第32話 手紙

 部屋に戻ると、私はすぐに机に向かう。


 無駄に装飾がつけられたなんともラブリーな羽根ペンを手に取ると私は無言で装飾を全て丁寧に外し通常の無難な羽根ペンへと戻してあげる。


 リティシアも流石に使うのが嫌だったのか、羽根ペンが使用された形跡はない。そりゃそうよね。私も使いたくないわ。


 なんて書こうかしら、いずれ貴方の為になるから私に魔法を教えて下さい…?いやこの文面はリティシアらしくないし分かりにくいから却下ね。


 普通に会う約束とお願いしたい事があると言う事だけ伝えましょう。


「アレクシスへ 貴方の上着を返すからいつ会えるか教えて頂戴。それからお願いしたい事があるの。私からお願いされる事を光栄に思いなさい。 リティシア=ブロンド」


 私が受け取ったらビリビリに破いてしまいたくなるほどの高慢な手紙だが、アレクなら普通に受け入れてくれることであろう。変に丁寧にお願いしても性格が変わりすぎて疑われるし…仕方ないよね。


 完成した文をじっと眺めていると突然背後に暗い影が現れる。驚いて振り返るより早く肩に軽い衝撃が走る。


 そしてその人は手紙を覗き込むようにして「リティ〜、何してるの?」と問いかけてくる。


 …どうやらノックの音を聞き逃していたらしい。


 私が見つめ返すと、心底嬉しそうにお母様は微笑んだ。


「お母様!?…えっと、王子殿下に手紙を書いていました」


「あら、貴女から手紙を貰える王子様は本当に幸せ者ね。羨ましいわ」


 手紙の内容を確かに見たはずなのにお母様は迷いもなくそう呟く。なるほど。親(バカ)目線では娘の手紙が何倍も美化されて見えるのね。


「それにしてもリティ、最近は随分と落ち着いたみたいね?屋敷をバタバタ走り回って少しばかり悪戯していた頃が懐かしいわ」


「そうですね…私も少しは大人になりましたから」


 悪戯?リティシアがしていた事はそんな可愛いものじゃなくて、どう考えても悪でしかないと思うんだけど…。


 貴女の目にはそう見えていたのですねお母様…。


 …親のフィルターって凄いのね。この人には真実がどれだけ歪んで見えていたのかしら。


 まぁでもここまで親に愛されるリティシアはやっぱり羨ましい。


 …悪女は親に愛されて主人公は親を亡くしてしまうだなんて…この小説はなんとも不公平な話なのね。まぁその分主人公はちゃんと幸せになるんだけど。


 でもこの人達は幸せになるどころか不幸だったんだろうな。こんなに可愛がってた娘がいなくなっちゃったんだから…。


 やっぱりこの人達の為にもなんとか長く生き延びなければ。


 お母様、お父様。私は悪役令嬢リティシアのようには生きません。そして貴方達の愛する娘でもありませんが、どうにか娘さんの身体を死なせないようにします。


 だから…どうか許して。私がこの身体を借りる事を。


 いつの日か私がリティシアではないと気づかれてしまう日が来ない事を…ただただ祈るばかりであった。


 何も知らないお母様はただ私に優しい笑みを向けてくれる。その眼差しが辛くて私はさっさと手紙を封筒に入れて外に出ようとする。


「あぁ、私が使用人に届けるよう言っておくわ。アレクシス王子殿下に届ければ良いのよね?」


 笑顔で手を差し出すお母様に「はい…お願いしても良いですか?」と問いかけると「何言ってるの!貴女は私の娘よ?何でも頼ってくれていいの。お願いしても良いかじゃなくてお願い、でいいのよ」と即座に返されてしまう。


 私は向けられた優しさに少し微笑み、「では、お願いします」と彼女に手渡す。


「可愛い娘の頼みだもの。必ず届けるわ」


 お母様が優しく微笑む度に心の中のどこかが強く傷んだが、同時に居心地の良さを感じてもいた。


 こんなに優しいお母様とお父様を…悲しませてはいけないわね。なんとしてでもアレクと婚約破棄して…主人公との結婚を見届けて…私は生き残らなければ。


 それで良いの。そうすればアレクも、リティシアのお母様もお父様も…そしていつか帰ってくるかもしれないリティシアも…幸せになれる。


 皆が幸せに暮らせるなら、私は別にどうなっても良いの…。元々私は誰かに愛されるような人間じゃないんだから。


 アレクとの時間は夢よ。宝くじで当たっただけ。一ファンと芸能人の一時の触れ合い。そんな感じ。


 目が覚めればそれは全て夢で、儚く消えるの。当たり前よ。私はこの世界の人間じゃないんだから。


 …アレクは私がいない方が確実に幸せになれる。それだけは決して忘れてはいけない。


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