第55話 企み

「そしてリティシアがたまたまマギーラックが体質に合わない人間だったら…母さんの思い通りだ。リティシアは倒れ、時間差で染まった赤い花を見ることはない。そう、彼女に知られる事はない。それで良いんだ。結果的に母さんが疑われることはないんだから」


 母さんは賢い。幼い頃からそれはよく知っていた。レシピを見ずに配分の完璧な料理が作れるし、単純な知識量も俺を遥かに超えるだろう。


 …もしリティシアを狙うなら、限りなく自分が疑われにくい方法を選択するはずだ。


「母さんが勧めたのはリティシアが触った事で真っ赤に染まった…『赤い花』だったんじゃないのか」


 俺が静かに言葉を告げると、母さんは深くため息をつく。そしてこちらを説得するかのように話し始める。


「そうね、例えそうだったとしてもそんな遠回しだとリティシア嬢がマギーラックに触る可能性が低いじゃない?私がそんな回りくどいことすると思う?」


 俺も初めはそう思ったが、マギーラックの花言葉を思い出してからは考えが変わった。


 美しい花で誘い出し、魔力を吸収する事から、マギーラックの花言葉は「誘惑」と…そう名付けられている。


「だけど…マギーラックは美しい見た目で人を誘惑する花だ。リティシアは色に関わらず…無意識にそこへと向かうだろう。」


 母さんが何もしなくても、その花自体が誘惑の花なのだから花に触れる可能性は格段に高くなる。


 これは完全に…仕組まれた出来事だったのだ。偶然を装った母さんによる、罠。


「…面白い推測ね。探偵ごっこはやめて早く仕事に取り掛かりなさい。王子様は忙しいでしょう?」


 またこれだ。俺を王子扱い…。


 間違ってはいないのだが、母さんが王子と口にする度に…冷たく突き放されたように感じる。


 …そっちがその気なら俺は王子として…皇后の罪を問い詰めなければならないない。


「母さん!本当に…本当に偶然庭園を勧めたのか?赤い花を勧めたのも、全部偶然だっていうのか!?」


「えぇそうよ。これ以上の詮索は許さないわ。違うと言ったら違うの。貴方は王子。私は皇后よ。もしまたこの話をするなら私は陛下にこの事を報告するしかないわ」


 間髪入れずにそう述べると、彼女の瞳がギラリと怪しく光った。


 これ以上は危険だ。俺だけではなくリティシアにも危害が及ぶ可能性が高い。


 …既に彼女は危害を加えているのだから、これ以上刺激するのは良くない。


 父さんにも、母さんにも、俺はまだまだ力では敵わない。…だが、だからといって黙っているつもりはない。


 …俺ではない周りの人間に手を出す事を、傍観しているつもりはない。


「…分かった。でももし…もしリティシアに手を出したなら、いくら母さんでも俺は許さないからな」


 俺の鋭い眼差しに少し驚いたような様子を見せるが、それはこちらをからかっているようにも思えた。


 ―――自分がやられた訳でもないのにそんなに怒るなんて馬鹿ね。


 そう、嘲笑うかのように。


「もしそうならね。まだ決まってもいないのにお母様を恨むのは良くないわよ。…自分の部屋に帰りなさい。久しぶりに会えて嬉しかったわ。じゃぁね」


 流れる様に言葉を告げると無理やり椅子から立たされ、部屋の外へと追いやられる。…これ以上は聞く気がないのだろう。


 部屋を追い出される前に、俺はどうにか母さんに告げる。これだけは…言っておかなくては。


「母さん、俺は良い。俺はどうなってもいいから、俺以外の人間に…リティシアに手を出すのはやめてくれ。…頼む」


 最後は震える声で呟くように告げる。


 彼女に少しの良心が残っているのなら、もう二度とこんな事はしないでほしい。リティシアが傷つく姿を…もう見たくない。


「あら、母さんがいつ手を出したっていうの?全て貴方の勘違いよ。大丈夫、貴方に手を出したりしないわ。だって私は…アレク、貴方が大好きだもの」


 優しく囁くようなその声が、悪魔のように思えた。


 大好きだなんて、一体何年ぶりに言われただろうか。…適当に俺を言いくるめる為に使っただけだろう。その言葉に、俺への愛情などない。


 母さんはまた、俺の周りの人間に手を出すのだろうか。誰かが傷つく姿など、見たくない。どんな考えがあろうとも、誰かを傷つける事は間違っている。


 …今日の事件は、明らかに母さんが企んだ事だ…どうにかしてリティシアを護らなくては。


 俺が側にいない時も彼女を護れる…そんな方法はないだろうか…?


 …それにしてもあの時のリティシア…すごく可愛かったな。


 俺が呑気にそう考えていると、背後の扉にカチャリと鍵をかける音が聞こえてきた。もう入れるつもりはないという意思表示だろう。


 …もう用はないし、帰ろう。リティシアを護る方法も考えなければ。


 母さんの悪事を全て暴いたと信じきっていたが…まだまだ俺の考えは甘かった。


「ここで一番強い騎士を私の護衛騎士に任命しようかしら…って少し言ったくらいで喧嘩になるなんて…面白いわね、うちの騎士団は。優しい貴方ならきっとリティシア嬢を巻き込まずに一人で行くと思っていたわ…。」


 俺の行動も、騎士団の行動も全てが母さんの手中にあったという事に…気づかなかったのである。


 母さんのその独り言に気づく者は俺を含め、誰一人としていなかった。






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