168話 晩酌、二人
その後しばらくは、和やかな夕食会になる(※34)。
狂太郎たちの行動が呼び水になったのだろうか。いつしか”金の盾”の社員も”エッヂ&マジック”の従業員も共になって、酒を酌み交わしていた。
そこで狂太郎、クロケルとナインが手酌でがぶがぶ日本酒を飲っているところを発見する。
「要するに、……大将戦に《こううん》持ちのマイヒメを置けば、――彼女のスキルが全体に効くってえ寸法よ。マイヒメは面倒くさがりだからな。戦わずに済む方に”幸運”が働くってわけ。つまり今回の親善試合、このオレサマの知謀によって勝利をいただいたようなもんで、――」
「……それなら、三連敗で試合が終わる可能性もあったんじゃないか?」
そんな二人に狂太郎は、
「よう」
と、気軽に声をかける。
「おお! 今回唯一の敗者!」
狂太郎、片眉をぴくりと上げて、苦笑いする。
見た目が子供でなければ、脳天をチョップしていたかも知れない。
「ナイン。失礼な言い方はよせ。……彼がいなければ三戦目、四戦目に勝利はなかったと、私は思うね」
フォローしてくれたのは意外にも、敵方であるはずのクロケルだ。
「えー? そーかあ?」
狂太郎、眉間を揉みながら、
「……きみはいったい、誰の味方なんだ」
「オレサマは、オレサマの味方よ。うへへへへ」
どうやらこの天使、かなり酔っているらしい。
「それより、クロケル。ひとついいかい」
「どうぞ」
「ずっと気になってたんだが、……今回のシナリオ、……史実、なのかい」
「ああ、そうだよ。良い勘をしてるじゃないか。『救世主の末路』は、現実にこの世界で起こった出来事をパロディ化したものである」
「ってことはつまり、……かつて”救世主”が危地に立たされたことも、事実ということか」
「その通りだ」
「なんでそんな真似をした? どうも、今回のシナリオ選びに関しては、――何か、”金の盾”側の意図を感じる」
「悪いが、企業秘密だ」
「………………」
「怖い顔をするなよ。もし、――この事件について詳しく知りたいのならば君は、……今回のゲームの勝者に聞くべきだ」
「”ああああ”に?」
「うん。どうも彼女、……何かこの一件について、知っていることがあるようだからね」
「そうなのか?」
それが事実なら、――偶然にしては、あまりにもできすぎている気がするが。
「あるいはこの一件、君らと因縁、浅からぬ関係なのかもしれないな……」
「――?」
狂太郎が首を傾げていると、……ふいにその膝に、ナインが乗りかかった。
見るとこの酔っ払い、すうすうと寝息を立てている。
「……やれやれ」
「どうも、大変な上司を持ったな」
「まあね。顔が可愛くなかったら、百度は殴ってると思う」
狂太郎、無邪気な寝顔の彼に、布団を掛けてやって、
「ところでクロケル。一つ聞いて良いかい」
「ん」
「このシナリオが”史実”を元にしているなら、……万葉が演じた”救世主”も、実在してるってことだよな」
「そうだな」
「彼女、――あるいは彼は結局、どうなった? この村で起こった殺人事件を、どう治めたんだ?」
「それは、――」
クロケルは、しばし言いよどんだ後、
「……わざわざ、ここで語るほど大した話じゃあない。この事件に出くわした”救世主”、――仮にその名前をKとするが、――Kはそもそも、この村の連中と良好な関係を築くことができていた。だから事件は、あっさりと解決したよ」
「なるほどね……」
だがそうなると一つだけ、不思議な点があった。
『救世主の末路』、――このマーダーミステリー・シナリオのタイトルである。
「なあ、クロケル。ひょっとしてこのシナリオ、無事、犯人を捕まえることができたとしても、結局”救世主”役のプレイヤーは死ぬ結末なんじゃないか?」
「ほう。勘がいいな。その通りだ」
クロケルは、ぐっと日本酒を呷って、
「Kはこの事件の後、”終末因子”との戦いに敗れ、――殉職した。ゲームのシナリオも史実になぞらえて、そのような展開が待ち受けているようになってる」
”終末因子”。
つまり、仲道狂太郎が演じたキャラクター、ということだ。
「万葉の勝ち筋は、――全員の正体を見抜くしかなかったということか」
「そうなるな。この余興では、敵方に理不尽なルールを課すことはできないが、味方に不利なルールを課すことにかけては制限がない」
「……ちょっとそちらさん、自分ところの社員に厳しすぎないか?」
「わかってないな、仲道狂太郎。この程度の試練を乗り越えられないようでは、”救世主”たり得ない。それこそ、――Kのような無駄死にを呼ぶだけだ」
いま。
「Kのような無駄死に」と言ったとき、クロケルは確かに、胸の奥が痛んだような顔をした。
何か、癒やせぬ心の傷があるのかもしれない。
「ふーん」
狂太郎は何気なく、彼の杯に酒を注ぎ、
「ちなみに”終末因子”は、どうなった?」
「……逃がした。この一件は、我々”金の盾”においては最も有名な不祥事の一つなのだよ。Kは、目の前にある小さな犯罪の解決に注力した結果、重大な悪事を見逃してしまった」
「ってことは史実でも、会議は失敗に終わったんだな」
「うむ。――ちなみに、《クッキー型爆弾》で爆殺されたのは、『ライト・サイド』の若女将。ゲームでは、リリスという
「そうだったのか」
議論の内容から、薄雲が会議の関係者だというところまでは読んでいたが、もう一人の名前がわからなかった。
「なあ、仲道狂太郎。――この世の中には、吐き気を催すような邪悪というものがある。その者が存在するだけで毒をまき散らす。そういう存在だ」
「それはまあ、わかるよ。ハンドアウトを読んだからね」
「きみもゆめゆめ、”異世界転移者”には気をつけるようにしてくれ。違法に転移したものは、歪んだ教育を受けている者も多い。その者が”正義”だと信じている行為が、世界にとって害悪だったりすることがある」
「わかってる」
狂太郎、少し嘆息して、
「ちなみにその、Kを殺した”異世界転移者”は……?」
「未だに見つかっていない。きみもやがて、会う日が来るかも知れないな」
「そうならないことを願うよ」
突然、酒の味が苦くなったような気がする。
狂太郎は嘆息して、そっと杯を降ろした。
「ところでこの揚屋、いつまでやってるのかな」
「夜中やってるよ。私も、昨夜は寝たの、夜が明けてからだ」
「そうか」
狂太郎は、少しだけ宙を見上げて、……やがて、昨夜に兵子が奮った勇気を思い出し、――こう訊ねてみた。
「今日は飲み明かさないか。あなたには色んなことを聞きたい」
するとこのひょうきんな顔の男は、魅力的に笑って、
「良かろう」
と、そう応えた。
後に狂太郎が語ったところによると、――この夜の会話は、その後の休暇全部をひっくるめたよりも、愉快な時間であったという。
仕事と酒を愛する二人の、静かな会合であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※34)
なお、その時に判明した各プレイヤーの正体と目的は、以下の通り。
・遠峰万葉
正体:世界を管理するもの。救世主。この世界の法則に縛られず、異世界の情報を口にしても”メタ発言”のペナルティを受けない。
目的:最終投票で真犯人を特定し、正義を執行する。
・ああああ
正体:借金に苦しんでいる賞金稼ぎ。”レベル上げ”犯に関する情報を多数持つ。
目的①:最終投票で真犯人を特定し、正義を執行する。
目的②:(もし、殺人犯=”レベル上げ”犯でなかった場合は)”レベル上げ”犯を特定し、捕縛する。
・呉羽
正体:”救世主”にその使命を奪われた”主人公”役。世界各地で
目的:最終投票で犯人として特定されず、脱出の手段を確保する。
・薄雲
正体:”闇の民”に化けたヒト族。そのため《においぶくろ》などの影響を受けない。また、グッドエンドを迎えても《パンツ》を取り返さないと、元の身体に戻ったあと、変態扱いされてしまう(-1点)。秘密会議における”光の民”の代表。
目的①:最終投票で真犯人を特定し、正義を執行する。
目的②:”闇の民”の代表者を特定し、接触する。
・グレモリー
正体:盗賊。《透明化の薬》《耐火マント》など、村からこっそり逃げ出すためのアイテムを多数持つ。
目的①:最終投票で真犯人を特定し、正義を執行する。
目的②:価値のある”証拠品”を収集する。
目的③:脱出に関係する自分の”証拠品”を(交渉などにより)取り返し、エンディングにて『ライト・サイド』から逃げ出す。
・仲道狂太郎
正体:異世界転移者。終末因子。この世界の法則に縛られず、異世界の情報を口にしても”メタ発言”のペナルティを受けない。
目的①:最終投票で真犯人を特定し、安全に逃げ出す。
目的②:逃亡後、《クッキー型爆弾》を残していくことにより光の民、あるいは闇の民の代表者を暗殺し、”WORLD0148”を混沌の世に戻す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます