ。


「私はなんとかして逃げ出すから気にするな。今は公女様を助け出すことだけ考えるんだ」


本来なら護衛騎士である私が助けに行くべきなのだろうが…公女様が連れ去られる時にお側にいなかった時点で騎士失格だ。ここはアレクに助けに行ってもらうのが正しい選択だろう。


なにより、諦めてほしくない。


アレクがようやく見つけた恋を…大切な人を、こんな形で終わらせるなんて絶対に許せない。


「そう……か。分かった。あぁでも、いくら変身が上手くいってもこの結界が砕けなければ話にならないよな…」


「いや、それは大丈夫だ。この結界は皇后の作ったものだから…水の結界だよな?」


「あぁ、そうだけど……どうするつもりなんだ?」


「喜べアレク。私の属性はリティシア公女様と同じ、炎だ」


扉越しに喜ぶアレクの様子が鮮明に想像できた。その姿に思わず笑みが溢れる。親友が自分の言葉で喜ぶ姿というのはいつ見ても嬉しいものだ。


皇后にアレクを自分の元まで連れて行くよう指示された時、その時点で裏切ろうかと思った。だが一旦は従ったふりをして逃がす方が安全に逃せると思い、その方法を使った。


敵を騙すならまずは味方からという言葉通り、アレクを騙したが……私に裏切られたと思った時のあの表情は忘れられない。


本当に申し訳ないことをしてしまった。こんな酷い親友をどうか許してほしい。皇后の言葉を借りる訳ではないが、全てはお前の為にしたことだ、アレク。


…あの時皇后に、最後のチャンスだと言われた。リティシア公女様を暗殺するどころか護っていたという事実を知られていたらしい。このまま命令違反で殺されたくなければ従えと。


だがそんなの知ったことか。私にはそれよりももっと大切なものがある。


行け、アレク。リティシア様を救えるのはお前しかいない。幸せになれ。誰よりも。

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