第181話 誕生日パーティ編 その7

「リティシア様、実は私もプレゼントを用意してきたんです。」


ふとイサベルがこの不思議な空気を変えるべく呟いた。彼女はパーティの準備と宝石の縫い付けで忙しく、プレゼントを用意する時間などないと思っていたが時間を見つけて用意してくれていたらしい。


イサベルならなんとなくそうしてくれるような気もしていた。


「あら、貴女も用意してくれたの?」


「はい。他でもないリティシア様のお誕生日ですから、当然です。あっ、少しだけお待ち頂けますか?」


「えぇ…」


「すぐに戻ってきますので、絶対にそこを動かないでくださいね!」


イサベルは動きにくいドレスを物ともせず軽快に走り抜けると、何処かへ消えてしまう。


そしてすぐに腕を後ろにしたままこちらへと戻ってきた。彼女は私の前で立ち止まると、息を整える。


流石にドレスで走るのは疲れたらしい。


「大丈夫?そんなに焦らなくてもよかったのに」


「いえ、早くお渡ししたかったんです。お気遣いどうもありがとうございます。私からのプレゼントは…これです!」


すると彼女は隠していた腕を前にもってくると、二輪の薔薇を私の目前に差し出した。その姿はまるでプロポーズのようであった。


「リティシア様、私が育てた薔薇です。受け取って頂けますか?」


赤色の薔薇と青色の薔薇。対象的な色が、お互いを際立たせ、それぞれの色を美しく主張している。


花に詳しくない私でも分かる。これは花の専門家百人に聞いても百人が評価する程の……立派な花が咲いていると。


花を育てる才能もあるとは…最早何でもありなのね主人公は。


私がそんなことを思いながら二輪の薔薇を受け取るとふわりと心地良い香りが鼻をくすぐった。美しく、儚い香りだ。


棘の部分は綺麗にカットされており、普通に触っても痛くはなかった。


「ありがとう、とても綺麗ね。」


デイジー嬢やマリーアイ嬢、アーグレンまで美しすぎる薔薇に目が釘付けになっている。


やはりこれは稀に見る成功度なのだろう。イサベルがこの二つの薔薇を差し出す姿を絵に描けば、間違いなく最高の売上を記録できると思う。


「薔薇の花言葉は、赤は情熱、青は奇跡です。優しく美しく、そして情熱に満ちたリティシア様の行く末に奇跡がありますように」


彼女はこの二つの薔薇の本来の意味を伝えなかったが、見れば何を意味するかくらい私には分かる。


青い薔薇と赤い薔薇…こうして見るとこんなに違うのね。住む世界が違う…本来なら交わらないであろうニ色。


イサベルが心から私達の幸せを祈ってくれているのであろうと思うと、胸が傷んだ。


「とても嬉しいけど薔薇に加えてその台詞って…まるでイサベルが私にプロポーズをしてるみたいじゃない」


「何を仰ってるんですか、リティシア様。リティシア様にプロポーズをするのは私ではありませんよ。」


イサベルは間髪入れずに呟き、デイジー嬢が何度も頷いている。私は彼らの意図を知りながらも、何も口にしなかった。


どうせその関係はもうすぐ終わるから。何かを言えば傷つくのは自分。だったらもう初めから黙っていればいい。


「……公女様、私からも宜しいですか」


微妙な空気を察したアーグレンが私に声をかけてくる。私はイサベルはともかく彼から貰えるとは思っていなかったので分かりやすく驚いてしまう。


「まさか貴方も用意してくれたの?」


「はい、どんなものを好まれるのかが分からなくて大したものは準備できませんでしたが…一応用意は致しました。気に入らなければすぐにでも捨てて下さい」


「そんなことしないわよ……」


「そう言って頂けてとても嬉しいです。ではこちらを……」


アーグレンはポケットから小さい何かを取り出すと私に手渡してくる。それは前世でもよく使っていたものであった。


「…栞です。公女様は本をよく読んでいらっしゃいましたので。派手なプレゼントをご用意できなくて申し訳ございません」


「ありがとう。派手かどうかなんて関係ないわよ。大事なのは気持ちなんだから。この栞、大切にするわね」


なんでこの世界の人は何でも派手にしたがるのかしらね…控えめにいきましょうよもっと。まぁ貴族は皆派手なものを好む習性があるんでしょうけど…。


誕生日プレゼントを貰えると、なんとも言えない不思議な気持ちになる。前世で友達なんて一人もいなかったから余計にそう感じてしまう。


彼らとの関係がこのまま永遠に続けばいいなと願うと同時に、彼らの思いを裏切らなければならないという負の感情がぶつかる。悲しむことは目に見えている。


だが、私はもう引き下がれない。


「あの……殿下は、来られないのでしょうか……」


「……別にどうだっていいわ。元々好き同士で婚約した仲でもないもの」


「ですが……」


マリーアイ嬢が恐る恐る呟いたそれに、私は冷たく声を返す。気づけばパーティはもう中盤に差し掛かっていた。


「必ず来ます…どうか気を落とさないで下さい、公女様」


アーグレンは確信よりも願望に近いような声色でそう呟いた。

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