第58話 護衛騎士

 翌日、髪をルナに整えてもらいながら私はふと疑問を思い出す。


 ルナの方を見ようと思ったのだが、代わりに天蓋付きのプリンセスベッドが目に入り、早くあれをなんとかしたいと切実に思った。…なかなか言い出せないのよね。


 寝心地は最高だからもう諦めてこのベッドを使い続けようか…。いやでもやっぱりなぁ…。


 ってそんな事を言ってる場合じゃなかった。今思い出した疑問よ。聞いてみよう。また忘れちゃう前にね。


「…ねぇルナ」


「はい、お嬢様。どうなさいましたか?」


「どうして貴女だけが私をお嬢様と呼ぶの?それに名前…フルネームを教えてくれないじゃない」


 その言葉に、ルナの手がピタリと静止する。少し返答を待つと、意外な言葉が返ってきた。


「…?私の名前はルナですよ。それしかありません。それからリティシア様をお嬢様とお呼びするのは…昔お嬢様にそう言われたからです。」


「言われた?」


「はい。私がここに来たばかりの頃、お嬢様に物語の令嬢は皆お嬢様と呼ばれているから、私もそう呼んでほしいと仰られて…そこからずっとお嬢様と呼び続けています」


 律儀ね…私ならすぐに忘れるわ。裏を返せばそれ程までの忠誠心があるって事なのかしら。ルナを味方にしておいて良かったわ。


「それから名前ですが…確かに、本名はルナではありません。私は…とある男爵の娘でした。しかしその名を捨て、ルナとなりました。私が言えるのは…それくらいです。」


 どんよりとした重い空気になってしまった事に気づき、彼女にどう返答すべきか迷う。


 聞いてはいけない過去ってやつね…でもいずれ話してくれるかな。なんとなく、そんな気がするわ。


「…私の親は…奥様や旦那様のように愛してくれる人ではありませんでした。なので、お二人に愛されるお嬢様がとても羨ましいです」


 そう呟く彼女があまりにも寂しげだったので、私は言葉を失う。


 愛されずに育った彼女は一体どんな苦労をしてここへ辿り着いたのだろうか。疑問は山程あるが、彼女が自ら話してくれるまで…きちんと待とうと思った。


「…私の話はもういいです。本日はお嬢様の護衛騎士候補の方がいらっしゃるんですから、ちゃんと見極めないとですね。」


「あぁ、それは断るつもりよ。」


「えっ!?見てもいないのにどうしてですか!?」


「一晩考えたけど護衛騎士なんて大層なものはいらない気がするし…そもそも私みたいな人に仕えようとはしてくれないと思うから。殺されるくらいなら断った方が良いわ」


 アレクシスが賛成した護衛騎士ってのは凄く気になるけど、むしろだからこそ断らないといけない気がするの。アレクシスが賛成するってことはきっと相当な実力者だから、本当に国の戦力が減る事になるわ。


 …じゃぁなんで賛成したのかって疑問が生まれるけど、細かい事は考えても分からないからいっそのこと考えないようにしましょう。それが良いわ。


 ルナが私を説得しようと色々試してきたが、私は全てを振り切り、確固たる断る意思をもちながら客間へと向かう。…護衛騎士候補の方はどうやらここへ来ているらしい。


 …ちゃんと断るわよ。…流石に断ったら処刑とかはないわよね…?護衛騎士に裏切られたりしたら怖いから、やっぱり必要ないわ。うん。断ろう。


 そう決意して部屋の扉を開けると、既にお母様とお父様は来ていた。その隣に立っていたのは美しい黒髪に紫色の瞳を持つ長身の青年。


 アレクシスとはまた違う雰囲気を纏う美形の青年…その特徴を、私は確かに知っていた。


 彼の次の言葉で、私の推測は確信へと変わることとなる。


 驚いて言葉を失う私の前に素早く跪くと、彼の服が風を受けてふわりと舞う。


「アーグレン=ベルハルトと申します。お初にお目にかかり光栄でございます。…リティシア=ブロンド様」


 彼はそう呟くと、頭を垂れる。


 あまりにも衝撃が強すぎて、暫く言葉を失ったままの私であったが、彼が不思議そうにこちらを見上げてきたので、慌てて言葉を絞り出す。


「…アーグレン…!やっぱり…そうなのね」


 …しまった。


 これじゃまるで生き別れた男女の感動の再会物語みたいになってしまうじゃない。彼は私の事を知らないのに、こんな風に言うのはどう考えても変よね。


 案の定アーグレンと両親、そしてルナは私の反応が理解出来ずに呆然としていた。


「…いえ、その…良い名前だなと思っただけ…だから気にしないで頂戴。…もう良いわよ。立ちなさい」


 コホンと咳払いをし、今までで最大の下手な言い訳が炸裂したが、彼は素直に私の命令に従ってくれた。…その目には困惑と不思議の文字が浮かんでいたが。


 さてと、後でどう訂正しようかな…。というか、護衛騎士がアーグレンだなんて…全く予想していなかったわ。


 彼は小説で王族の忠実な騎士だったから…まさかたかが公爵令嬢の護衛騎士になるなんて考えもしなかった。明らかに小説の内容が変わってきているのね。


 私がずっと思い出せなかったアレクの親友…それこそが正しくアーグレンであったのだ。


 それにしても、護衛騎士候補がアーグレンなら話は別ね…。


 彼を護衛騎士にするのは…凄く良い考えかもしれないわ。

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