190話 殺戮すべき多くの世界

 屋敷に戻ると、足の不自由なアザミが、健常者よりも機敏に声をかけてきた。


「ええと、――そちらのムキムキさん、どなたでして?」

「連れだ。金剛丸ヤマトという」

「なるほど。……よろしく、ヤマトさん」


 そして狂太郎、相方に向き直り、


「ヤマト。こちら、この世界の協力者で、名をアザミという」


 すると、唇をへの字にしたヤマトが「うむ」と頷く。

 それだけで、二人の自己紹介は完了した。

 のんびりおしゃべりしている時間がない、というのもあるが。


「リリーはいま、どうしてる?」

「連絡したとおりです。仕掛け付きの服は、火にかけておきました。いまは新品の服に着替えさせています」

「犠牲は、出なかったな?」

「ええ。――でも彼女ったら、小さい身体に隠し武器だらけでした」

「そうか」


 狂太郎、ヤマト、アザミは連れ立って、ぞろぞろと軋む廊下を歩き、――リリーの個室を開く。

 逃げる準備をした時、かなり慌てたのだろう。室内は、服や錬金素材が、あちこちに散乱していた。

 三人は、ベッドの上でぐるぐるに縛られて、イモムシのようになっているリリーを見下ろし、


「……この娘、なんなんです?」


 まず、アザミが口を開いた。

 それに答えたのは、ヤマト。


「世界の敵だ」

「はあ。敵」


 まるでピンときていない表情である。

 この世界のこの時代、――個人が得られる情報量は、極めて少ない。

 ”世界”と言われても自分の身の回りのことを想像するのが精一杯で、あまりピンとこないのだろう。


「具体的に彼女、何をしようとしたのです?」

「”ゾンビ”毒をばらまいて、倍々ゲームで人類を滅ぼそうとした」

「ほほう。それはなかなか、とんでもない」

「まあ、……ただ、”ゾンビ”毒をばらまいたところで、そのまま世界が終わっていたかどうかは怪しいところだが」


 え、そうなの? と思ったのは、狂太郎である。

 その様子を見て、ヤマトは深く頷いた。


「うむ。ここら辺で最も栄えている”都”ですら、人口たかだか、一万人かそこらだろ。そいつら全員を”ゾンビ”にしたところで、大した問題にはならんのだ」


 「大した問題にならないって……」と、アザミは驚愕していたようだが、あくまでこれは”救世主”目線での話である。


「”ゾンビ”毒を持ち込んだ世界の終焉は、メガミの使徒がよく使う手口でな。……だがこの毒は、ある程度の世界の人口密度によっては、ほとんど役に立たない傾向にある」

「ぼくの故郷の映画じゃ、結構気軽に世界滅ぼしてるけどな。”ゾンビ”」

「あんたの知ってる映画の”ゾンビ”より、奴らの生み出す”ゾンビ”はそれほど強くないってことだろ」


 狂太郎とて、実際に”ゾンビ”と戦っている。

 確かに、剣と魔法の使い手に溢れた異世界において、素手でよろよろ歩み寄る死体など、大した脅威ではないかもしれない。


「となると、――リリーは何故、”ゾンビ”毒をばらまいたりしたのだろう」

「わからん。……ただ、”ゾンビ”毒を使った終焉シナリオを実行しようとしていたのは確かだ。弱った人類を、ロボットでじっくり滅ぼしていくつもりだったか……。まあ、本人に聞くのが一番はやいが」

「ほーら。顔面粉砕しなくて良かったろ」

「いや。多少謎が残ろうが、さっさと殺してしまうべきだった」


 どうもその点に関しては、狂太郎とヤマトは意見が合わない。


「不快な思いをした後に殺すか、不快な思いをする前に殺すか。その違いに過ぎないんだよ。結局な」


 この男、メガミの使徒と何か、因縁があるらしい。

 普段、快活で竹を割ったような性格の彼が、リリーを相手にする時はずいぶんと辛辣だ。


「ころさないほうが、ケンメイね」


 と。

 そこで一行、視線を目の前に移す。

 リリーは、その場に居る誰とも目を合わさず、ぼんやりと宙空を眺めている。


「わたしをころせば、必ずナカマがフクシュウしにくるわ」


 舌足らずな口調に、知性を感じさせる眼差し。

 そこに相反するものを見いだしながら、狂太郎は嘆息した。


「世界を滅ぼすような連中が、仲間を助けにくるものかね」

「ばかね。たすけにくるの。心のどこかに、うしろめたいことがあるから。だからトクベツ、ナカマを大切にするのよ。――あなたのいた世界でも、そうだったんじゃない? ならず者ほど、そういう心理のけいこうがある」


 狂太郎とアザミは、少し驚いている。

 リリーがこのように理路整然と話したのは、その時が初めてだったためだ。


「きみはきっと、騙されてるんだよ。どんな時代、どんな世界においても、――大量殺戮ホロコーストが肯定される日など、永遠に来ない」

「いいえ。それはときと、ばあいによる」

「……どういうことだ?」

「この世界のれんちゅうは、生きているイミのない人たちなの。ずーっとずーっと、おなじところをぐるぐるぐるぐる……そういうことを、くりかえしてるのよ」

「進化していないってことかい」

「そう」


 少女は、重々しく言う。

 ミノムシみたいな格好で語られるその台詞は、ちょっぴり間抜けに聞こえているが。


「……あなただって、しってるでしょ? ここじゃしばらく、大きな戦争ひとつ、おこってない。ちいさな足の引っぱりあいがあるだけ。――はっきりいってみんな、のよ」

「そうか? この前倒したオークとか、冒険者の彼らとかは、そこそこ悪党に思えたんだがな」

「あいつらは、バカなだけ。じぶんのエサばをうばわれて、かみついてきただけ。そういうレベルのはなしじゃないの」


 そして、リリーは大きく息を吸って、


「ゴウマンも、

 ゴウヨクも、

 シットも、

 フンヌも、

 イントウも、

 ドンショクも、

 タイダも。

 ぜんぶけっして、ツミなんかじゃない。

 前にすすむためにヒツヨウな心のうごき、なのよ」


 それは、――確かにそうだ。

 負の感情は、時に自分と他者を傷つけるが、そのエネルギーが肯定的に働くこともある。


「ヒトが、大きな戦争をしない世界というのは、いちばんシマツにおけない。ムイミにながくつづくくせに、つまらない、なんのカチもない、コンジョウなしのヒトしか生み出さないから。……そんな世界、ソンザイする価値、ある?」

「つまらない人間であることが、滅ぼされるに足る理由になるかねえ」


 圧倒的に”つまらない人間”側を自負している狂太郎は、苦々しげに反駁する。


「わからないかな。これはつまり、この世界をしはいしている、ルール。『ルールブック』にかかれた内容が、コンポンテキにまちがってるってことなの」

「…………ふむ」


 彼女が、ここまで言う理由を、狂太郎はよく知っている。

 この世界に大きな戦争が起こらない理由も、なんとなく想像できていた。


 この世界の元になった『アザミの工房』はいわゆる、ターン制シミュレーションゲーム、と呼ばれるジャンルに属している。

 この手のゲームの戦闘シーンは、大きく分けて、

 戦略級:1ターン=一ヶ月~一年ほど。プレイヤーは”国の代表”。

 作戦級:1ターン=半日~一週間ほど。プレイヤーは”軍司令官”。

 戦術級:1ターン=数秒~一時間ほど。プレイヤーは”部隊長”。

 という三種類に大別される。

 本作ではその、”戦術級”クラスの戦闘しか行うことができない。


 故にこの世界では、小競り合いこそ起こるものの、大きな殺し合いが発生しないのであろう。


 これも一つの、”異世界バグ”。

 世界の造り主のだ。


「もはや私たち普通人モータルに、ルールのかきかえはできない。ムゲンのワを走りつづけるだけの世界は、ハカイしてしまった方がいいのよ」

「なんでだ?」

「わたしたちの住むこの宇宙のリソースは、かぎられているから」


 少女の弁舌は、相手を射るようだった。

 まるで、反対者をいくら傷つけようが構わない、というような毒があった。


「あなたも”めしあ”の一人なら、きっと気づいているでしょ? 世界はそれぞれ、ちょっとずつ、つながってる。エイキョウしあってるの。……だから、ゴミみたいな世界があんまりにもふえすぎると……よくないことが、おこりかねない」


 狂太郎は、今さらになってヤマトが彼女を殺そうとした理由を悟る。

 たしかに、彼女の言い分は危険だ。

 思わず、耳を傾けてしまう説得力がある。


 狂太郎が、顔をしかめていると、――ヤマトが不意に、こう言った。


「もうそろそろ、いいだろ?」


 と。

 そして、さっきも見た《顔面粉砕拳》の構えを取り。


「ちょ、おま」


 そのまま少女の顔面に、拳を振り下ろした。

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