第54話 訪問

 足取りは重かったが、どうしても真実を確かめなければならない。俺は真っ直ぐ母さんの部屋へと向かい、軽くノックをする。


 明るい返事が返ってきて、すぐにこちらの入室が許可された。…随分機嫌の良さそうな返事だ。なにか良いことでもあったのだろうか…。


「…母さん」


「いらっしゃいアレク。久しぶりに会ったお母様にそんな表情を見せるなんて酷いと思わない?」


 母さんはゆったりとソファに腰掛け、こちらをゆっくりと観察するように眺めてくる。


 …信じたくはないが、信じたくないからと言って現実に目を背けるのは決して良い事とは言えない。俺の目でちゃんと確かめよう。


 何も言葉を発さずただ立ち尽くす俺を見て母さんは「座りなさい。何か話があるんでしょう」と自分の横に腰掛けるよう勧めてくる。


 その言葉に素直に従うと、母さんはこちらの頭を優しく撫でてくる。


 …昔はそれが嬉しくてたまらなかったはずなのに、今では何も感じなかった。かといって振り払うのも失礼かと思いそのまま放置しておく事にする。


「珍しいわね、貴方が自分から訪ねてくるなんて」


「あぁ…確かにそうだな」


「それで、要件は何?何もないのに訪ねてくるほど私達は仲良くはないわよね?」


 母さんの目が怪しく…鋭く光る。


 昔は違った。幼い頃は何度も何度も母さんの部屋を訪れて、面白い絵本を何冊も読んでもらったものだ。


 いつからか母さんは俺を息子ではなく王子として厳しく扱うようになり、気づけば疎遠になってしまっていた。


 俺は昔みたいに接したいと願っているが、彼女の方はそうではないようだ。俺との決定的な思いの違いが、その言葉の節々からよく感じ取れる。


「…母さんに聞きたいことがあるんだ」


「あら、知らない事の方が少ない賢い貴方が私に聞きたいこと?本当に珍しいわね」


 母さんは撫でるのを止め、口元に笑みを浮かべるが、その目は一切笑っていない。


 そうだ、この笑い方が嫌いだった。俺を王子として扱いだした頃から…ずっと母さんはこんな笑い方をしていた。


 まるでこちらを値踏みするかのような…ゾッとするような笑い方。優しい笑い方など、少しも知らないかのようだった。


 …あの時のリティシアのように素直に笑った事など、もしかしたら一度もないのかもしれない。


 この笑顔を見るのが悲しくて、ずっと会うのを避けてたけど、今日は避ける訳にはいかない。

 この質問を、しなければならない。


「…母さん、リティシアを庭園へ向かわせたのか?」


 暫しの沈黙。


 彼女は否定するのか否か。否定されたらどう問い詰めようかと悩んでいたその時、母さんが口を開いた。


「向かわせたなんて面白い言い方ね。そうよ。私が勧めたの。…それがどうしたの?私が散歩をしていたら綺麗なお花があったから彼女をそこに向かわせただけよ。ただそれだけ」


 意外にも否定はしなかった。素直に認め、それがさも偶然であるかのように装う。これが演技であるならば母さんは相当な実力者だ。


「リティシアの髪に似た赤い花があるから行ってみろと…そう言ったのか?」


 俺がそう問いかけると、彼女は首を傾げ、こちらの意図が分からないと言った様子を見せる。


「えぇそうよ。それがどうかしたの?」


「リティシアは…マギーラックのせいで目眩を起こして倒れたんだ。大事には至らなかったけど…。まさか母さん、わざと向かわせたんじゃないよな?」


 核心を突くような質問をしても、母さんは一切動揺せず、驚いたような様子を見せる。


「…まさか貴方、私を疑ってるのね?そんな訳ないじゃないの。大体ね、私が勧めたのは赤い花よ。マギーラックは青い花でしょう」


「確かにそうだ。でもよく考えたら…マギーラックに決まった色なんてなかったんだ」


 そこで一旦言葉を止める。


「あの花は…母さんの持つ水の魔力を吸収したから青色だったんだ。それに気づいた俺は後からもう一度魔法で見たんだ。…マギーラックを」


 母さんの顔からかろうじて残っていた口元の笑みが消えた。何も言葉を返さず、こちらの言葉をただじっと待っている。


「リティシアが触った事で彼女の魔力を大量に吸収したマギーラックは…何色になると思う?」


 彼女は答えない。


 悲しかった。沈黙こそ…答えだから。

 だが俺は止まるわけにはいかない。リティシアを護る為にも。


「…真っ赤だった。青色のマギーラックは、その色が完全に消え失せるほど…赤く染まっていたんだ」


 合っていたんだ。彼女がリティシアに勧めたのは確かにマギーラックだった。


「それがどうしたの?例え触った後に変わったとしても…リティシア嬢には分からないじゃないの」


 その通りだ。俺も初めはそう思った。でも気づいたんだ。リティシアに知られる必要はあるのかと。


「それを狙ったんだ。…『赤い花』と種類を具体的に言わずに曖昧に伝えたからどの花の事を言っているのかリティシアには分からない。例えマギーラックが赤く染まった事にリティシアが気づいても、それを見れたと言う事は彼女に何の問題も起こっていない。母さんは危険な花を勧めたんじゃなくて、ただ綺麗な花を勧めた人間になる。」


 彼女の身になにも起きなければ、マギーラックが青から赤に染まった事に気づこうが気づきまいが何も問題はない。


 母さんがリティシアを陥れようとした事は誰にも…リティシア本人にも気づかれないからだ。


 問題は彼女の身になにか問題が起こった時だ。

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