第52話 推測

「リティシア、お前は…俺との婚約について…どう思ってるんだ?」


 幸せそうに眠る彼女にポツリと呟く。


 完全に独り言のつもりだった。当然返事は返ってこない…そのはずだった。


「え?」


 リティシアは突然上半身を起こしたかと思うと、こちらを驚いた様な眼差しで見つめてくる。


 ――どうして突然そんな事を?


 彼女はそう無言で訴えていると感じた。


 なんとなく、この質問は禁忌タブーな気がした。折角彼女との距離が少し縮まったのに、また遠ざかってしまっては悲しい。


 どうにか誤魔化そうと思い、俺は彼女から視線を逸らし、静かに言葉を告げる。


 きっとこの質問をするのは、今じゃない。


「いや…ごめん。今のは忘れてくれ」


「忘れろ…ですって?…卑怯ね。一度言った言葉は取り消せないのよ」


「あぁその通りだ。でも今お前にこの質問をするべきじゃない気がするんだ。どうしてかは…分からないけど。」


 質問に答えてほしい気持ちも確かにあるが、答えてほしくもない。


 ようやく仲良くなれそうなのに、今ここでハッキリと拒絶されてしまったら、恐らくもう修復は不可能だ。ならいっその事聞かない方がずっと良いだろう。


 …本人に聞くつもりは全くなかったのに、まさか起きていたとは。この微妙な空気を…どう処理すべきか。


「…分かったわ。聞かなかった事にしてあげる。」


 彼女は俺の苦しい提案をどうにか受け入れてくれたようだ。


 聞いておいてやっぱりなしとはなんとも卑怯であるが、先程の彼女のやった事と少し似ているとも感じた。


 突然急接近した事は、なかったことに。…普通は平手打ちの方をなかったことにしたいのではないだろうか?


 王族に手を出せば婚約者とはいえ処罰は免れない。彼女を告発するつもりはさらさらないが、俺がもし裏切ったらどうするつもりなのだろうか。


 …何故だか時々彼女からは俺への絶対的信頼感を感じる事がある。


 考えれば考える程彼女は不思議の一言に尽き、更に俺に対して何を考えているのか全く分からない。


 やはりこれから先も婚約者という立場で彼女を見ていたい。今ここで終わるのは、なんとなく嫌だ。


 …彼女が別れると言えば、勿論それまでなのだが。


 なんとか今は答えを回避できたようだ。


「それにしてもリティシア、お前は花が好きだったんだな。」


 あからさますぎる話題転換。だが彼女はこの話に乗ってくれるだろう。彼女もまた、微妙な空気感に耐えきれない様であったから。


 …正直、彼女が庭園にいたという事実には驚かされた。


 あくまでも噂であるが、彼女が花を踏み潰したり水のあげすぎで枯らしたりと花に関するものをよく聞いていた。


 そんな酷い噂が流れてしまう程彼女は花を毛嫌いしているものだと勝手に勘違いしていたからだ。…ちなみにその噂の真偽は未だに不明である。


「お花が好きというか…私は皇后陛下に私に似た赤い花があるからと言われて見に行ったのよ。そしたら偶然こうなってしまったけれど」


 その意外な言葉に俺は驚かざるを得なかった。それは想定もしていなかった人物であったからだ。


 …母さんが何故庭園に?特別花が好きな人間でもなかったはずなのに。


「…母さんが?それは本当か?」


「えぇ。でもわざと向かわせた訳じゃないはずよ。私が目眩を起こす可能性なんて限りなく低いし…そもそも私が触った花は青色だったもの。」


「…青色。そうだな。確かに青かった。」


「えぇ、間違いないわ。」


 母さんがリティシアに勧めた赤い花。


 そしてリティシアが触れて倒れてしまった青い花…マギーラック。


 二つの色は、対極に位置する。そもそも赤い花はどんな種類かも判明していない。彼女が倒れたのも、青い花に触ったのも、全てが偶然だ。


 …本当に?本当に、偶然だったのか?


 …もしかしてリティシアは庭園に向かったんじゃなくて…向かわされたんじゃないか?


 母さんという人物が浮上した事で一つの疑問が浮かび、それは俺の頭から離れようとしない。


 でももし母さんが向かわせたのだとしたら…勧めた花の色が違う。


 青い花というキーワードを知らないリティシアが、青い花を見つけ、更に触れるとなれば、それはとんでもなく低い確率だ。母さんがそんな回りくどいことをするだろうか。


 …確かに、母さんはリティシアの事を以前からよく思っていなかった。しかしこのように彼女を陥れるような事をしたことなど一度もなかった。


 …どうしても確信に欠ける。


 …本当かどうかは分からないが、一応確認してみよう。真実はどんな時も自分の目で確かめる。勝手な妄想で疑うのは良くないだろう。


「…どうしたの?」


 突然黙りこくってしまった俺を彼女は心配そうに見つめてくる。


 その瞳は、優しく淡いピンク色だ。こんな美しい瞳を持つ少女が、悪い人間な訳がない。


 もし母さんが彼女を狙っているならば、止めなければならない。そうでないならば、リティシアが変わったという事を分からせなければ。


「…あぁ、気にしないでくれ。…リティシア。もう日も暮れてるから早く帰ったほうが良い。ご両親が凄く心配してるだろうからな」


「えぇ…」


 俺は静かに覚悟を決めると、彼女を連れて部屋を後にした。





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