第72話 挑発

「…アルターニャ王女…」


「来ると思っていたわよ、リティシア」


 私の浮かない返事をものともせず、彼女は得意気に笑ってみせる。月明かりに照らされた彼女は、見るからに機嫌が良い。


 アルターニャは何を言うつもりなのだろうか。


「明日…私の城で殿下と会う約束を取り付けたわ。貴女が振られるのも時間の問題ね」


 なるほど、それを伝えに来たのね。


 …え?ちょっと待って。私そんな事で呼ばれたの?


 私は納得と共に圧倒的に時間を無駄にした感に襲われてしまう。


 わざわざ呼び出すくらいだからもっと重要なことかと思ったのに…いや違うわね。

 重要なことだったらアルターニャが私に教える訳ないもの。少しでも期待した私が間違いだったわ。


「…はぁ、そうですか」


 表情を一切変えず、至極冷静にそう告げると、アルターニャは大きな瞳を更に見開いて驚く。


「…やっぱり貴女…別人なんじゃないの?以前の貴女なら私の喉を噛み千切ろうとしてきたじゃない」


 悪役令嬢リティシアは獣か。


「…以前の私でもそんなことはしません。それで、殿下とはいつ約束したんですか?」


「今日よ」


「そうですか、今日…え、今日!?明日会う約束を今日突然ですか?事前に知らせた訳ではなく…」


「私は貴女とは違って王女なのよ?突然でもなんでも誘えば来てくれるわ。」


 あまりにも平然と言い放つので納得しかけてしまった。


 王女だからって何でも許される訳ないのにどうしてこんなに自信満々なのかしら…。


「確かにそうですが……殿下も忙しいのでは?」


「うーん、殿下の周りの人がちょっと嘆いていた気がするけど殿下自身は調整してくれるって言ってたわよ」


 そうよね、私と急に会うことになって空けた日もあったし家臣達は大慌てよね。


 でも私と違ってアルターニャは王女だし、変に断る訳にもいかないから仕方なく予定を空けたんだろうな…。


 アレクシスは誰が相手でも折角誘ってくれてるから断るのも可哀想だよな、って言って結局仕事を後回しにして自分を追い込んじゃうタイプだと思うんだけど大丈夫かしら…。


「そうなんですね…。アルターニャ王女様、それを私にお伝えしに来てくれたんですか?」


「そうよ。悔しいでしょ?さっきも言ったけど、私に取られるのよ?」


 どっから来るんでしょうかその自信…。


 あったかしら、小説でアレクシスが一回でもアルターニャに興味を持った瞬間が。…ないわね。


「でも取られるのを知らないってのも可哀想でしょ?だからわざわざ私が教えに来てあげたって訳よ。感謝なさい」


「そうですか…ありがとうございます…」


 可哀想に…アレクは主人公にしか惚れないのに。知らないって幸せなのね。


 アレクが私に優しいのは私が婚約者だからだし、元々の性格のせいもある。つまり彼が私に惚れている訳ではないのだ。


 結局物語で一番強いのは主人公。アレクが彼女以外を本気で愛すことは決してないだろう。


 何も知らないアルターニャは私の表情が変わらないことに腹を立てたらしく眉を思いっきり吊り上げる。


「…怒らないの?まさか殿下のことなんてどうでもいいってわけ?」


「それは違います。…一応お聞きしますけど…王女様はなんて言って殿下を誘ったんですか?」


「…両国の未来について?」


「…私から殿下を奪う為だとは伝えなかったんですか?」


「まさか。そんなこと言ったら嫌われちゃうでしょ。殿下に嫌われたら私、生きていけないわ。」


 貴女のその図太い神経があれば十分きていけると思いますけどねという皮肉を言葉にする直前でどうにか飲み込む。


「貴女ももう分かっているでしょうけど、私は殿下をずっと前から狙っているわ。貴女と殿下が婚約するより…ずっと前からね」


 彼女は私に真剣な眼差しを向けるが、その瞳には憎しみが込められている。


「だからどんなことをしてでも…貴女から奪ってみせる。殿下は…貴女みたいな人と結婚するべきではないのだから」


「…そうですか」


 さっきから黙って聞いていれば随分と自信があるようだ。私から簡単にアレクを奪えると…本気でそう思っているのだろう。


 以前のリティシアであれば簡単に奪えただろう。だがこの私からアレクを奪おうとするとは…笑わせてくれる。アルターニャにだけは譲らない。絶対に。


 アレクを幸せにできる人間はヒロイン一人しかいないの。悪いけど貴女には失恋で終わってもらうわ。


「…どうぞ奪えるものなら奪ってください。殿下は婚約者のいる身で貴女を相手にするような人間ではありませんけど…大層自信がおありのようですね?殿下との婚約…楽しみにしています。アルターニャ王女様。」


「とうとう本性を現したわね…私に喧嘩を売っている方がずっと貴女らしいわ。でも貴女はいずれ私の前にひれ伏すことになるわ…覚悟していなさい」


「そのような未来は訪れませんが…分かりました。楽しみにしておきますね」


 私が不敵な笑みを浮かべるとアルターニャも合わせて不気味な笑みを浮かべる。


 悪役令嬢と隣国の王女様…さて、最後に笑っているのはどちらかしらね…?







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