第176話 誕生日パーティ編 その2

「なんと無礼な…」


イサベルは心配そうに私を見つめ、アーグレンは剣に手をかける。私はそれを腕を横に伸ばすことで静かに制する。アーグレンの気持ちは嬉しいがここで騒ぎを起こせば相手の思う壺だ。


「別に許した訳でも同情してる訳でもないわ。」


ヴィオラ嬢が大人しくパーティに参加していたことには驚いたが、あの時の屈辱を晴らすためだったのであろう。だがそうはいかない。


パーティの主催者である私の威厳が崩れれば滅茶苦茶になる。イサベルのお披露目会が台無しになることだけはなんとしてでも避けなければならないのだ。


「私は今までもこれからも貴女を許すつもりはない。」


「だったら何故…」


「でも貴女も、私を許せないでしょう。だからおあいこ。これで全てなかったことにしましょう。」


私だってこれで納得がいっている訳ではないが一応相手は侯爵令嬢だし、リティシアが彼女にしてきたであろうことを考えるとただ罰を与えるのは可哀想だ。


アレクシスにしたことも許されることではないが…彼女は純粋に踊りたかっただけだろうから、目を瞑ってあげよう。仕方なく。本当に仕方なく見なかったことにしてあげるつもりだ。


どうやら私の提案に心が揺らぎ始めたようで、ヴィオラ嬢は私から視線を背ける。流石にここで争うのはただのバカのすることだと気づいたのだろう。


「…ここで暴れたら貴女の立場はなくなるわよ。そうしたら私から奪うチャンスもなくなるくらい、分かるでしょう」


ヴィオラ嬢は答えず、侯爵は不思議そうに娘と私を交互に見ている。恐らく詳しいことは何も知らないのだろう。


そして私は更に彼女の決意を固める為に挑発的な追い打ちをかける。


「ヴィオラ嬢。貴女の中の気持ちはその程度なの?私はいつでも相手になるわよ。」


「…リティシア嬢……分かりました。その言葉、確かに受け取りましたからね。」


彼女が差し出してきた手に私は迷うことなく返し、握手をする。魔法を仕掛けられなかったことからも私の提案を受け入れてくれたということが分かる。


これでひとまずここで暴れられることはない。あの時のような発言もせず、周囲を巻き込まずに私にだけ戦いを挑むようになるはずだ。確信はないが、彼女の目はあの時…ティーパーティの時のように淀んではいなかった。


「ハーベリッシュ侯爵様」


「は、はい」


「私は何もなかったことに致しますので、周囲に公言はなさらぬようにして下さい」


「勿論です。有難うございます、リティシア公女様!」


侯爵は私に向けて深く頭を下げるとヴィオラ嬢を連れてどこかへと行ってしまった。悪女わたしの気が変わらぬ内に…ということだろう。


あーあ、全てなかったことにするのは果たして正しかったのかしらね。でもあの時我を忘れて怒ってしまったことも事実だし、仕方ないか。


複雑な気持ちで去りゆく親子を眺めていると、終始不安げにしていたイサベルが私に満面の笑みを見せる。


「流石リティシア様ですね。相手の挑発に乗らずに上手に流されるなんて素晴らしいです」


「前は私が信じられないくらい怒っちゃったからね…今回は上手く流そうと思ったのよ。ヴィオラ嬢の為にもね」


「流石です…!それでこそ私の尊敬するリティシア様ですね!」


「それからアーグレン」


私はイサベルから視線を外すと短気な騎士団長に目を向ける。


「はい」


「パーティで剣を抜くのはご法度はっとよ。私の為に怒ってくれたのは嬉しいけどね」


「…申し訳ございません」


「…不服そうね?」


「いえ、そのようなことは決して」


「ほんとかしらね……」


私はアーグレンをじっと見つめるが彼は表情を崩さずにただ「本当です」とだけ呟く。

その忠誠心は私じゃなくてアレクだけに向けてほしいんだけどね。


すると突然、とても聞きたくなかったが、とても聞き覚えのある甲高い声が会場に響き渡った。


「リティシア!この私が来てあげたわよ!」


その声に弾かれたようにしてそちらを見ると、そこには一人だけ派手に着飾ったどこぞの隣国の王女様…つまりアルターニャがこちらに向かって歩いてきていた。


「二人共、逃げるわよ」


「えっ、に、逃げちゃうんですか?」


「同感です。聞かなかったふりをしましょう」


さっさとその場を去ろうとしたのだがアルターニャは「ちょ、ちょっとどこへ行くのよ!待ちなさいよ!」と慌てたように叫ぶので仕方なく逃げることをやめて振り返る。彼女はもう私の目前にまで迫っていた。


「…すみません、気づきませんでした」


「え?そんな訳ないわよね?私呼んだわよ貴女の名前」


「…すみません、私がリティシアであることを忘れていました…」


「え?何言ってるの?」


「冗談ですよ。」


まぁ私は本当にリティシアじゃないんですけどね…とは流石に言えなかった。


アルターニャは「あ、そうだ!」と唐突に大声を出すと私に人差し指を突きつけてくる。


「リティシアってば酷いじゃない、どうして私に招待状を送ってくれないのよ」


「…送りましたよ?」


アルターニャは腰に手を当てると、明らかに不服そうな表情をした。

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