第34話 忠告

「あらぁ、流石。王子様はやる事が違うわね」


 くすくすと口元に手を当てながら笑うお母様にアレクシスは向き直り頭を下げると、「ブロンド公爵、公爵夫人。突然の訪問をどうかお許しください。それから…お褒めにあずかり光栄でございます」と述べる。後半は顔を上げ、眩しい程の笑顔を見せていた。


 相手は自分より立場の低い公爵であるはずなのに、彼は迷う事なく頭を下げた。王子という立場からは考えられない行動だが、彼ならばあり得るかと納得させられてしまう。なんとも不思議な魅力だ。


 小説内では、こういう身分の低い者に対しても低姿勢なところがアレクの良いところであるのに、一部の貴族が王族としての威厳が足りないと貶していた事があった。


 王族としての威厳とかより人としてもっと大切な事があると言う事を、彼が熟知しているだけなのに。


 皆を平等に扱うという点は、私が彼を好きな理由の一つでもある。


 …全く王子らしくない彼は、同時に最も王子らしいとも私は思うわ。


「王子殿下。頭を上げてください。こちらの方がお礼をしなければなりません。わざわざこの屋敷まで足を運んでいただき、本当に有難うございます。リティの事を…くれぐれもよろしくお願い致します。」


 お父様は深く頭を下げるとアレクシスはその光景をどこか寂しげに…眺めたように感じたのだが、すぐに優しい笑顔に戻る。


 …どういうこと?アレク、貴方のその表情は…一体何を意味するの…?


 彼をじっと見つめるも今はただ優しい笑みを称えるだけであった。…もしかして気のせい、かな?


「勿論です。大切な娘さんの事は、必ず護ります。任せてください。」


 …何?もしかして私、これから戦場にでも行かされる訳?


 この国で最も警備が厳重な場所である城に行くのだから危険な事なんて何一つないはずなのに…それでもあえて大袈裟に言うのね。


 恐らくリティシアの両親を心配させないようにという…彼なりの配慮なのね。


 それにしても大袈裟よ、アレク。例えそんな状況が訪れたとしても、悪役令嬢わたしなんか捨てて逃げていいのよ。私が貴方を恨むことは決してないのだから。


「それから…殿下のお父上にもお身体に気をつけてとお伝えして頂けますか」


 お父様がゆっくりと告げると、アレクは嬉しそうに微笑む。二人共優しく微笑んでいるはずなのに、どこか作られた笑顔のように感じられた。


「分かりました。その様に伝えておきます。きっと陛下も…喜ぶと思います。」


 この二人の微妙な間は一体何なんだろうか。

 少し考えてみたが、私には全くなんのことだか分からなかった。


 おかしいわね。私は小説を読んでこの世界の事をよく知っているはずなのに…私の知らない事があるなんて…。


 いいえ、これが当たり前なんだわ。たった一文名前が出てきただけの人も、その背景では長い人生を生きている。小説で書かれているものは、ほんの一部にすぎないんだわ。


 そして私という異質な存在がいることで容易に世界は、状況は変わり得る。もう既に私はアレクに介入しすぎてしまった。


 彼が私をリティシアと呼び始めた瞬間から、彼自ら婚約破棄をする事は期待出来ない。…彼が例え婚約破棄を嫌がったとしても、私は主人公に渡さなければいけない。


 でも貴方がくれた優しさは絶対に忘れないわ。今は主人公が現れるまでの夢の一時を…楽しみましょう。


「殿下。リティに話したい事がありますので…少しお時間を頂けますか?」


「はい。私はいくらでもお待ちしますので、どうぞお話ください」


 アレクシスの許可を得るとお父様は強張った表情で私の方へと向かってくる。そしてそのまま私の手を取ると二人からは聞こえないような位置へと移動する。どうしたのかしら。


「リティ。気をつけるんだよ。」


「…殿下にですか?」


「違うよ。陛下の事だ。私の…親友のね。あの人は王になり、全てを手に入れてから変わってしまった…。私の親友は…もうどこにもいないのかもしれない。リティに対しても何を考えているのか分からない。くれぐれも気をつけるように」


「…分かりました。忠告有難うございます。」


 小説を読んでいて王様がそんなに悪い人だった記憶がないのだけど…でも親友であるお父様が言うなら注意するに越したことはないわね。


 さっき私が自分で考えた通り…物語も登場人物も、いくらでも変わり得るんだから。


「…本当に心配だよ。こんな事なら…リティと王子を婚約させるんじゃなかった。」


 本気でリティシアを心配し、落ち込んだ様子を見せるお父様に私は思わず笑みが溢れる。


 きっかけはお父様と陛下だったとしても、最終的にリティシア自身が婚約を決意したんだろうからこんな風に後悔する必要はないのに…。本当に、本当にリティシアを愛してるのね。


「お父様、大丈夫です。最終的に婚約を決断したのは私ですわ。お父様が気に病む必要はございません。陛下にはきちんと気をつけておきますね。」


 私が自分が悪役令嬢である事をすっかり忘れて微笑むとお父様は強く私を抱き締めてくる。とても苦しい。


「リティ、本当に成長したんだね…分かった。行っておいで。何かあったら父さんと母さんに言うんだぞ」


「勿論です。では行って来ますね」


 これで私の二度目の…お城の訪問だ。確実に魔法を自分のものにして帰ってこよう。私はそう決意した。

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