203話 まともな仕事
「いやー、働いた働いた」
アイテムをたらふく抱えての帰還。先ほど借りた、宿の部屋へ向かう。
宿は煉瓦造りの一階建てで、何故か客室が一つしかなかった。たぶん制作者が各部屋作るのを面倒がったせいだろう。
狂太郎が望んだ展開ではないが、今夜は五人、同室で寝ることになっている。
「これくらいあれば、着替えを用意してやることもできるな」
女四人の喜ぶ顔が、目に浮かぶようだ。気分は狩猟採集民である。
――四人もいるんだし、一人くらいもろても……バレへんか?
というスケベ心がこの男の内心に潜んでいたかどうかは、定かではない。
ただ、その頃には狂太郎なりに、身寄りのない彼女たちを護らねば、という気持ちは生まれていた。
案外、”救世主”を引退した後は、こういう小さな幸せを見つけて暮らしていくのも、悪くないかも知れない。
そんな狂太郎を出迎えたのは、
「私たち四人、全員一緒に面倒を見てくれる方が見つかりました!」
という”けむんちゅ”の言葉であった。
「え」
目を瞬かせて、それぞれの顔を見て。
「もう? もう仕事が見つかったのかい?」
「はい。とても面倒見のいい方で。今晩からさっそく、そちらで働かせていただけるそうです」
「今夜から? ――具体的に、どういう仕事なんだい」
「主に、食事の用意をする仕事だ」
「ほう。食事」
ウェイトレス、ということか。
その後は”あいうぇふぁ”、”おわらめ”、”ぱあうあ”が順番に口を開いていく。
「食事と言っても、運ぶのはお酒や煙草、珈琲なんかが主で、――」
「ふむふむ」
「あとは、男の方とおしゃべりしたり」
「……男?」
「それと、みんなの前で唄ったり、ダンスを踊ったりするんですって」
「おや?」
自分の知っているウェイトレスと、ちょっと条件が違っている気がする。
「夜が主な仕事のようですが、綺麗なお化粧に、ドレスを着せていただけるようですし」
「……………ううむ」
「それに、稼ぎによってはお店の前に写真が飾られるんだとか」
「それって……」
「場合によっては、お客様のおごりでお酒を飲む必要もあるようで。より高いお酒を奢っていただくことが、良い仕事をするコツなんだそうな」
「ああ、オーケーわかった。……キャバクラか」
思わず、苦い顔を作る。
決して職業差別をするわけではない。だが、面倒を見ると決めた女を、揃って夜の店で働かせるというのは……どうなんだろうか。無責任野郎、ということにならないだろうか。
「参ったな。こういう展開か……」
少し考えて、……やはり、しっかりとした仕事を見つけるまでは放っておけない、と思う。
狂太郎は、あどけない顔つきの四人を前に、
「すまんが、きみたちをその……”親切な人”の元に行かせるわけにはいかん」
「えっ?」「なぜ」「どうして」「裏切りか?」
「きみたちは知らないだろうが、ぼくはその、”親切な人”の魂胆がわかるんだ。たぶんきみら、ろくなことにならないぜ」
それに反論したのは、四人の姫君の代表格になりつつある、”けむんちゅ”である。
「失礼ですね。私たちこう見えて、人を見る目はあるんだぞ」
「……せめて、もうちょっと口調が一定なら、説得力があったんだが」
狂太郎、深く嘆息して、
「やむを得ん。先方にはぼくが話しておくから、その人のところへ案内して……」
と、その時である。
借りている部屋の扉が、こんこん、とノックされ、「どうぞ」と言う前に開かれた。
「おつかれ~。狂太郎……くん?」
そんな台詞とともに現れた娘の顔には、なんと見覚えがある。
紅い髪に、二本の可愛らしい角。水着のような格好の臀部からは、黒いトカゲの尻尾がにょっきりと生えている。
ヨシワラで出会ったサラマンダー娘。沙羅だ。
「ヤマトさんが『友だちになった』って言ってたし。一緒にボードゲームで遊んだ仲だし。……私も、くん付けでいい、です、よね?」
「ああ、かまわない。……それにもう、客と店員の関係じゃないんだし、敬語も使わなくていいよ」
「うふふ。ありがと」
話していると、自然に口元が綻ぶ。
狂人の国で、唯一正気の人間と巡り会ったような気分だった。
「ところで、きみ、なんでここにいる?」
「狂太郎くんと一緒だよ。《無》を取りに来たの」
「そうだったのか」
ってことは――つまり。
狂太郎より先にこの世界に来ていた”異世界人”というのは、彼女だったということか。
考えてみればあの情報、狂太郎にしか売らないとは、一言も言ってなかった。
――こりゃあ、……ローシュに足元見られたかな。
「でも一応、私をここにやったのはローシュさんなりの気遣いだったんだよ。……きっと、四人のお姫さまの処遇で困ってるだろうから、ってさ」
話によると、ローシュは”スタート・チテン”一帯に、この世界の住人が寄りつかない結界を張っていたのだという。
故に、あの場所に入り込む可能性があるのは、……もう、《ゲート・キー》を使う”救世主”以外にはいないのだ。
「それなら一言、言ってくれれば良かったのに」
「わかってないなー。余計なことを言ったらきっと、安く買いたたかれていたでしょお?」
安く買うどころか、そもそもこんなところ、来なかった可能性まである。
狂太郎の脳裏に、ローシュの酷薄な笑い声が聞こえた気がした。
「……まあ、いい。過ぎた話だ。それより、きみか? この四人に、地元の職を紹介したのは」
「うん」
少女は、悪びれなく頷く。
「異世界人のキャストは人気だからね。話した感じ、四人とも賢そうだし、――音楽も得意みたい。口調がちょっぴりヘンテコなのは……まあ、そーいうキャラってことで! きっと四人とも、立派にやっていけるよ」
「ウウム……」
そう言われると、返答に困ってしまうが。
「何より、本人たちもやる気みたいだし!」
「業務内容は、ちゃんと四人に伝えたのか?」
「もちろんですとも! 一から十まで、包み隠さず、ね」
「そうかね」
言いながら、いつしか狂太郎は、気難しい父親のような立場で、唇をへの字にする。
「率直に聞くが、――その仕事、男とは寝るのか?」
「彼女たちが望めばね」
「そうか……」
彼女の言葉を、狂太郎は誤解しなかった。
ヨシワラの仕事は伊達じゃない。やがてそういう日は訪れるだろう。
とはいえ、この世界に居続けることが、彼女たちにとってどういう意味を持つか。
貞操を保ち続けることが、人間の幸せの全てではない。
悩む狂太郎に、少女たちが次々と声をかけた。
「ねーえ、狂太郎さん? おねがい」と、”あいうぇふぁ”。
「父には捨てられた。街の人々は、私たちを人間だと思っていない。この世界での暮らしがどれほど辛いか、あんたにはわかってるはずだ」と、”おわらめ”。
「沙羅さんの話を聞いて、……少しの間、向こうの世界にもお邪魔したの。この世界と違ってたくさん人がいて、なにもかもごちゃごちゃしていたけど……すぐに好きになったわ」と、”ぱあうあ”。
「なんていうかな。あの世界は決して、理想郷じゃあない。辛いこともたくさんあると思います。だけど……これだけははっきりと言えることがありますの」と、”けむんちゅ”。
そして、四人は声を揃えて、
「なによりその世界、とってもまともなんです!」
突如として身動きできなくなることもなく。
無限湧きする山賊に、行く道を塞がれることもなく。
”崩壊病”もなく、理不尽なオブジェクトもなく、あるべき場所にあるべきものが存在し、……そして何よりこれ以上、悲惨な目に遭っている自分の分身を、これ以上目の当たりにすることもない。
確かに、この狂った世界に比べれば、他の世界はずいぶんと暮らしやすく見えることだろう。
「でももし、――恩人であるあなたが『ダメだ』というなら」
「……私たち、あなたに従います」
「私たちの命は、あなたに預けていますから」
「あなたが望むことなら、なんだってするよ」
なんて。
そんな殊勝なことを言われてしまっては、――答えは一つしかなかった。
狂太郎はウムムと腕を組み、やがて、こう答える。
「わかった。……でも、ときどき、様子を見に行くからな。……《ゲート・キー》なら、ぼくも持ってる。辛いことがあったら、いつでも故郷に戻れるように」
そういうことに、なった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます