300話 娯楽室の罠

 その後、チーフサモナーとの情報共有ののち、とある作戦が決行されることとなる。


 ゴレムンを殺害した犯人にして、――恐らくは、この世界に起こっている全ての問題の元凶。

 ”異世界転移者”を、罠にかけるのだ。


「もう一度確認しておきたい。その”転移者”とやらは必ず今夜、娯楽室に現れるのかい?」


 と、チーフサモナー。


「わからん。現れるのはぜんぜん関係のない人間の可能性も、十分にある」


 狂太郎とて、インターネットの危うさは知っている。

 連絡を寄越したのが、性格の悪い第三者の可能性は大いにあった。


 とはいえ、10%でも”転移者”を捕まえられる可能性があるなら、賭けに出てみるべきだ。――それが、ジムに所属しているサモナー全員を含めた、統一見解となる。


「まず、ぼくとチーフが敵と接触し、”転移者”だと確信したら合図を送る。

 その後、もしモンスターを呼び出して暴れるようなら、これをイー・シティのサモナーと協力して撃退する。それでいいかい?」


 その提案に、一も二もなく、チーフは頷く。


――こんなにもあっさり、どこの馬の骨とも知れぬ野郎に全権を託すかね。


 話が早くて助かるが、少し心配になる。

 シィ・シティのチーフの紹介状が効いているのか、……そもそも、この手の凶悪犯罪に慣れていないのか。どうもこの青年、人を信じすぎるきらいがあるらしい。

 いずれにせよこの世界の治安システムには、根本的な問題がある気がする。


「了解。……イー・シティのサモナー一同、全面的に救世主ヒーローの指示に従おう」


 とはいえ、彼の協力を取り付けられたのは幸運だった。

 お陰で宿泊施設そのものに注意を呼びかけることができたし……そもそも、単純な戦力としてチーフは心強い。この世界のモンスターは、人間の攻撃が通じない。”転移者”との戦いでも、しっかり役に立ってくれることだろう。


――犠牲者はなるべく少なめで終わりたい。


 今度の敵は……”悪魔島”に住んでいた無辜の民を何千人と殺した、凶悪なやつだ。何をしでかすかわからない。


 かくして狂太郎たちは人知れず、イー・シティ宿泊施設の一室に陣取って、”転移者”との戦いに備えることになる。


「狂太郎さん。あなた、本当にいいのかい? 凶悪犯相手に、囮のような真似をさせてしまうことになるが」


 すでにこの世界の人々も、”ゾンビ”毒が簡単に広がるものだということを知っている。

 毒針のようなもので刺されればすぐさま感染するし、そうでなくても武器として利用する方法は山ほどあった。


「構わない。彼を捕まえるために、はるばる遠方から来たんだ。命の一つ二つ、いくらでも張るさ」


 用意しておいた言い訳を言って、気軽に笑う。

 対話は、可能な限り《すばやさ》を起動しながら行う。万が一にも、ドジを踏むことがないように。


 やがて万全に準備を整えた狂太郎たちは、ワトスンに命じて一言、


『いま、ちょうどイー・シティにいる。娯楽室で会おう』


 とだけ連絡してアポイントを取り、返答を待つ。

 返信はすぐにきて、


『では今夜、九時に』


 そういうことになった。



 時を進めて、約束の時間。

 狂太郎はいま、娯楽室奥に陣取っている。

 テーブルにはいま、『どうぶつしょうぎ』や『Clank!』、『アグリコラ』や『ワードバスケット』など、かつて兵子がここに立ち寄った時、置いていったものであろうボードゲームが並んでいる。


――我々はここにいる。


 と。

 それがはっきりと、わかるように。


 隣には一応、チーフサモナーが付いていて、二人でゲームで遊んでいる体を装っていた。

 彼のでっぷりとした腹回りは、先ほど見た時よりもさらに一回り大きい。これは別に、夜までの間に急激に太ったとかそういう訳ではなく、”ケツァルコアトル”と呼ばれる、蛇に鳥の羽根を生やしてフカフカにしたようなデザインのモンスターが潜んでいるためだ。

 万一、敵が強硬手段に出たときは、この”ケツァルコアトル”が飛び出す予定である。


 二人、丸テーブルに寄り添うように座りながら、適当なゲームで遊ぶ。


「ええと、王手……で、いいのかな?」

「いや、それは悪手だな。そっちにライオンコマを動かすと、ひよこコマの餌食だからね」

「っあ。そっか! やられたなあ……」


 当然、お互いゲームには集中できない。

 約束の時間が近づくにつれて、娯楽室の扉が開け閉めするたびに意識がそちらに向かうためだ。


「なあ、救世主ヒーロー

「ん?」


 すでに狂太郎は、チーフサモナーと気さくに話せる仲になっている。

 それもこれも、狂太郎のこれまでの活躍が、彼の耳に入っていたためだろう。


「敵は、――どういう手で来ると思う?」

「わからん」


 もちろん場合によっては、強引な手を使ってくる可能性もあるだろう。

 ただ今回の敵は、簡単に終わらせるつもりはない気がしていた。さもなければ”ランチャー団”のようなならず者連中に、こう命じていたはずだ。


 殺せ、と。


「なーんか、厭な予感がするんだよねえ。なんなら、この建物に爆弾を仕掛けてきたりして」

「一応、その可能性は低いと思っている」


 堂々として言うと、二十歳の若きサモナーは「そっかあ」と、素直に頷いた。


「でも……ウイルスをばらまくようなテロリストなんて、――歴史上初のことだよ。とんでもないことだ。いったい、何が不満で、そのような真似をするんだろう……? きっと映画の中の悪役みたいに、ものすごい形相のやつなんだろーな」


 話を聞きながら、狂太郎は思わず苦笑している。


――優しい世界なんだな。ここは。


 そんな風に屈託なく、人間の悪意に驚いていられるくらいなんだから。

 ぱちん、と盤上に将棋の駒を打つ。


 と、その時だった。

 きい、と音を立てて、娯楽室の扉が開く。現れたのは、この世界の基準においてもごくごく普通の青年で、歳は30代前半くらいだろうか。

 少し痩せぎすで、疲れた顔をしていて、――ちょっぴり額が禿げ上がっていることを除けば、ごくごく普通の男である。服装は、きっちりとしたスーツ。首元には、拘りを感じるネクタイを丁寧に巻かれている。


「……さすがに、あれはないっしょ」


 チーフが、ぼそりと呟いた。

 だが、狂太郎は神妙な顔を崩さない。


 ”普通の男オーディナリー・マン”。


 その風貌は、今日得たばかりの情報と一致する。

 実際、彼はちょっぴり、娯楽室をキョロキョロして、こちらに気づくやいなや、


「いやー! どもども。お疲れっす」


 と、小走りに寄ってくる。

 狂太郎たちは思わず立ちあがって、


「――あんたが?」

「あ、はい。そうですそうです。SNSで連絡した者です。――いやあ、それにしても、運が良かったですねえ! まさか、たまたま同じ街にいたなんて!」


 そして彼は、うやうやしく会釈。いかにも茶番、という印象だ。

 当然、狂太郎は第一声、このように訊ねた。


「あんた、何者だ? ぼくが探していたのは、――松原兵子という名の少年のつもりだったんだが。あんたどうみても、兵子じゃないだろう?」


 するとどうだろう。

 どう見ても松原兵子には見えないその男は歯を見せて、「あははははははは」と笑った。


「やっぱり、そう見えます? そりゃそーっすよね。だって俺いま、別人に化けてますもん」

「化けている?」

「ええ。――狂太郎さんは、《ばけねこのつえ》をご存じっすか?」


 《ばけねこのつえ》。

 その名前はこれまで、二つの世界で耳にしている。どんな姿にでも変身できるマジック・アイテムだ。


「まさか、アレを使って……」

「そーいうことっす。――どうもこの世界、きな臭くってね。だから俺、あっちこっちで姿を変えて過ごしてるんです」

「ほう」


 狂太郎は一瞬、チーフに目配せする。――まだわからない。何もするな、と。


「だったらなんで、”金の盾本社”に連絡しない? みんな心配していたぞ」

「あー。――それなんですけど」


 そこで兵子は、ちょっぴり渋い顔をして、


「……話、長くなるんです。ゲームでもしながら、話しませんか。そっちの方がうまくしゃべれるんです。自分の場合」


 と、彼らしい提案をする。

 狂太郎が無言でいると、彼はにっこり笑って、


「おや。ちょーど『どうぶつしょうぎ』があるじゃないですか。これなら、説明書を読まなくたって遊べる。これ、やりましょ」


 そう、人懐っこく言われると、否応がない。

 やむを得ず狂太郎は、彼の申し出を受け入れることにした。

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