第35話 馬車 

 私達がアレクシスの元へと戻るとお母様とルナはどんな話をしていたのか気になるのか、じっとこちらを見つめていたが、特に何かを聞いてこようとはしなかった。


 彼は一切こちらを詮索する様子は見せずに微笑み、「お話は終わりましたか?」と呟く。


「はい。お時間を頂き申し訳ございません」 


「構いませんよ。ではリティシアを…少しの間お借り致しますね」


「えぇ。娘をどうぞよろしくお願い致します」


「分かりました。」


 彼は馬車に近寄ると、私に手を差し出す。その手を無視したかったのだが、ルナの視線と両親の視線もあった為に仕方なく取ることにする。彼の手はとても温かかった。


 続いて彼は私の両親にお辞儀をすると馬車に乗り込む。彼は私の真向かいに腰を下ろした。


 そして御者に合図をすると皆に見送られながら馬車はいよいよ走り始める。


 馬車はまだ二度しか乗っていないが、王族の乗るものである為、随分と居心地が良い。殆ど揺れもなく、ソファも柔らかい為、乗り物酔いをしやすい人が乗ったとしても普通に乗れるのではないかと思う。


 王族って良いわね。次に転生するなら王族が良いかな。…なるべく主人公か、準主人公あたりがいいわ。悪役なんて以ての外よ。神様、聞いてますか?


「上着…本当に返しに来たんだな」


 馬車が走り出してすぐにアレクはどこか残念そうに呟く。そういえばパーティの時に返さなくてもいいとか言っていたわね。でもそうはいかないわ。彼と仲が良い証拠なんて残してはいけないもの。


 私と貴方の思い出はなるべく少ない方がいいの。どうせ主人公との思い出で全てかき消されるでしょうけど、どうなるかは分からないからね。


「手紙にもそう書いたじゃないの」


 私がなるべく冷たく言い放つが、彼はそれでも納得がいかないらしく、「…リティシアが持っててもいいんだぞ?」と言い始める。


「いらないわ。何度も言わせないで」


 彼を睨みつけ、ハッキリと言い切るとアレクシスも流石にそれ以上の説得を諦めたようであった。


 …バカね。王子の権力を使えば公爵の娘なんて簡単に従わせられるのに。でも彼は決してそれをしない。それが…アレクの良いところなのよね。


「分かった。わざわざありがとうな」


 彼は私から上着を受け取ると「これ、洗ってくれたのか?」と聞いてきた為、私は随分と驚かされる。


 洗濯したかどうかなんて見て分かるものなの?


 私は彼の服をじっと眺め…そして気づいた。彼の服の宝石の一部が破損している事に。


 どうして?ルナと見た時は特に何もなっていなかったのに。でもよく見ていなかったとしたら壊れているのもあり得る…わよね。


 私が心当たりがありすぎて何も言えずに固まっているとそれを見たアレクシスが吹き出す。


「ごめんな、壊れやすい宝石を使ってたみたいだ。リティシアは気にしないで大丈夫。わざわざ洗ってくれてありがとう」


 私の表情が余程面白かったのか、彼は口に手の甲を当てながら肩を震わせている。


 良かった、とりあえず宝石を壊された事に関して全く怒っていないみたいだわ。流石優しい王子様ね。他の王族の宝石を壊したりしたらきっと倍以上の賠償金が課せられるに違いないわ。本当に良かった。


 …いや全然良くないわよ。悪役令嬢のイメージが本当にドジっ子令嬢に変わってしまうわ。アレクの服の宝石を傷つけるつもりなんてなかったのに…。というか人に貸したものが傷つけられて返ってきたというのにどうしてこの王子は笑ってるの?そんなに人の顔を見て笑う事ってある…?


「…ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。それと…笑いすぎよ。一体何がそんなに面白いのよ」


「ごめん…リティシアの表情が面白くて…」


 やっぱり人の顔を見て笑ってたのね。そんなに面白い表情してないわよ私…。


 未だに静かに笑い続ける彼に嫌気が差し私は窓の外に目を向ける。既に屋敷は見えなくなり、平民達が暮らす町が見えていた。


 とりあえずアレクの上着はちゃんと返せたわ。次は魔法ね。彼に聞くのを忘れないようにしなければ。


 窓の外から視線を外し、アレクシスに目を向けてみると、いつの間にか彼は私と同じように窓の外に広がる町並みを眺めていた。そして何も言わずに嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。


 私がその視線の先を追うと、そこには楽しそうに走り回る子供達がいた。


「…子供が好きなの?」


 彼は私の言葉に弾かれたように驚いてこちらに視線を向ける。そして憂いを込めた表情を浮かべると、「あぁ、子供が好きというか…あの子達が羨ましいなと思って。」と意外な言葉を口にする。


「どうして?」


「自由で…楽しそうだなって思うんだよ。俺もこの町に生まれてたらこうだったのかなって思う時が…あるんだ」


「誰もが羨む王子様に生まれておいてそんな事を言うなんて…本当に贅沢な悩みね」


「本当だよな。俺もそう思う。でも俺の親友はこんな素敵なところで育ったのかと思うと、羨ましくもなっちゃうよな」


「アレクシスの…親友」


 …アレクシスの親友なんていたら忘れるはずないわよね。…あれ?でも何故か思い出せない。誰、だったかしら。


 きっと名前を聞けば思い出せるんだけど…出てこないわ…。私ってこういう重要な記憶力がないのよね…。でも主人公と関わればきっと現れるわよね。気になるけど、その時を待つ事にするわ。



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