175話 アザミの日記③

基督皇歴1612年 葉月 1の日

 季節変わって、夏。


 この辺りの四季の移り変わりは、絵本のページをめくるようだと聞いたことがあります。

 それほどに、夏になった朝、――風景が様変わりするのです。

 朝目覚めると、花咲く木々は、緑豊かな葉っぱに衣替えしていて。


「え……いくらなんでも、一晩でこうなること、ある?」


 キョータローさん、すっかり驚いてました。

 彼の故郷じゃ、四季はもっとゆったりと変わっていくものみたい。



基督皇歴1612年 葉月 2の日

 今日は、リリーちゃんのお誕生日。

 といってもここのところ、すっかり忙しくって。

 これじゃあ大したお祝い、できないなーっ、と思ってたら、キョータローさんが気を利かせてくれました。

 樹の実をたっぷり混ぜ込んだクッキーの盛り合わせです。

 アビーと協力して、こっそり準備してくれていたみたい。

 意外といいとこあるじゃありませんか。ないす。


 ってわけで私も遅ればせながら、押し花で飾り付けた栞をプレゼント。

 たくさん本を読む子になって下さいね。



基督皇歴1612年 葉月 3の日

 この日、キョータローさんから一つの提言が。


「そろそろ、隣村の連中とも仲良くなっておくべきじゃないか?」


 ですって。

 そうした方が何かと仕事がやりやすいし、――何より、彼らと仲良くなれば、ときどき魔物討伐に現れる”ギルド”連中に煩わされずに済むって。

 たぶん、”ギルド”に依頼を出してるのって、隣村の人ですからねえ。


 ……でも、……うーんと。

 ちょっと怖いかなー、とは思います。

 だってそうでしょう? みんながみんな、私たちみたいなのを受け入れてくれるとは限らない訳ですから。


 なんて、うだうだ言ってたらキョータローさん、童話の中に出てくるナンデモアリの妖精さんみたいに、”マジック・アイテム”を貸してくださいました。


「《みりょく》という、他者を惹きつけるスキルを持つ”救世主”が居てね」

「これは、そいつの骸から切り取られた、小指だ」

「これさえあれば、どんなコミュ障でもあっという間に人気者になれる」

「わかったらさっさと、イベント消化してくれ」


 とのこと。



基督皇歴1612年 葉月 7の日

 それから一晩、たっぷり悩んで――ようやく、決断しました。

 隣村、行ってみようって。

 おじいちゃんも言ってました。

 『本当に大切なものは、人との繋がりの中にある』って。

 私、”冒険者ギルド”の中でそれを見いだすことはできませんでした。

 でも、ここでならきっと、前とは違う自分になれる。そんな気がするんです。


 って訳で、とことことことこ歩くこと、一時間と三十分くらい。

 行ってきました、隣村。


 まず私が顔を出したのは、村長さんのおうちでした。

 こういう時は何ごとも、責任者に話を通すのが一番手っ取り早い、ですから。

 そして私、はっきりこう言ったんです。


「お願いします! ――”ギルド”の依頼、いますぐ取り消してください!」


 って。

 依頼って言うのはもちろん、”食屍鬼グール”退治の一件。

 たしかに私の仲間たちは、ちょっぴり不気味な見た目をしています。

 でも、本当はみんな、仲間想いのとっても良い子たちなんだから。


 すると村長さん、目をまん丸にして、こう言いました。


「つまり、あれかね。あなたが、――あの者たちを使役している、と?」


 その後は、自分でも驚くくらい、舌が回りました。


 キョータローさんに渡された、御守りのお陰かしら。

 ”マジック・アイテム”の助けがあると思えば、不思議と勇気が湧いてきたのです。


「私は”死霊術師ネクロマンサー”」

「かなり珍しいジョブですけれど、ちょっと前まで、ちゃんとした”冒険者ギルド”の一員だったものです」

「”食屍鬼あの子”たちがこれまで一度でも、誰かを傷つけたりしましたか?」

「私たちは西の森で、ただ静かに暮らしたいだけなんです」

「それで、できれば、――……この村のみなさんとも、仲良く交流したい」

「あ、あと私、錬金術の心得があります!」

「もし何か依頼があったら、”ギルド”よりも格安で請け負いますよ!」


 ってね。

 私の説得が功を奏したのでしょうか。

 村長さんはやがて重々しく頷いて、私に手を差し伸べてくれたのです。


「そんなこととはつゆ知らず。すまないことをしたね」


 って。


 私、心が洗われるような気持ちになりました。

 ぶっちゃけ都会じゃ、”死霊術師”に対する職業差別は珍しくありません。

 ”ギルド”を辞めたのも、ほとんどそれが原因みたいなものですし。


 都の方じゃ、「田舎は身内びいきの人が多くて住みにくい」なんて言われてましたけど、ここの人はそうじゃないみたい。

 それとも全部、キョータローさんが貸してくれた御守りのお陰、かしら。



基督皇歴1612年 葉月 8の日

 結局、我々と隣村は、定期的な物資のやり取りを行うことになりました。。

 私たちが提供するのは、基礎的な錬金術で作れる”マジック・アイテム”と、山で採れるあれやこれや。

 ついでに、はぐれ食屍鬼グールを見かけた時も、優先してこちらに案内してくれるよう、お願いしておきました。


 それもこれも、キョータローさんが勇気をくれたお陰です。


 ……でも、ちょっぴり意地悪だな、って思ったことが、一つ。

 例の、魅力的になれるっていう”マジック・アイテム”を返しに行ったとき、


「あ、それ? もう要らないよ。……だってその中、小枝が入ってるだけだし」


 ですって。

 どうも、例の《みりょく》がどうこう言うのは、方便の一種だったみたい。


 ひどーい!

 私、魔法の力が働いてると思って、色んな人に話しかけちゃいました。

 はしたない女だと思われたら、どうしましょう……。


「自信がある人というものは、魅力的に映るものだ。例えそれが、嘘っぱちの自信でもね」


 なんて。

 慰めになってませんよ。もう。



基督皇歴1612年 葉月 15の日

 前の日記から、一週間。

 最近ではもう、毎日のように村人が出入りしています。

 娯楽のない暮らしを送っている人たちにとって、私たちみたいなの、珍しくてしょうがないのかも。


 ちょっと前から仲良くしていただいているのは、ヘルクくんっていう男の子。

 私より一つ二つ年下なんですけれど、すっごく勇敢で、村の自警団の団長さんを務めてるみたい。剣の腕も、玄人はだしなんですって。


 彼と少しおしゃべりした結果、”冒険者ギルド”に依頼していた仕事を一部、こっちに回していただけるそうです。なんでも最近、”ギルド”の仕事に不満があるらしくって。


 この話、キョータローさんにしたところ、


「え。もうそのイベント起こったの? 思ったより早かったな」


 って、目を丸くしていました。


「たぶん第一印象が良かったんだな。ぼくのお陰だ。ありがたく思いなさい」


 なんて、余計な一言付きで。


 もう! ぜんぜん反省してない、この人!



基督皇歴1612年 葉月 16の日

 本日より、リリー助手と協力して”爆発瓶パウダー・ボトル”と”レッド・ポーション”の量産計画に着手いたします。


 ”レッド・ポーション”っていうのは、治癒薬の一種で、冒険者の間で”あかぽ”と言ったらこれ、っていうくらい定番の”マジック・アイテム”です。

 その正体は、近所で採れた薬草の煮汁に蜂蜜を加え、口当たりをよくしただけのものだったり。


 キョータローさん曰く、我々の村が次の段階に進むには、一定値を超える”人気値”が必須なんですって。

 んでその、”人気値”を上げるには、品質(良)か(最高)のアイテムを多数納品するのが効率がいいらしくって。

 要するに、丁寧な仕事をするのが一番ってこと。


「とにかくきみには、幸福な人間になってもらう。そうすればそのうち、”終末因子”に繋がる情報が得られるだろう。……たぶん」


 だ、そーで。

 まあしょーじき、言ってることの半分くらいは、専門用語っぽくてよくわかりませんが。


 それとあと、


「ヘルクくんは物語的に善人キャラが確定してるから、結婚相手としてはオススメ」


 とのこと。


 ?????


 結局キョータローさんって私のこと、好き? 嫌い?

 解せぬ……。

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