第27話 パーティを終えて

 部屋に戻ると、私は深くため息をつく。


 初めはレースのついたこれでもかと飾られた王女様専用の様なデザインが嫌すぎて抵抗しかなかった。


 しかし何日も過ごして慣れてきてからは逆にここが一番屋敷で落ち着く場所になった。まぁそれでもベッドだけは変えられるものなら今すぐにでも変えたいが。


 あの悪役令嬢リティシアの部屋だから物が床に散乱し放題かと思われたが、そこは使用人の出番の様で、私が転生に気づいた瞬間も部屋は不自然な程綺麗に保たれていた。


 ちらりと横目で見てみれば、リティシアの瞳に合わせてか、花瓶には美しいピンク色の花が添えられている。


 今朝と花瓶の色が変わっているから、恐らくルナが主人がいない時間でもサボらずに入れ替えてくれたのだろう。


 今日の事を改めて振り返ると…悪役令嬢になりきるという点に関しては微妙だったと言える。だが元々の酷すぎる評判によってどうにかなったように思えた。


 そしてアレクシスの好感度を下げるという点は、成功どころか大失敗に終わってしまった。


 彼は私を敬称なしで呼び始め、明らかに距離を縮めようとしていた。


 …それが私にとっては嫌でないと言うのだから困る。


 彼と親密になるのは嬉しいが、なってはならないと何度も言い聞かせていたはずなのに。


 彼の優しさに私は終始振り回されてばかりだった。


 アレクの上着は、明日自分で丁寧に洗って後日返そうと思う。…この世界には洗濯機なんてないだろうから、使用人に洗濯の仕方を教わらなくちゃいけないわね。


 嘘を教えられたら困るけど…まぁリティシアに反抗するような人間は殆どいないわよね。


 私は彼の上着を丁寧に畳み、棚の上にそっと置く。埃がつかないといいけど…明日どうせ洗うから平気よね。


 綺羅びやかな装飾に輝く宝石が埋められた衣装はアレクシスでなければ着こなせないことだろう。彼は服の美しさに負けることなく上手に着こなし、彼自身の魅力を一層引き立てていた。アルターニャが誰よりも美しいと言っていたが、それはあながち間違いではないと私は思う。


 兎に角…今日は一日生き残れた事に感謝しよう。


 恐らくワインを人にかけてしまうくらいやりすぎなのがリティシアらしく、どうにか乗り切れたのであろう。適度な悪役令嬢とは非常に難しいものだ。


 ふと、外からトントンと軽く叩くノックが聞こえてくる。


 返事をせずにいると、「…リティシア様、もうお休みになられてしまいましたか…?もし起きていらっしゃったらでよろしいのですが、お風呂はいかがなさいますか?」と小さな声が聞こえてくる。


 …外に出たのにお風呂に入らない訳にはいかないよね。ベッドに腰掛けて考え込んでいたが、そうもしていられない。


 私は重い腰を上げて無駄に広いお風呂場へと向かった。


【アレクシス】


 パーティがお開きとなり、全ての客が瞬く間に城からいなくなった。使用人達が後片付けをし、広間は先程までの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。


 母さんはとっくに寝てしまったが、国王はそう簡単に寝れるほど楽な役職ではない。よって父さんはまだ起きており、更に俺を玉座の間に呼び出したのであった。


 こんな夜遅くに俺を呼ぶ時は…他人にはあまり聞かれたくない話をする時だ。一体何を話すのか、このような時間に呼び出される度に実の親でありながら緊張してしまう。


「アレクシス…我が息子よ。今日は久々のお前が出席するパーティだったが…楽しかったか」


「勿論…楽しかったよ、父さん」


 その返事に満足したのか、優しい表情を浮かべる父さんの様子に、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 他国との関係の事、かつての女性関係の事…父さんから色んな話を聞いたが、それら全ては誰かに聞かれては国王の威厳に関わるようなものであった。


 誰にも聞かれたくない話など正直聞きたくはない。俺は父さんのような好意に見返りを求めるような裏のある人間には…なりたくない。


 その一心で、王子として人からどんなに厳しい教育を受けようと、俺自身は人に優しくしようと胸に決めて、今日までずっと生きてきた。


 優しいだけでは生きていけないとよく両親に言い聞かせられたが、それでも俺は誰かの笑顔を見るのが好きだった。誰かが喜ぶ姿が一番好きだったんだ。


 父さんは相手を選んで優しさを与え、服従させるような人間であった。言う事を聞かなければ、どんな人間であろうと容赦なく処刑をする。


 古き親友であるブロンド公爵を除いては、父さんに恩を売られ、頭が上がらない人が殆どだ。俺はそんな使い方は絶対に…しない。


 人に与える優しさは、決して見返りを求めるものではない。


 俺が呼ばれた理由はただ自分にパーティの感想を求めただけであると信じたかったのだが、その予想はいとも簡単に裏切られる事となる。


「それは良かった。だが…使用人から聞いたぞ。果たして我が国の民はそう感じていただろうか?」


「…それは…どういう…?」


「お前も分かっているだろう。一銭たりとも国の利益にならぬ…女の事を。」


 俺はその先の言葉を、聞きたくなかった。


「リティシア=ブロンド…お前の婚約者の事だ。そろそろ…それについてお前と話がしたい」

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