第68話 冷酷
「やっぱり…どうしてこんなに冷えてるの?この部屋…そんなに寒い?」
残りのクッキーを食べてほしいというのはただの口実に過ぎず、私が本当に気になっていたのは彼の手の体温であった。
決して寒くないはずの空間で冷えきった身体。空間が原因でないのなら緊張によって冷えきったと考えるのが自然だが、彼は騎士団長だ。
彼自身が緊張していたらそれがすぐに全員に伝染してしまう事だろう。つまり…大抵の事では緊張や感情を表に出さないということ。
無理矢理納得しようとしたけれどやはりどう考えてもおかしい。きっと何か大きな事を…隠している。
「いえ、そのような事は全く…」
「…貴方、何か私に隠してるわね?さっきからずっと思ってたけど…何もないのにここまで冷えきる訳ないでしょう。」
彼の動揺した表情を見るに明らかに何かを隠している。だがそれは私にはどうしても言えない事らしく、困ったようにこちらを見つめてくるだけだ。
そして…彼は少し考えるとこう告げてくる。
「…私は…冷え症なんです」
私とアーグレンの間になんともいえない空気が流れる。私は彼に疑惑の視線を向けながらもその言い訳に感心してしまう。
「…上手く逃げたわね」
「…本当です」
「分かった。聞かないであげる。問い詰めようとしてごめんなさいね」
「…申し訳ございません公女様…。」
「良いわ。護衛騎士にだって秘密の一つや二つはあるものよね。気にしないで」
…本当に冷え症なのかな…?いや絶対に嘘よね。でも本当だったら可哀想だから今度マフラーでもあげましょうか。
さてと、彼がずっと申し訳無さそうにしているとこちらとしても気が重いから早く話題を変えましょうか。
「貴方に色々聞きたいことがあるんだけど…聞いても良い?」
「どんな事でもお聞き下さい。私の知る限りであれば全てお教え致します」
「じゃぁどうしてそんなに冷え…」
「それ以外でお願いします」
「…分かったわよ」
引っかかるかと思ったのに…そう簡単にはいかないわね。いずれ話してくれるかな。
誰かに秘密にされるって良い気分ではないけどどうしても話したくない事ならいくら主人でも強制は出来ないわよね。
諦めて違う事を質問してみましょう。
「…単純に気になった事なんだけど、どうして訓練場と騎士団の寮はあんなに城から離れているの?普通は王族に危険があった時にすぐに飛んでいけるように近くに作るじゃない?」
「…初めはそうでしたが、陛下が移動されたんです」
「どうして?」
「陛下が訓練場の側を歩いた際に、一人の騎士が手を滑らせてしまったんです。その剣は陛下の側をかすめ、危うく陛下は怪我をするところでした。…偶然の事故だったのですが、陛下は大層お怒りになられ、その騎士を処刑しようとなさられたんです。それを私と殿下でなんとか止め、騎士は処分だけで済んだのですが、訓練場と寮は危ないからと遠くへ移動されたのです」
彼は表情を変えず淡々と事実を述べてくれたが、その口元は強く縛られ、まるで苦い思い出を思い返しているようであった。
…もしかして王様ってあんまり良い人じゃないの?
小説で王様なんて興味なかったから殆ど覚えてないんだけど…主人公には優しかった気がするわ。主人公に優しいから他の人にも優しいのかなって思っていたけど…違うのね。
「…そう。なるほどね…。陛下を貴方とアレクシスの二人でどうやって説得したの?」
「…いえ、正確には説得ができたとは言えませんでした。私とアレクは不届き者を庇ったとして20日間の謹慎処分を言い渡されてしまったんです。…その間は一切部屋から出れず、使用人達からの支援で生活をしていたという訳でございます」
騎士を庇っただけで実の息子と騎士団長にその仕打ち…随分と冷酷なのね。
王様は怪我をしそうになったのだから騎士に非があるのは十分分かるけど、だからといってそこまでする必要ある?
なんだかまるで…子供みたいね。
「…アレクは、なんて言っていたの?」
「謹慎が解かれた際に、大丈夫かと心配されました。それから…私を巻き込んですまないと…そう仰っていましたね。罰を受けるのは自分だけで良かったのに…と」
そうよね、貴方なら…正しい事をしたのに親友が罰を受ける姿なんて絶対に見たくないものね。王様に勝てない自分が、相当悔しかったはずだわ。
アレク、貴方もアーグレンも何も悪くない。助けられた騎士は相当感謝しているはずよ。
貴方の誰かを思う優しさは…絶対に無駄なんかじゃない。いつか王様にだって勝てるようになるわ。私は側にいられないけれど…影でずっと応援してるからね。
「…バカね。騎士なんていくらでもいるんだから放っておけば良かったのに。」
「…公女様?」
「助けなければ良かったと悔やまないで…アーグレンの心配だけをするのね。ほんと…アレクらしいわ」
私の婚約者は本当に…私には勿体ないわ。自分がどうなろうと誰かを思えるなんて…簡単に出来る事ではないもの。
アレク、正直私は…貴方の事を知れば知る程…貴方と別れるのが辛い。でも貴方の幸せを誰よりも祈ってる。
ねぇ、どうするのが正解かしら…?
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