夜道



 車で行くほどの距離でもないんだよな。びみょー、と浩太は夜道を歩いていた。


 薄暗い古い住宅街の道に入る。


 そんなに道幅は狭くないのに、街灯が少なくて、いつ見ても、ちょっと物騒な感じだ。


 そこに、ぽっと灯った灯り。

 ほっとしかけて、それが鶴雲寺の灯りだと気づいた。


 その灯りの中に、ほっそりとした女性の姿が浮かぶ。

 ちょうど、民家の前に止まった車の陰で見えなかったらしい。


 あれ?

 美弥ちゃん?


 ちょうどよかった、と声をかけようとしたとき、自転車の音がした。


 後ろから結構なスピードでやってきて、自分を追い抜かしていく。

 きらりと光るものが見えた。


 あれは――!


「美弥ちゃんっ!」

 

 


 用もないのに遅くなっちゃった。

 美弥は小走りにいつもの道を急いでいた。


 あれからまだ大輔からは連絡がないが、どうなっているのだろう。

 そんなことを考えていたとき、目に灯りが飛び込んできた。


 鶴雲寺の灯り。

 ほっと息をついたとき、後ろからかなりのスピードで近づく自転車の音が聞こえてきた。


「美弥ちゃんっ!」


 聞き覚えのある声に振り返ろうとしたとき、近づいてくる自転車と、寺の灯りに光った刃物が見えた。


 あっ! と思ったとき、誰かが自分を突き飛ばした。


「近衛っ!」

 暗がりから飛び出してきた黒衣の人物に驚いた自転車がよろめく。


 通り魔はナイフを持ったまま、こちらに向かって倒れてきた。


「きゃあっ」

 ガシャンッと派手な音を立てて、倒れる自転車。


 だが、アスファルトに尻餅をついていた美弥には、何の衝撃もなかった。

 走り寄る足音と、慌てて逃げ出す自転車の音。


 はっ、と顔を上げると、自分を庇った龍泉の肩に、ナイフが深々と突き刺さっていた。


「救急車っ!」

 見上げた美弥は、そこに立ち尽くす浩太を見た。


 彼はただ、無表情に自分たちを見下ろしている。


 一瞬、唇を噛み締めた美弥だったが、すぐに鞄を開け、携帯を取り出そうとした。


 だが、彼は美弥を制し、すっと離れた。

 遠ざかる声が、警察と救急車を呼んでいた。


 美弥は龍泉に向き直る。

 恐る恐る肩に手を伸ばしたが、深く刺さったナイフにそこで手を止めた。


「ナイフ……抜かない方がいいですよね?

 出血多量になると困るから」


 そう言うと、痛いのだろうに、龍泉は笑い、

「お前、落ち着いてんなあ、やっぱり」

などと言う。


 ……落ち着いてるわけ、ない。


 美弥は彼の胸に額を寄せた。

 着古した柔らかな法衣が肌に当たる。


「大丈夫。

 すぐ、救急車来るよ」




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