第65話 信頼
私が不気味に口元だけで笑ってみせると侍女達は同時に震え上がり、こちらに深く頭を下げてくる。
…やっぱり私って怖い顔してるのね。
「も、申し訳ございません!この事は誰にもお話し致しません!どうかお許しください…リティシア様!」
「頭を下げる相手が違うんじゃないの?」
私が冷たく言い放つと侍女達は顔を上げ、互いに顔を見合わせる。こちらの意図に気づくと、気まずそうに顔を背け二人は渋々といった様子でアーグレンに向き直る。
「その…」
「アーグレンさん…」
向き直ったは良いものの、直接目を見るのが恥ずかしいのか、侍女達はずっと彼の足を見つめ続けている。私に叱られても尚謝罪を戸惑うのか、言葉を発せようとしない。
…貴族としてのプライドってやつ?ほんといらないプライドだけは一人前ね。
「どうしたの?そこにアーグレンの顔はないけど?…仕方ないわね。貴女達もこんがり焼いたクッキーにしてあげるしか…」
「い、いいえ!申し訳ございませんでしたアーグレン様!!貴方様はとてもお美しいです!馬鹿にして…すみませんでした!」
「すみませんでした!」
私の言葉が余程効いたのか侍女達はプライドを捨てアーグレンに勢いよく頭を下げた。
そうよ。アーグレンは美しいのよ…ってそこまで言えとは言ってないけど。でもこれで彼女達がアーグレンを馬鹿にする事はなくなるわね。
もし次に馬鹿にしたら…給料をお金じゃなくてクッキーにしてやるわ。
こんがり焼いたやつよ。ほぼ灰のやつを渡してやるんだからね。
突然貶され突然謝罪を受けたアーグレンは何がなんだか分からないといった様子で何度も瞬きをしてみせる。
「いえ…私は別に…怒っていませんよ」
そのアーグレンの言葉を聞くや否や侍女達が顔を輝かせ、こちらにとんでもない要求を試みてくる。
「本当ですか!有難うございます!…リティシア様…アーグレンさんも許してくれたのでその…減給だけは…」
「あら?こんなところに焼けていないクッキーが二枚…大変ね。早く調理しなきゃ…」
「ひぇっ、申し訳ございません!冗談です!」
「…全く、図々しいわね」
慌てて部屋を飛び出していった侍女達を冷たく睨みつけると私はもう一度ため息を吐く。
これが普通だなんて…一体アーグレンはどんな人生を送ってきたのよ…。
彼は何もしてないのに出身だけで馬鹿にされるだなんて…決して許されることではないはずなのに。
…そうか、今分かった。ちゃんと彼には聞こえていたんだわ。侍女達が自分を褒める声が。でも…それを無視した。
何故なら自分の出身を知れば手のひらを返すという事を…知っていたから。
そしてそれは私も同じだと思っていた…そういうことよね?アーグレン。
「…アーグレン。貴方の価値は出身なんかで決まるようなものじゃないわ。勿論、誰かが決められるものでもない。」
私がアーグレンの瞳を真っ直ぐに見つめると、彼の瞳孔が驚いたように揺れた。
彼のその透き通った紫色の瞳を見ていると、全てを見透かされてしまいそうな…そんな気分になった。
私は彼を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「誰一人として貴方にはなれない。そこに生きているだけで…尊い存在。人間というのはそういうものよ。」
彼は何も言葉を発さない。
ただ彼の表情が物語っているのは、私の印象が明らかに変わったということ。紫色の瞳は警戒ではなく柔和な雰囲気を纏っていた。
「貴方は貴方のままでいいの。私は平民とか貴族とか関係なしに…貴方だから護衛騎士に選んだのよ。他の人間の言う事なんかに耳を傾けないで。」
相手を無視をしていたからといって傷つかない訳じゃない。彼はただ自分がこれ以上傷つかないように心に蓋をしていただけなのだ。
「安心して。私の護衛騎士になったからには…貴方の権利は私が責任をもって護ってあげるわ」
そこでアーグレンの表情が変わった。
驚きを称えていた表情が一転、何か懐かしい思い出を思い返すかのような…そんな優しい表情をこちらに見せてくれる。
「…公女様は殿下と同じ事を仰られるのですね」
あら、そうだったの?
でもそうね、アレクなら…全力で親友の権利を護ろうとするでしょうね。
アレクは…親友が馬鹿にされる様を黙って見ているようなクズではないのだから。
「…少しは私の事、信じられた?」
その言葉に、再び紫色の瞳が大きく動揺する。気づかれていたのか…そう、こちらに伝えるかのように。
「…公女様の事は元より信じております」
「嘘ばっかり。私の事なんてまるで信じていなかった癖に。」
「…そのような事は決して…!」
「ふふふ。冗談よ。怒ってる訳じゃないの。」
アーグレンは少し悩む様子を見せた後、こちらに深く…深く頭を下げてくる。
怒っていないと伝えたのにわざわざ謝罪をされると思っていなかった私は混乱と驚きで言葉が出ない。
「…申し訳ございません。公女様。正直に申し上げますと、公女様のことを…見定めておりました」
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