169話 王の帰還

 筆者が把握しているその後の行動は、以下のものである。


三日目 昼:初日に行ったマッサージ店に行く。

    夜:兵子、万葉、沙羅と、ボードゲーム大会を開く。

四日目 昼:マッサージ店に行く。

    夜:ボードゲーム大会(二日目)。

五日目 昼:”ああああ”主催で、もう一度マダミスが行われる。

    夜:マッサージ店へ。「さすがにやりすぎは身体悪くしますよ」と按摩の人に心配される。

六日目 朝:早朝。兵子、沙羅、万葉とお別れ。

      なんでも、仕事に戻る時が来たらしい。

    昼:狂太郎たちもそろそろ、休みを切り上げるべきか、という話に。

    夜:シックスに話を聞いて、新たな仕事はないかの確認。

七日目 朝:シックスから正式に、仕事のオファー。

    昼:一度荷物をまとめるため、帰宅。



「……なるほどな」


 シェアハウス内、リビング兼食堂。

 みんなが持ち寄った、雑多なマンガ・小説、ゲーム類で埋め尽くされた、我が家の食卓にて。


「それで今、愛しの我が家に戻ってきた、と」

「そうだ」


 重々しく頷く友人に私は、冷たい顔を向ける。


「ちなみに、兵子との賭けで得た”異界取得物”は、――これだ。マダミスの中でも登場した、《異世界専用スマホ》」

「ふーん」

「これがあれば万一の場合、仲間に助けを呼ぶこともできる」

「ふーん」

「一応、予備の分もあるんだ。――きみに進呈しよう。これで異世界に居ても、ぼくと連絡がとれるぞ」

「ふーん」

「本当は、《ルールブック》というアイテムにも興味があったのだが、どうもそれ、使用には条件があるらしく……」

「ふーん」

「ええと、……お嬢さん?」

「……ふん」

「どうした? その、気のない返事は」


 そこでようやく、穢らわしいものを見るような目線に、狂太郎が気付く。

 そんな私の手元には、『ジョジョの奇妙な冒険』四部の単行本があった。

 わざとらしく開いているそのページでは、


「『リアリティ』だよ! 『リアリティ』こそが作品に命を吹き込むエネルギーであり『リアリティ』こそがエンターテイメントなのさ』


 という、私の敬愛するキャラクターの名台詞が書かれている。


「……いやね。……お前がどうしてもそうしたいのなら、別に構わないのだが」


 私は、とんとんと人差し指でこめかみを叩いて、


「話を誤魔化すのは、止めてくれないか」

「は?」

「行かなかった、とは言わせないぞ。そーいう見世に」

「そういう見世、とは?」

「……すっとぼけるなよ。えちちなお店ってこと!」

「エチチ……? ボク、ワカラナイ」


 私は眉間に手を当てて、


「ここまでさんざん、フラグを建てまくってきたんだ。……”商品券”はどこにいった? これに風俗レポートが加わらないとなると、これはもう、とんでもない期待外れだということになる」

「……そう言われてもなあ。現実問題、我々が生きる世の中で、ちゃんと伏線が回収されることなんて、そうそうないだろ」


 それはまあ、そうだ。

 だが、私が信用しているものがある。

 人間は、目先にぶら下がった欲望にひどく弱い生き物だという、その事実だ。


「欲望の街にいて、一度もそういう見世で遊んでいないというのは、とてもではないが信じられん。だいだいお前、話の中でもたびたび、そういう見世に入りたそうにしていたじゃないか」


 すると狂太郎は、ずいぶんと長い嘆息のあと、……こう言った。


「克己心……とでも、いうんですかね?」


 まるで、童貞をウリにしている若いアイドルのような(ウザい)表情で、


「やはり、金銭でその手の快楽を得る、というのは少々、性に合わなくて」

「――そうなのか? だが話を聞くに、ヨシワラの遊女たちは、望んでそこにいる娘もいるようじゃないか」


 例えば、女夢魔サキュバスなどがそうだ。

 彼女らはそもそも、男の精を食わねば生きていけない。他にもあの、サラマンダーの少女も、人の感情を取り込むことで生命活動を維持していると言っていた。


「心から望んで娘を相手にするなら、貴様の心も痛まなかったんじゃないのか?」

「あー……それな。それはまあ……ちょっとだけ思った」


 狂太郎、気まずそうに目を伏せる。

 私はだんだん焦れてきて、遂にこんなことを訊ねた。


「なあ、狂太郎。お前、いったい誰に格好付けようとしてるんだ? まさかとはおもうが、最近私が、お前の話を小説にしてるからって、――好感度でも意識してるのか? 英雄色を好むというし、別に構わんじゃないか」

「いや……その……別に、そういうつもりじゃなくて、だな」


 狂太郎、眉間を強く揉みながら、


「……っていうかもう、良いじゃないか。それは。そういう話が聞きたいなら、飢夫に聞いてくれ。あいつなら、あっちこっちの見世で遊んでいたようだから」

「むむむ……」


 中々口を割らない狂太郎に、唇を尖らせる。

 私が知りたいのは、――この男の体験談なのだが。


「あねさん(※35)」


 と、そこで、見かねた殺音が口を挟んだ。


「狂太郎はん、別に嘘は吐いてへんぇ。実際この人、一度もそーいう見世で遊ばれへんかったみたい」

「ほほう? それは、なぜ?」


 狂太郎が無言のまま、殺音を拝む。

 少女は、ぷいとそっぽを向いて、続けた。


「っていうのも、――うふふふ。ほら。狂太郎はんったら、”ああああ”ちゃんと一緒に、神輿に乗ってあちこち晒されたやろ。それですっかり、名が売れてしもぅたんです」

「え、ああ……」


 メモ書きを見る。二日目の昼のことだ。


「結果、狂太郎はん、ヨシワラ中の見世に出禁喰らって。どこも、”絶倫の王”の相手はしとうないって」

「……ふむ」

「なんや、仕事のために早う帰ってきた、みたいに格好付けてたけど、……結局は、――思ったように遊べへんから戻ったっちゅう。そんだけの話」

「そういうことだったのか」


 私が納得すると狂太郎、渋い顔で言う。


「出禁にならなかったとしても実際、――その手の店を利用したかどうかは、別だがね」

「私としては、盛大に遊んでくれた方が興味深かったのだが」

「期待に応えられず、残念だ。――だが、考えてもみてくれ。あの世界には、今後も立ち寄りたい。雑貨店とのコネクションも、ある。そう考えると、あそこで使える金を、無駄遣いするわけにはいかない」


 それは、――そうなのだが。


「ワーカーホリックだな。きみも」

「心底、仕事を楽しんでるだけだ。


 二人、皮肉な表情で見つめ合い。


「ちなみに、まだいくつか、疑問が残ってる」

「なんだい」

「ローシュと名乗った”救世主”の正体とか。……あと、細かいところだが、沙羅という娘が《無敵バッヂ》の効果を知っていた理由も少し気になる。あと、きみがクロケルと一晩、何を話していたかも……。悪いがもう少し、付き合って貰うぞ」

「んー。……それは構わない、が」


 狂太郎は少し、苦笑して、


「その前に少し、仕事を済ませてきても構わないか。夕食の時間までに一つ、依頼を解決しておきたい」

「仕事? 今、異世界から戻ってきたばかりなのに?」


 すると、狂太郎はむしろ気楽に笑って、


「たっぷり休養はとった。むしろ今こそ、最高のコンディションだよ」

「忙しないやつだなあ」

「まあ、そう言うなって。今も、”終末因子”に苦しめられている数多の世界がある。放っておく訳にはいかない」


 私が、なんと応えるか迷っていると、……去り際に彼は、こう言った。


「話の続きは、夕食の時にでも。場所は、――いつものあの、ファミレスがいい。

 ぼくこの一週間で、すっかり洋食が恋しくなってしまったんだ」





         WORLD0148 『救世主の休息』

                      (了)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※35)筆者のこと。なぜか彼女は最近、私をこう呼ぶ。

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