貯金箱

 

「でさ。

 たむらのお菓子って、やっぱり、あちこちの企業なんかも使い物にしてるんだよ。


 それで数が多くて、絞りにくくって」


 叶一の話すのを聞きながら、美弥は夕食の煮魚をつついていた。


 甘露煮くらいねったり濃く甘く煮られたそれは美弥の好物だったが、なんとなく食が進まなかった。


「そうだねえ。

 うちでも結構使うね。


 売り切れることもあるから、前もって発注してたりして。

 八巻さんの会社でもよく頼んでたんじゃないの?」


「そうなんですよ。


 八巻さんの会社と、一応、あそこのライバル会社の発注記録調べてみたらしいんですけど。


 どちらも、あの日、営業が何箱か頼んでたようなんです。


 ほとんど、みたらしなんですけど、八巻さんとこは一箱だけ、他会社では二箱。


 先方の好みだから、というのと、毎度、持ってくもの変えてるのとで、例の最中もありました。


 でも、それは――」


 美弥は箸を置いて立ち上がった。


 なに? という目で叶一が見たが、美弥は、それには答えず、横に居た大輔の腕を掴む。


「ちょっと来て」

と言うと、まだ茶碗を持ったままだった彼を、廊下の方に引きずって行った。


「なんだよ、美弥」


 らしくもなく間抜けに茶碗を持ったままの大輔を部屋に引っ張り込むと、辺りを窺い、戸を閉める。


 そのまま小学校のときから使っている机の側に行き、今日使っていた鞄を開けた。


 中から、仔豚の貯金箱が顔を出す。


「どうしたんだ、お前それ。

 おい……」


 大輔が言い終わる前に、赤い手動の鉛筆削りの底で割る。


 破片とともに散らばったのは、ほとんど小銭だったが、中にはお札もあった。


「大輔。

 あんたに依頼するわ」


 美弥はそれらを示して言った。


「調べて欲しいことがあるの」


 ――と。


 事務所の開業祝いにと友人が冗談でくれた貯金箱だった。


 いつか借金で首が回らなくなったときの逃走資金でも貯めておけ、と言って。


 美弥は日々コツコツ貯めていたこれを、何か事務所の信念に関わるときに使おうと思っていた。


「美弥……」


 大輔は自分を見つめ、小さく言った。


「全然足らねえぞ」

「……後は気持ちでカバーして」


 大輔は、自分が何を調査して欲しいのか、わかっているようだった。


 彼もまた疑念を抱いてはいたのだろう。


 それにしても、事務所の信念、新幹線代にも足らず……。


 自分も足していたその小銭を見下ろし、大輔は問うた。


「何故、俺に頼む?」

「あんた得意でしょう?」


「叶一に知らせないのは?」

と窺うように大輔はこちらを見る。


「……言ってもいいんだけど。

 そうね、なんとなく」

と苦笑すると、そうだな、と大輔も間を置いて同意した。

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