第211話 王子の親友

「イサベル!何してるんだ!早く…逃げろ!リティのことは俺に任せて早く…!」


「今の殿下にどうやって任せろと言うのですか!皇后陛下、一体何故このようなことをしているのか全く存じ上げませんが、私の大切なお二人を傷つけることはやめて頂けませんか?どうかお願い致します」


彼女は全く逃げる気がないらしく、それどころか直接対決をするようだ。それは困る。彼女まで捕まる必要はないのに。


皇后が命令を下す前になんとしてでも逃げてもらわなければ…!


「こちらの方はどう致しましょうか?」


ふと、アーグレンがそう呟いた。まるでイサベルなど赤の他人かのように…皇后に尋ねている。イサベルはそれに驚き、大きく目を見開いた。


「私は可愛いご令嬢の味方よ。私が捕まえたい人間はもう既に捕まえているわ。見逃してやりなさい」


「…皇后陛下。どうか殿下を開放して下さい。アーグレン様、一体どうし…」


何故かそこでイサベルは言葉に詰まると、グレンの顔を凝視して驚いている。何かあったのかと彼女と同じく彼に視線を向けるが、特に何も変わったことはなく、相変わらずの無表情なままだった。


疑問を感じながらも、俺は必死に叫ぶ。皇后の気が変わる前に、早く外へ行かせないと!


「早く行け、イサベル!君まで捕まる必要はない!」


「殿下…分かりました。信じますよ、その言葉」


信じる…?何を?


イサベルはそう言い切ると、騎士達をすり抜けて扉に手をかけ、開け放つ。


「殿下、リティ様のことは……必ず、命に替えてもお助けしますから!」


彼女が外へ出たその瞬間、扉は固く閉ざされる。イサベルは強い決意に満ちた表情をしていた。明らかに助けに来るような発言をしたが、皇后は特に気にも留めていない。強がりだと思っているのだろう。


イサベル…一体何をするつもりなのだろうか。


彼女が城から消えたその後、俺は運良くリティと同じく牢屋へ入れられないかと願ったのだが、そんなはずはなく、そもそも入れられたのは自室であった。


かつてはこの部屋でマギーラックによって倒れたリティを看病したこともあった。あの時はすぐに駆けつけてあげられたのに、今はできない。なんて…なんて無力なんだろうか。


グレンの様子がおかしいことに気づけなかった時点で俺は皇后に…母さんに負けていたのか…。


悔しい…やっと両思いになれたのに…。

……だからか。母さんはわざとこのタイミングを狙ったんだ。ここまで強引に俺とリティを引き離せるならもうとっくにやっていたはず。


探していたんだ、二人が…俺達が一番絶望を感じるタイミングを……。


皇后は俺を部屋へと閉じ込めると、何かの呪文を唱え、不思議な魔法陣を浮かび上がらせる。扉の前に現れた魔法陣は一瞬青色に光ると、すぐに消えてしまった。


「これは……?」


「結界よ。貴方の水の魔力で破壊することはできない。水と相反する魔力、炎であれば破壊できるけど…貴方は使えない。リティシア嬢が炎の魔力の使い手であることは知っているけど…彼女が貴方を助けに来ることは絶対にない。諦めなさい、アレク。貴方がこの部屋から出ることはできないわ。」


無意識に窓を見つめると、扉を介しているためこちらが見えないはずなのに、それを察したらしい皇后がため息をつく。


「当然そこの窓にも同じ結界がある。逃げようなんて考えないで」


結界…実際にこの目で見るのも、自分に対して使用されるのも初めてだが、その威力は相当だと聞く。唱えた本人か、相反する属性でなければ打ち砕けず、それはどんな魔力を持ってしても不可能らしい。


これは魔力の強さに関わらず、属性だけが関係するらしく、水属性の結界は炎属性ならば壊せるのだが、炎属性の人間を皇后が見張りにつけるはずもないので、実質逃亡は不可能ということだ。


見張りを言葉巧みにどうにか味方に引き込んだとしても、意味がないのだ。


こんなことをしている場合ではないのに…早く助けに行かなければリティが危ない…皇后が一体彼女に何をするのか…考えただけでも恐ろしい。脱出方法を必死に考えるが、何も浮かばない。


皇后の足音が次第に遠ざかっていく。

それと交代して現れた足音に、俺は弾かれたように顔を上げる。音だけで分かる。


この音は…グレンだ。


「グレン…」


「殿下…皇后陛下に従っておけばこんな事にはならなかったのに…」


扉の向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。グレン、やはりお前は本当に……?いや、そんなはずは……。


「皇后陛下は賢い方だ。」


「…あぁ、そんなの分かってるよ」


「出し抜くのならばそれよりも賢く立ち回らなければならない。」


「…!?」


俺は彼から紡がれたその言葉に驚き、思わず扉に触れた。


「ここから先は、お前の親友として話す。さっきのは誰かが聞いてるかもしれないと思ったから適当に言っただけだ」


いつもの優しい親友の声が、扉越しに聞こえてくる。それだけで涙が出そうだった。


「ちなみにさっきはイサベルさんにこう言ったんだ。『アレクのことは任せろ』とな」


「グレン…!!やっぱりお前は…裏切ってなんかなかったんだな…!」

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