蒼天の弓 ― 真相―


 

「あら、まだ居たの」


 地下室のドアを開けると、あっちとこっちに、ぼうっと人間がしゃがんでいて、美弥は一瞬、噂の落ち武者の霊かと思った。


「居たのはないでしょー?」

と椅子の上で膝を抱えた叶一が言う。


 ドア近くにしゃがんでいる圭吾が、


「しゃべるんなら出るなと言ったのは、貴方ですよ」

と美弥を見上げて文句を垂れた。


 なんだかどっちも鬱陶しいわ……。


 人間暗いところに閉じこもると、急に自己反省始めちゃったりするからなあ、

と自分で閉じ込めておいて、美弥は顔をしかめる。


「にしても、ケムイなあ……。

 換気扇くらい回しなさいよ」

と顔の前を手で仰ぎながら、スイッチを入れにいった。


「圭吾」

「はい、なんですか?」


 大股に歩きながら、彼の前を通り、呼びかけると、中央の机に手をかけたまま、まだ半死に状態の圭吾が返事をする。


「悪いけど、私のことも弁護して」

「は?」


「今、久世隆利殺しに行ったら失敗しちゃった」


「すみません。

 もう一度言ってください。


 長い間無音の中に居たので、耳の調子が」


 圭吾はテーブルに手をつき、よろめくように立ち上がる。


「そうね。

 もう一回言いましょうか」


 本来の身長を取り戻して巨大化した圭吾を、腕を組んで美弥は見上げた。


「久世隆利を殺すのに失敗したから、弁護して」


「……美弥さん。

 いやさ、美弥様」


 急に畏まるので、何を言うかと思ったら――


「そんなことしたって、大輔さんと同じ刑務所には入れませんよ?

 女子は別です」

 などと言う。


 まったく冷静なんだか、冷静じゃないんだか……。


「違うわ。

 あの人が生き返らなかったら、目撃者は居なくなるわけじゃない。


 何もかもうやむやになったりしないかなと思って。


 まあ、成功するとも思ってなかったんだけどね。

 何かやらないとこう、落ち着かないっていうか」

と、こめかみに人差し指を当てて呟く美弥に、


「そんなことされたら、こっちが落ち着きませんっ」

と圭吾は怒鳴ってくる。


「く、久世グループはどうなるんです、この先。

 貴方も大輔さんも失って――」


「あら、一人お忘れよ」


 そう言いながら、美弥は叶一の口から煙草を取り上げる。


「吸わないでって言ったじゃない」


「だって、しばらく吸えないかもと思うと無性に吸いたくなっちゃってさ」

 普段吸わないくせに、と言いながら、美弥は、それを揉み消す。


「自首すんの?

 久世隆利は見知らぬ目出し帽を被った男が刺したって言ってるそうよ」


「なに、その陳腐な設定」

と叶一は顔をしかめる。


「あの人、意外にテレビの見過ぎなんじゃない?」


「ちょ、ちょっと待ってください」

と圭吾が二人の会話に割って入った。


「刺したの大輔さんなんじゃないんですか?」


「いやいや、Jr.

 それなら、なんで僕がすべての真相知ってんのさ」


「またJr.に逆戻りですね……」

 何があったか知らないが、圭吾はそう呟く。


「だってさ、君は立派に僕らの弁護果たしてくれないと。

 いつかの安達弁護士みたいにさ。


 そういえば、初、刑事事件だね。

 嬉しい?」


 嬉しいわけないでしょう、と圭吾はこの上なく、情けなげな顔をした。




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