第210話 想定外
手に持っていたネックレスを強く握りしめ、ポケットへと放り込むと、隣を走る親友の姿が目に入った。
「アレク、こっちだ!ここなら皇后もいないはず!」
俺は藁にも縋るような思いで親友の跡を追った。彼は最短ルートを使い、圧倒的スピードで俺を案内してくれる。
そんなグレンのおかげで、思ったよりもずっと早く城の出口へと辿り着いたのだが…何かがおかしかった。
そこには今最も会いたくない人物が微笑んで立っていた。
「母さん……どうしてここに?」
「ここまでアレクを連れてきてくれてありがとう、アーグレン」
皇后の口から紡がれたその言葉に、俺は驚き、弾かれたように親友を見る。
彼は俺を見ようともせず、「とんでもございません。私は皇后陛下のご命令を実行したまでです」と感情のこもらぬ冷淡な声で呟いた。
「さぁ、こっちへ来なさい」
状況がいまいち掴めず、俺は呆気にとられたように親友を見つめる。彼は俺の存在を完全に無視し、皇后の元へ歩みを進めていく。その姿を見て、ようやく事態を理解した。
彼は…親友は、俺を裏切ったのだと。
「…!グレン、どうして…」
グレンはここへ来てから初めて俺と目を合わせた。いつもの彼ではない、生気を失ったかのような……酷く冷たい眼差しだった。今の今までそんな眼差しで俺を見たことはない。
俺は言葉を失った。彼は俺の疑問に答える様子すら見せなかった。
「ご苦労だったわね、アーグレン。」
皇后はそう呟くと、グレンの頭を優しく撫でる。彼は再び感情を失った声で「当然のことをしたまでです」と答えた。
「貴方はアレクのことならすぐに従ってくれるから本当に使いやすくて良いわね」
「殿下のことであろうとなかろうと皇后陛下の命令に逆らう者などいません。なんなりとお申し付け下さい」
「ふふ、貴方の忠誠心がこんなに強いとは思っていなかったわ。」
二人の姿を見ていると、何故、どうしてという感情だけが渦巻いたが、今はそんな場合ではないとどうにか自身を奮い立たせる。今はその感情より先に優先すべきことがある。行かなければならない場所があるからだ。
「俺を
グレンへの不信感を全て皇后へ向け、強く睨みつける。息子から睨みつけられた母親は少し悲しそうに表情を歪めたが、すぐに笑みを浮かべた。
「全部あなたの為なの…許して」
「…俺の為?俺の為を思うなら今すぐリティを開放しろ!一体リティを何処へ連れて行ったんだ!?」
「まぁ、もう分かってるのね。リティシア嬢を牢へ入れたのは私だって」
「なんだって?牢屋へ……入れた…?どうしてそんなことを!」
俺が強く声を荒らげても彼女は平然とした様子でそう答える。彼女がしたことで俺が何を感じようと、どうだっていいようだった。
「貴方が助けに行こうとすることくらい最初から分かっていたわ。本当は手荒な真似はしたくなかったけど……仕方ないわね。アレクシス王子を拘束しなさい」
「はっ!」
「……え?」
騎士達は少し戸惑いを見せたが、命令通り俺の腕を捕らえ、拘束をする。タイミングを見計らい逃げ出そうと力を込めると、皇后が呟いた。
「魔法で対抗しようとしているの?それとも隙を見て剣を抜くつもり?やってみなさい。その瞬間牢屋にいるあの子が消えるわよ」
母さんなら、本気でやりかねない。
そう感じた俺は抵抗することを諦め、項垂れる。拘束される前に反応できていたら……いやダメだ、今の俺は反応速度が通常よりもずっと激減している。
どう足掻いても捕まっていただろう。ここは従うしかない。リティを護る為に。もう二度と…彼女を傷つけさせない為に。
だがその先はどうすればいい?このまま捕まれば逃げられる可能性は薄い。グレンが皇后の味方だということにもう少し早く気づいていたら…。グレン…どうしてお前は……。
次にどう動くべきかを悩んでいたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ?ここは……」
皆は、突如現れた茶髪の美しい少女に一瞬にして釘付けになる。彼女はきょろきょろと辺りを見渡すと、俺達の存在にすぐに気づく。
俺とアーグレンにとっては、よく知っている人物だった。
「殿下!アーグレン様!大変なんです!リティ様が……」
イサベルはそこまで言ってから異様な状況に気づき、目を見開いた。
「……ってえ!?殿下…?一体何故拘束されているのですか!?アーグレン様、何故黙って見ているだけなのですか……?」
「…っ!イサベル!こっちに来るな!早く逃げろ!」
「えっ……?」
彼女は恐らくリティを探しに城までやって来たのだろう。だが俺と同じくリティを庇おうとしていることが知れれば、彼女も皇后に拘束されてしまう。
先程彼女が言いかけたことで、イサベルとリティの関係は皇后に知られてしまっているだろう。だとすれば俺にできることは一つ。逃げるよう指示をするしかない。
しかしイサベルは俺の指示に反して皇后の前へと対峙した。彼女は皇后を前にしても一切臆することなく、真っ直ぐな眼差しを向ける。
「殿下を捕まえたのは貴女ですか?貴女は……恐らく皇后陛下ですね?お願いします、今すぐ殿下を開放して下さい!それから、リティ様が今何処にいらっしゃるのか……今すぐ教えて下さい!」
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