166話 彼らの結末

 そしてGMは朗々と、まるで詩でも唄うように、こう告げた。


「それでは、結果を発表する。

 プレイヤー1、遠峰万葉の得票:0

 プレイヤー2、ああああの得票:0

 プレイヤー3、呉羽の得票:1

 プレイヤー4、薄雲の得票:0

 プレイヤー5、グレモリーの得票:0

 プレイヤー6、仲道狂太郎の得票:3

 その他の得票、――村人たち:2

 以上の結果となった」


 その時ほど、――狂太郎の顔面が驚愕に見開かれたことはなかったという(by殺音)。


「……………………………………………は?」


 狂太郎、仲間を見回す。


「いや、………………え? なんでだ? なんでこうなる?」


 ほんの一瞬前まで、(狂太郎の中では)みんな、犯人逮捕のため一丸になっていたはずなのに。

 文化祭に向けてみんなで頑張ろうと決まった放課後、一人教室に取り残されたような気分だった。


 この男の凶相に見回されると、少女たちは揃って気まずそうな顔をして、うつむく。


「ちょっとまてちょっとまて。怖い怖い怖い。なんでぼくに三票もはいる? こんなこと、ある? 投票、改ざんされてないか? 顔か? 顔の問題なのか? ぼく、こう見えて結構、優しいおじさんなんだぞ。ワルっぽいところを見せたのはその、RPロールプレイの一巻であって、――っていうかみんなぼくの理路整然とした推理、聞いてなかったのかい?」


 すると薄雲が、ちょっぴり耳の裏あたりをぽりぽりして、


「えっと。――あの推理ね。いろいろ突っ込みたいところはあるんにゃけど……そもそも私たちの世界、苗字あるよ?」


 それに、赤ら顔の娘が頷く。


「ヨシワラが特別、苗字を名乗らないだけ。っていうかこのゲームの世界って、あくまで設定は海外でござんしょ? しかも百年前。文化が違うくて当たり前でありんす」

「っていうか狂太郎、”ヒノモト・センソーダイスキ”で遊んだにゃん」


 眉間を揉む。


「ああー。そっか」


 源氏と、平氏。


「ヒノモトって昔から、庶民は苗字を名乗らない文化なのにゃ。お侍さんは別だけど」


――アホか。ぼくは。


 あとで絶対、殺音と飢夫に弄られるぞ、こりゃ。


「で、でも、ちょっと待て。ぼくの推理が根本的に間違っているなら、――なんで女将は……」


 それに、さっきの”ああああ”の、熱い視線の意味は、いったい。

 観ると、浅黒い肌の少女はいま、口笛をぴーぴー吹いて、明後日の方向を向いている。


「謀ったな、このガキ……ッ!」(※33)


 狂太郎が憤っていると、「ごほん」とGMが咳払い。

 そしてクロケルは”語り手”モードになって、話を続けた。


「――さて。

 議論の末、六人の旅人は遂に、真犯人の名前を挙げる。

 仲道狂太郎。

 ……それが、旅人たちの導き出した答えだった。

 すると、若女将は小さく嘆息して、こう言う」


 そして演技っぽく、リリスが席を立つ。


「なるほど。狂太郎さんが、――犯人、と。みんな、それで間違いないね?」


――違う。ぼくは無実だ。


 狂太郎はなんとか反論したかったが、もはや賽は投げられている。

 ダイスを振り終えたテーブルトークRPGのようなもので、――プレイヤーにはもはや、この状況を止める術は無い。


「わかった。……彼の処置をどうするか、みんなと相談してくる。ちょっとここで待ってて」


 リリスが宿を後にすると、――そこからの展開は、早かった。

 ぷすぷす……と、焦げた臭いがあたりに充満したかと思うと、……演出上のご都合主義を感じる速度で、狂太郎たちがいまいる宿、『ライト・サイド』に火の手が上がる。


「うを!」

「うにゃ!?」


 狂太郎と薄雲、同時に声を上げて、


「な、――なんだこりゃ! ちょっと、水、水!」


 慌てて、テーブルの上の水差しをぶっかけるが、まさに焼け石に水、という状態だ。


「そ、外に……!」


 だが扉はどうやら、謎の不思議な術がかかっているらしく、びくともしない。


「やべーやべー! このままだと……猫の丸焼きになっちゃう!」


 そんな狂太郎たちを放置して、残った四人は、GMであるクロケルの淹れた紅茶を啜っていた。


「ええええっ。ちょっと! みんなあ! なんでそんな、落ち着いて……」

「諦めな。どうせ此れも、ゲームの演出で、夢の世界の出来事なんだよ。何をしたって、火が消えたりしない」

「夢の中でも、焼け死ぬのは厭にゃ!」


 それきり、薄雲の非難は黙殺される。

 少女たち、火焔に包まれながらも、狂太郎が持ち込んでいた《クッキー》をひとつまみ。


「うーん。妾、どこで間違えたかな?」


 その疑問に”ああああ”が、ぼんやりとした口調で応える。


「まあ、――スキルを過信しすぎちゃったね」

「やっぱり?」

「ハンドアウトにもちらっと書いてあったけど、――どうやらこのゲーム、”スキル”を使うと、不利になるような仕掛けがあったっぽい」

「マジか。――……糞っ。性格の悪いこって」

「たぶんこのゲームの作者さん、こう言いたかったんじゃない? ――特別な力に頼りすぎると、ろくなことにならないって」


 そこで万葉は、「そうか。そういうことか」と呟く。

 あるいは、ゲームの”作者”に思い当たる人がいるのかもしれない。


「ねえ、詳しく教えて貰える? さっきの……真実がどうこう、って話」

「真実、と事実の話?」

「うん。――妾ずっと、『真実は一つだけ』だって、そう思い込んで生きてきたからサ」

「でも、結構有名な話だよ? 帰ってネット検索した方が詳しいんじゃないかなー?」

「其れでも。貴女の口から、聞きたいの」


 ”ああああ”、紅茶を一口すすって、「はあ」と、小さく嘆息。

 なんかいつの間にか二人、宿命のライバルみたいな関係になってる気がする。


――やれやれ。


 甘んじてモブキャラポジを受け入れたこの物語の主人公は、黙って二人のやり取りに耳を傾けた。


「……ええとね。”真実”は、主観的な解釈のこと。”事実”は、実際に起こったできごとなの。……ここまで言えば、わかるかな?」

「悪いが私を、十四、五歳くらいの読者だと思って、もう少し噛み砕いて呉れないか?」

「えっと。――ここに、AくんとBくんがいます。AくんはBくんのことを”親友”だと思ってて、ときどき肩を組んだりする。でも、BくんはAくんのことを”いじめっ子”だと思ってて、ときどき肩を掴まれる、暴力を振るわれてる、怖い、……そんな風に思ってる」

「………………」

「AくんにとってBくんは”親友”。BくんにとってAくんは”いじめっ子”。――これってさ、どっちも”真実”だと思わない?」

「なるほど、主観的な解釈。――そういうことか」

「そ。”真実”ってのは、ニンゲンの数だけあるんだよ。一つだけなのは、”事実”だけ。今回の場合”事実”は、AくんBくんがときどき『肩を組む』ってことだけ」

「なるほど」

「私たちは常に、”真実は複数在る”ことを頭に入れて、推理に挑まなくちゃいけない。――ニンゲンは、弱い生き物。自分自身すら騙す生き物だから。今回の事件でも同じことが言えるの。……犯人はたぶん、自分が人殺しだなんて思ってなかった」

「あ――――……」


 万葉は、長く嘆息して、


「其れで漸く、掴んだよ。犯人は、ヒッチコックの『サイコ』みたいな奴だった、ってことか」

「うん。……そうでしょ? 呉羽さん」


 着席している四人が、……今回の下手人、鬼娘の呉羽に注目する。


「あー。まー。……うん」


 するとそこで、GMが口を挟んだ。


「さすがにこれ以上は、現実世界で語り合っていただく。……私の仕事はここまでだ。

 きみたちはこれから、エンディングに挑んで貰うぞ」

「はいはい」


 少女たち、それぞれ嘆息して。

 そこで、さすがに観念した狂太郎も、宿の食卓に着席する。


「しかし”ああああ”、――ホントにこれで、良かったのかい」

「ん? なにが?」

「きみ、――わざと犯人当てに失敗したろ。でも、この結末だと、誰にも点数が入らないんじゃ……」

「いーや? 全滅しても、点数は入るよ? ハンドアウトに書いてたでしょ。もし全員の正体を当てられたら、――」

「20点を山分け、か?」

「うん。――どうも私以外誰も、みんなの秘密に気づけなかったみたいだし」

「それは随分、リスクの高いことを……」

「言ったじゃん、私。って。でも、ゲームの仕様上、不確定な要素を取り除くには、これしかなかったのさ」


 狂太郎、眉をひそめて、少女を眺める。


――つまりそれ、こういうことにならないか。


 火焔に照らされながら紅茶を啜る少女の姿は、――よっぽど”真犯人”という感じ。

 その、酷薄な笑顔に、かつて初心うぶだった頃の面影はない。


――本当に……変わったんだな。この娘。


 紅茶を一口。


 ちらつく炎が、足元にまで広がっている。

 夢の中だからだろうか。不思議と熱による傷みは感じない。

 むしろ風呂の中にいるようで。――心地良いくらい。


「ねえ、オタクくん。私ひょっとして、やりすぎた? ――こんな私は、嫌い?」


 ”ああああ”が、少し不安そうに訊ねる。

 すると狂太郎は、唇を斜めにした。


「いいさ。勝てれば」


 遠く、村人たちの怒る声――「殺せ、殺せ、よそ者を殺せ!」という号令が、聞こえている。


 そして画面が、暗転した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※33)

 なおこの時の台詞、ヤクザ映画もかくやというドスの利いた声であったがために現在、音声を抜き出してシェアハウスの面々の目覚まし代わりに使われている。

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