第45話 懇願
「殿下、殿下ーーっ!!」
突如背後から聞こえた大きな声が訓練場全体に響き渡る。
後ろを振り返ってみれば軽装の青年がこちらに手を振りながら走ってくるところであった。
彼は真っ先にアレクシスに向かうと「殿下…この訓練場広すぎませんか?全力で突っ切るだけで息が切れる…」と辿り着くなりすぐに肩で息をしている。疲れるならゆっくり来れば良かったのに。でも彼の様子を見るに何か急ぎの用があるみたいね。
「確かにそうだけど…それを言いにわざわざ走ってきたのか?後でそっちに行こうと思ってたところだったのに」
「違いますよ殿下…ふぅ。今のはちょっとした文句です。申し訳ありません。贅沢な文句でしたね。」
すぐに落ち着いたのか、彼はアレクシスに改めて向き直り、謝罪をする。
そして私の存在に気づき、「あっ、リティシア様…」となんとも微妙な反応をする。この人にまで私は嫌われているのね…。…仕方ないんだけどね。
「お話中、申し訳ございません。少しよろしいですか?」
「別に構わないわ」
「有難うございます。殿下、ちょっと聞いてください!」
私の許可を得るや否や彼はアレクシスに掴みかかる勢いで話し始める。
「今丁度団長が陛下に呼ばれていないんですが…団員皆仲良く話していたかと思ったらこの中で一番強いのは誰かという争いが突然勃発してしまいまして…!このまま放っておけば本当に決闘が始まってしまいそうな雰囲気なんです!今すぐ騎士達が訓練場に押し寄せてきますよ!」
なるほどこの人は騎士団の話をしているのね。…騎士なのにここを走っただけで疲れちゃうなんて…失礼だけど、ちょっと可愛くて笑っちゃうわね。
「助けてください殿下!団長がいない今…止められるのは殿下しかいません!」
「それは大変だな。今すぐ行きたいところだけど俺は今リティシアに授業を…」
「つまらないから終わりって言ったでしょう。聞いてなかったの?」
「あぁ、そうだったな…。悪い。…授業がないにしてもリティシアがここから歩いて戻るときっと足を痛めてしまうからやっぱり俺が連れて…」
「折角ここに来たんだもの。好きにやらせてもらうわ。幸い訓練場は…こんなに広いみたいだし…ねぇ?」
彼の発言をことごとく遮り悪役令嬢らしく嫌味ったらしく笑みを浮かべてみると、アレクシスではなくその隣の青年が震え上がっていた。…私のターゲットは貴方じゃないんだけど…まぁ良いわ。
「リティシア…良いのか?俺が行ってすぐに喧嘩が収まるかは分からないんだけど…」
「私は一人で近くを散歩してるわ。貴方が終わるまで待っててあげるから…必ず迎えに来なさい」
その人はすごくアレクシスを必要としてるみたいだしね。さっきから私の発言に怯えたり歓喜の眼差しを向けてきたりとコロコロ表情が変わっていてとても面白い。
…もうやめて、思わず吹き出しちゃうから。心配しなくても大丈夫よ、アレクシスを縛り付けたりなんかしないから。そもそもそんな事が出来る様な存在でもないしね。
彼は誰にも縛られない…自由な存在であるべきなのよ。
「勿論。なるべく早く迎えに来るよ。それまで絶対に…遠くへは行かないでくれ」
「私に命令しないで。分かってるわよ。早く行きなさい。」
腕を組み、素っ気なく答えてみるが、相変わらず彼は気分を害した様な反応を一切見せず、こちらを心配する様子を見せる。
…優しいのね。貴方は頼まれ事を断れない人だから…本当は今すぐにでも騎士団の方を見に行きたいでしょうに。
「有難うございますリティシア様!」と深く頭を下げる騎士団の団員を見て悪い気はしなかった。
それにしても、どうしてアレクシスを呼んだのかしら?彼が魔力をとっても剣術をとっても強いから武力で無理矢理団員を抑えようってところかしら…?
まぁ考えても分からないわね。私は一人気ままに散歩するとしましょう。
「じゃぁ行ってくるな」とこちらの様子を窺いながら去ろうとする彼に「早く行きなさい」とだけ冷たく言い放つとそれでもこちらを心配そうに一度見てから、そのまま団員と一緒に走り去っていった。
二人が完全に去るのを確認してから、「はぁ…」と自然と私の口からため息が溢れる。
初めて魔法を使ったからか、とても疲れたわ…。今は悪役令嬢を演じる必要もないし、ゆっくり歩いてみようかな。
…訓練場、改めて見るとこんなに広いのね。私の屋敷の敷地と同じくらいあるんじゃない?全力で走ったらそりゃ息ぎれもするわよね。
二人が走っていった方角にはうっすらと寮のような建物が見えた。恐らく多くの騎士が休みの間そこで過ごしているのだろう。
それからさっき騎士団の人が言ってた騎士団長…どこかで聞いた事あるのよね…誰だったかなぁ…。
とりあえず訓練場のど真ん中に立っていても何も始まらないので、色々考えながら適当に歩き始める。アレクシスに言われた通りそこまで遠くへは行かないつもりだ。
訓練場から移動し、行く宛もなく歩いていると…目の前に唐突に人が現れる。
「あらリティシア嬢じゃない」
日傘を片手に妖艶な笑みを称える彼女に、私は特徴を観察する。青い髪に赤い瞳。相反する二つの色を持つ彼女は…確か小説でも出てきた人物だ。
…必死に脳をフル回転させると、たった一人だけ思い当たる人物がいた。私の事を知っていて、アレクシスと同じ青い髪の女性。そんな人は、突然一人しかいない。
「…皇后陛下!?」
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