301話 裏切りの招待

 かくして二人、緊張感走る現状には実に似合わない3×4マスのファンシーな盤面を挟んで、ぱちぱちと駒を並べていく。

 そんな彼らに挟まれるようにして、チーフサモナーが油断ならない表情を向けていた。


「ちなみにきみ、将棋は強いのか?」

「本職ほどじゃないっすけど、まあまあっすね。――ってかそれくらい、知ってるはずじゃないですか」

「………………」


 眉間の皺が深くなる。

 狂太郎はいまだに、目の前の彼が松原兵子だという確信を持てていないのだ。

 なんだか、変な感じがしている。

 口調は確かに、兵子のような雰囲気はある。

 だが、何かがおかしい。どこか、。そんな気がしていた。


「それで? 結局、どうして失踪していた? どうしてそれを、誰にも報告しなかった」

「それなんすけど、……俺ずっと、考えてたことがあるんすよ」

「考えていたこと?」

「ええ。――ぶっちゃけこの仕事、ずっと続けて、それでいーのかなって」

「どういうことだ」

「結論からいうと、……うーん。あんま怒らないでくださいね? ”救世主”の仕事に、限界を感じてたっつーか」

「は?」


 狂太郎の眉が上がる。


「限界って。具体的に、どういうことだ」

「このまま、言われたとおりのルーチンワークで、言われたとおりに仕事して。――そりゃ、いまの待遇に不満はないっすけどね。もっと人生、意義のあることに使えないかなって」

「意義って」


 言葉を失って、少したじろぐ。

 なるほど、人生に意義を求めるとは、実に若者らしい発想だ、と言えなくもない。


「十分、意義のあることじゃないか。ぼくたちは日々、それこそ星の数ほどの人命を救ってるんだぜ」

「でもそれ、誰からも感謝されてないっすよね」

「なに」


 狂太郎の肌が、一気に粟立つ。

 おおよそ、その瞬間であったと言って良い。

 彼が言わんとしている話の結末を、予測することができたのは。


「言ってはなんだが。本当に意義のある仕事というのは、感謝の数で推し量れるものじゃないぞ」

「それはそうかも知れませんけど、俺は厭なんです。もっともっと、個人的な見返りが欲しい」

「個人的?」

「とある方がくださる見返りです」

「誰だ。――恋人かい?」

「そんな。そのお方に比べれば、その辺にいる雌一匹の愛情なんて、カスみたいなもんっすよ」

「誰だ、そいつは」

「それは、」


 男は一瞬、口を滑らせかけたが、


「まあ、どうでもいいじゃなっすか。問題の本質じゃないっす。大切なのは……俺たちみたいな、力を持つ者、知恵を持つ人間は、――もっともっと、やるべきことがあるんじゃないかって」


 すでに盤上は、素人目でもそうとわかるほど、混沌としていた。

 こちらの戦法は、速攻。だがカウンターを受け、すでにきりんさんとひよこさんコマを奪われてしまっていた。だがその代わりに、敵のぞうさんコマを奪うことに成功している。お互い、敵将を奪うには至っていない。


「やるべきこと、というのは?」


 すると男は遠い目をして……なんだか、持って回ったような言い回しをした。


「俺、気づいたんですよ。この世には、存在してもいい世界と、そうでない世界があるんじゃないかな、って」


 胃の辺りが、ぎゅっと握りしめられたような感じがする。


「あんただって、色んな世界を旅して、――気づいているでしょ?

 ”造物主”さまは、多種多様な世界をお造りになられた。

 ……けども、その世界には、

 いくつかの世界には、とんでもない欺瞞に満ち満ちている、と」

「それは、――そうかもな」

「いま我々がいる、『ソウル・サモナーズ』の世界だってそうです。この世界の連中が幸福でいられるのは、奴隷制を採用しているからに過ぎない。そうでしょ」

「…………………」


 それはまあ、そうだ。

 この世界の豊かさは、労働をモンスターに肩代わりさせることによって成り立っている。


「それだけじゃない。ここの連中は、モンスターを玩具みたいに扱っている。――俺のいた世界じゃ、”闘犬”っていう、法律で禁止された野蛮な遊びがあります。ここのやつらは、これほど文明を発展させてなお、”闘犬”を続けていられるような倫理観の連中なんだ。はっきり言って、滅びた方が良い」

「おい。口が過ぎるぞ」


 思わず、狂太郎はそう言っていた。

 いまのこの話はもちろん、チーフサモナーと狂太郎の仲間たち全員が聞いている。


「滅びるべき世界など、この世に存在して良いはずがない」


 思わず、語気が強くなった。


「きれい事はやめましょーよ!」


 だが、さらに強く、目の前の男は金切り声を上げる。

 お陰で一瞬、娯楽室がしんと静まりかえった。


「いいっすか、狂太郎さん。現実問題としてね、俺たちがこうしてるいまも、世界は増え続けている訳です。”造物主”はね、ロボットと一緒だ。なんすよ。”創る”ことを止められない。……でもね、この世の中に、無限のものなんてない。いずれ材料が尽きるときが来る。そうならないためにも、――誰かが材料を用意する必要がある。そうでしょ」


 少し、驚く。

 ヨシワラにいたとき、彼がそういう思想を匂わせたことなど、一度もなかった。

 兵子が、突然そういう考えを抱くに至った理由がわからない。


「まさか、きみ、”メガミ”に会ったのか?」

「はい」

「おいおい。――ってことは、さっき言ってた、”とある方”って……」

「そう。”メガミ”の感謝だ」


 思わず、頭を抱える。


――訳がわからなくなってきた。


 彼の話が事実なら。

 ……つまり。

 ……狂太郎が追ってきた”異世界転移者”の正体は……。


 松原兵子、その人になってしまうのだが。


 率直に、こう思う。


――嘘だ。信じたくない。何らかの誤解が生じている。


 だが目の前にいる、兵子の名を名乗る男は、真摯な眼差しを向けていた。

 彼が、のこのことこの場にやってきた理由は、ただ一つ。


「まさかとは思うが、きみは、ぼくを勧誘しに来たのかい」

「そうです」

「馬鹿なことを。ぼくが仲間を裏切ると思うのか」

「裏切れ、とは言ってませんよ。機を見て仲間を説得して……”救世主”としての仕事を辞めさせればいいんです。無駄なことは、これ以上続けるべきではない、と」


 狂太郎は頭を抱えた。同時に、ひどく慎重になっている。

 人生の先輩として、なんとか彼を説得しなければ。

 そんな、強い想いがあった。


「なあ、きみ。……大量虐殺とか、……間引きとか。そういったことが許される日なんて、永遠に来ないんだぜ。わかっているのか」

「この際、きれい事は止めましょうや。許されるかどうかって話じゃない。誰かがそれをやらなくちゃいけないって話だ。そうでしょ」


 彼の言葉はどこか、――理屈で逃げ道を塞いでいくかのようだ。

 気がつけばゲーム上の盤面も、こちらの不利に傾いている。敵の強固な防衛陣に、狂太郎の攻めはことごとく打ち砕かれてしまっていた。

 詰み、である。


「……地獄の生き方だぞ、それ。人に憎まれる生き方だ」

「別に良いじゃないっすか。他人にどう思われたって」

「それは違う」


 唸るように、言う。


 自分も、かつてはそう思っていた。

 オタクと呼ばれる生き方の多くは、内面の掘り下げに特化する。

 だが結局、そうしたところで、――自分のような凡人には、何もなかった。

 結局のところ、より良き生き方へのモチベーションは、群れの中でしか発生しない。誰もが孤高の人にはなれない。


「若者が、自惚れで口にする言葉だ、それは」


 狂太郎はいったんそこで、《すばやさ》を起動。

 次の言葉をたっぷり選んで、


「他者を拒絶した超人など、――悪夢でしかないぞ、兵子」


 口に、出す。

 同時に、目の前の男を、松原兵子だと認めてしまった気がして、渋い気持ちになった。


「本当の本当に、きみは”転移者”側に立つというのか」

「はい」

「異世界の多くは……きみの、……いや、の大好きな、様々なゲームを元にした世界なんだぜ。それを、自らの手で破壊して回るというのか」

と命ぜられれば。俺はきっと、そうするでしょう」


 愕然とする。

 かつて、ヨシワラの街で一晩中ボードゲームで遊んだ彼と同一人物とは思えない。


 かくも、”メガミ”の影響力は根強いものか。


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