いい未来、悪い未来

 

 そんな未来さえ、変えられなかった、と浩太は言う。


「僕はもう何も見たくないと思った。


 僕には誰も救えない。

 そう思って」


 まあ、救うなんておこがましいんだけどね、と浩太は自嘲気味に笑う。


「いや……わかるわ。

 あんたはその力にいつも意味を見出したがってた。


 そうじゃなきゃ、ただ、辛いだけだもんね」


 変えられもしない、見たくもない未来。


「今回も、そう?」


 浩太は力を失う前に、幾つかの未来の断片を見ているらしい。

 それに関わる何かが、彼をこんなに不安定にしているのだろうかと思う。


「そうだね。

 そうなのかも――。


 僕にはわからないんだよ。

 いつ、なんどきそれが起こるのか」


「ねえ」

「ん?」


「聞いたことないんだけど、いい未来も見えたりするの?」


「いや、それがあんまり。

 なんでだろう?


 やっぱり、嫌なことや悲劇的なことの方が人生においてインパクトあるからかな?」


「違うわ、きっと。

 人間だから、神様みたいに万能じゃない。


 未来を見るのにも容量みたいなものがあるんじゃないの?」


「容量?」


「そう。

 浩太、昔だって、なんでもかんでも見えたりはしなかったでしょう?


 一生のうちに、此処までしか見えないとかあるんじゃないの?


 あんたは優しいから、皆が嫌な未来を回避できるようにと思って、そればっかり見ちゃうのよ」


「でもそれだと、叶一さんと結婚する未来も凄く嫌な未来みたいだね」

と浩太は俯いたまま笑う。


 その吐息が首筋に当たってくすぐったかった。

 なんだか昔飼ってた猫みたいだなあと思う。


 この事務所の一ヶ月の給料より遥かに高い、毛足の長い猫。


「まあ、叶一さんにとっても、あんまりいいことないかな。

 こんな状態」


 そう言う浩太に、美弥は、

「また私が悪いってんでしょ?」

と言う。


「でも、僕はそういう君が好きだよ」

と浩太は顔を上げた。


「普通、あそこで出しそびれたりしないって、離婚届。

 旦那が捕まったら、叩きつけたりしちゃうもんでしょ」


 いや、それが普通かどうかは――。


「ましてや、全くうまくいってない夫婦なら」

「うまくいってないって言うかね」


 うーん、と美弥は唸る。


「仲は悪くないのよ。

 それなのに離婚するのは難しいの」


「だから、仲悪くないんなら、ついでに一緒に居たらって言ってるの」


「『大輔は大丈夫』だから?」


「なにそれ」


「いや。

 お義父様の台詞よ。


 離れていても、大輔は大丈夫だって」


「意外なロマンチストだね」


 そうなのよ、と美弥は眉をひそめた。


 大輔とは離れていても、大丈夫。


 大輔は、私が本当は大輔を好きなことを知っているから孤独ではないと、あの人は言っている――。


「だいたい、私一人に二人分面倒見させようとすんなって言うのよ」


「僕みたいな厄介なのも抱えてるしね」

 貴方はいいのよ、と美弥は浩太の背を叩く。


「貴方と私は、女ともだちなんだから」


「それもどうかと思うけど……」

と浩太は苦笑していた。


「ま、何かあったら、おねえさんにおっしゃい」


 そう言ってやると、

「おねえさんってね。

 君、僕より下なはずなんだけどね」

と言う。


 そう言えば、浩太の方が誕生日早かったか、と思ったとき、ドアが開いた。


 帰ってきた大輔に、お帰り~と言ったが、彼は返事もせず、側まで来ると、浩太を引き剥がす。


「なんだよ、大輔っ。

 も~、僕ら女ともだちなんだから、いいじゃないっ」


 さっきは文句言ったくせに、人の台詞を奪って、浩太は、そう言い返す。


「こんな図体のでかい女が居るか」


 はい、出た出た、と大輔は首根っこを掴み、本当に浩太を廊下に放り出した。


「あっ、冷たいっ。

 八つ当たりだよ、八つ当たり~っ!」

という声が閉ざされたドアの向こうからも聞こえた。


「お帰り大輔」


 笑いを噛み殺し、そう言うと、

「ただいま」

と彼は、ただ、ぶっきらぼうにそう答えた。



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