第57話 特殊呪文
「あぁ、そうだった。変身魔法を教えてほしいんだったわよね」
「そうです、お母様。…お願いします。」
「これは返すわね。少し傷がついているけど機能に問題はないわ。王子殿下からのプレゼント、大切にしなさいな」
「はい。勿論…そうするつもりです」
私の返事に満足したのか、お母様はこちらに眼鏡を返してくる。
アレクシスの服に加えて眼鏡まで傷をつけてしまうとは…私はもしかしたら破壊神の才能があるのかもしれない。
この傷はきっと倒れた時についたものだろう。マギーラックにはもう触れないようにしようと強く誓った。
お母様が突然パチンと指を軽く鳴らす。それを合図に照明が一瞬にして落ちたかと思うとボウッと炎が灯る。真っ暗な部屋の中でお母様の炎だけが怪しく揺らめいている。
「…お母様、これは…」
「あぁ、この方が雰囲気出るでしょう?何事も形からいくのが大事なのよ」
そうでしょうか…という言葉が脳裏によぎったが、なんとか直前で飲み込んだ。
「この魔法はちょっと特殊でね、『
通常の呪文では使う事のできない特殊な呪文…確かアレクシスもそんな事を言っていた気がする。
それはつまり…その呪文を知らなければどんなに上手く通常の呪文を応用しようと…一切使う事ができないということだ。
逆に言えば、呪文さえ知れば使えるということなのだが。
まぁわざわざ特殊な呪文が用意されているのだから基本呪文のように簡単には使う事が出来ないだろうが…。
見破られれば終わり、自分より高い魔力の相手には通用しないなどの条件があるものの、それを理解した上で使えれば…これは今後確実に使える。
「まず変身したい相手の事を考えて…これは詳細に考えるのよ。どんな髪の色か、どんな見た目なのか…よく着ている服もイメージすれば更にその人に寄せる事が出来るわ。あぁ、服のイメージを忘れて呪文を唱えれば服はそのままだから気をつけなさいね。男の子に変身したのに服が女の子だとすぐにバレちゃうわ」
クスクスと笑う彼女はまるでその場面を見た事があるかの様に話している。…そんな滑稽な場面があるなら是非私も見たいわね。
「さぁ、思い浮かべてごらんなさい。…しっかりイメージできたら、こう唱えるの」
お母様は炎に限りなく顔を近づけ、不敵な笑みを浮かべる。
「
その瞬間、炎がお母様の姿を包み込み、激しく燃え上がる。一瞬呪文が失敗して飲み込まれてしまったのではないかと焦ったが、数秒後に炎は綺麗に消え去った。
指をパチンと鳴らすとパッと電気がつく。
現れたのは正装に身を包んだ淡いピンク色の瞳をもつ青年。私はすぐにそれが誰であるか気づいた。
「…お父様?」
「そうよ、結婚式の時のアーゼル。もうね、凄くカッコよかったんだから…貴女にも見せたかったわ」
その場にリティシアがいたら大分複雑な家庭になってしまいますけどね…。
「さぁ、貴女もやってみなさい。私の娘なんだから絶対にできるわ」
彼女のその優しい笑顔が私の不安感だけを募らせる。
…リリーさんの娘ではないから普通に不安になってきたわ。大丈夫かな。まぁなんとかなるでしょう。
さぁ、誰になろうかな?
前世でのお母さん…になったら驚かれちゃうだろうし。うーん…まぁ、初めからこの人になるつもりだったし、なってみようかな。
私は目を瞑り、ある人物を詳細に思い浮かべると静かに呪文を唱える。
お母様は私の姿を見て「凄いわ…完璧ね」と感嘆の声を漏らす。
私が変身したのは青い髪に水色の瞳…先程まで一緒にいたアレクシスであった。
「普通は最初からこんなに上手く出来ないものよ。目の前に変身する対象がいるなら
「なれませんしそれは立派な犯罪ですよお母様…」
「冗談抜きでほんとに凄いわ。リティは、殿下の事を本当によく見ているのね」
その言葉になんと返すべきかと悩んでいると、自分を纏う魔力の膜が揺らいでいることに気づく。
「あれ?元に戻っちゃいました…」
「言ったでしょう。自分より魔力の高い相手には通用しないって。だからすぐに解けちゃったのよ。」
お母様は微笑むと、私の背中を軽く押し、部屋の外へと誘導してくる。
「さぁ、アーゼルももう帰って来るだろうし、遅くなっちゃったけど夕食の用意をしましょう。」
お母様の言葉通りお父様は帰宅し、あっという間に夕食の時間となった。食卓に豪華な料理が運ばれるのを見てあれは日本円にしたら何円かかるだろうと考えてみる。
…だがすぐに考えるのをやめることにした。
ここの生活に慣れれば慣れるほど金銭感覚が狂ってしまいそうだ。
そこでお父様が私をじっと見ていることに気づき、視線を返すと彼は真剣な眼差しで呟く。
「リティの護衛騎士の事なんだが、陛下と話をつけてきた。」
「えっ」
なるほど、お父様はお城に行っていたのね。それにしては一度も会わなかったわ。あぁ、きっとずらして来ていたのね…。
というか護衛騎士の事なんてすっかり忘れてたわ。考えるなんて言ったけどまさかこんなに早く言われるとは…。
「リティさえ気に入れば私は彼が良いと思うんだ。明日早速屋敷に呼ぶから、どうするかはリティが決めてほしい。…実は殿下も彼を護衛騎士にすることに賛成してくれているんだ。前向きに考えてくれ。」
アレクが賛成して、陛下も私につけることを許した騎士なんて…一体どんな人物が来るっていうの?
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