149話 初動捜査

 自分の”記憶”が記された小冊子ハンドアウトを読み終えて……げっそりとした気分になる。


――なんか厭だ。こいつに自分の名前がついてるの。


 よりにもよって、”終末因子”とは。

 自分とこいつでは、立場が真逆ではないか。

 狂太郎は苦い気持ちになって、「演技、苦手なんだけどな」と呟く。

 同時に、クロケルと目が合っていることに気付いた。

 彼は、ひょうきんな顔つきを優しげに微笑ませ、


「今回だけは目をつぶろう」


 と言う。


――マジか。今のやつですら、マイナス点対象になるのか。


「ここにいる皆々様も、ルールは厳守していただく。私は一応、しっかり者の悪魔でね。魂だろうが寿命だろうが血抜きの人肉1ポンドだろうが、契約に定められたものは、必ずいただく。常に緊張感を持ってゲームをプレイしていただきたい」


 ギョッとすると同時に、お陰で”ああああ”への手助けもほとんどできなくなっていることに気付く。


――これは”ああああ”のアドバイス通り、素直にプレイした方がいいかもしれないな。


 狂太郎はいまの失敗を取り戻すように……嘆息混じりに、こういう。


「それではさっそく、捜査ふぇ……」


 捜査フェイズ、と言いかけて、


「ふぇ、ふぇ、ふぇーっくしょん!」


 と、いささか無理のあるくしゃみをした後、


「……各部屋の捜査を始めようか」

「うん。――それはいいんだけれど、どーいう手順で、やる?」


 と、そこでGMの解説が入る。

 どうやら、捜査フェイズの間に調べられる場所は、たった三箇所だけだという。


 しかも、捜査には三つ、守らなければならないルールがある。

①連続して同じ部屋を調べることはできない。

②一度調べた場所を、他のプレイヤーがもう一度、調べることができない。

③自分自身の部屋を調べることはできない。


「……要するに、基本的にこのシナリオは、特定のプレイヤーに肩入れしすぎたり、自身の証拠隠滅などはできない仕様だということだ」


 なるほど、それならわかる。

 狂太郎は納得して、


「それではまず、ぼくは”ああああ”の部屋を調べよう」

「えーっ。狂太郎くん、私のこと、疑ってるの?」

「……やかましい」


 にべもなく、言う。もちろん、それとは真逆の意図だ。彼女にとって不利な情報なら、さっさと隠してしまうつもりでいた。一応、狂太郎は彼女の味方なのだ。


「そんなら、妾も狂太郎に付き合うよ」(万葉)

「それじゃ、私は万葉ちゃんの部屋に」(ああああ)

「……わっちは、死体を調べる」(呉羽)

「じゃ、私もそーするにゃ」(薄雲)

「私は、万葉ちゃんの部屋、で」(グレモリー)


 と、言う案配で、六人はそれぞれの部屋と、宿の外へとばらばらに別れることになる。


 ”ああああ”の部屋の扉を開くと、……中は随分と散らかっていた。


――あいつの故郷の家を思い出すな。


 そう思いつつ、探索を開始……しようとするが、わざわざ屋捜しするまでもなかった。

 実にわかりやすく、室内にある数箇所がきらきらと明滅しているのだ。


「『ここを調べてください』とでも言わんばかりだな」

「うん」


 捜査すべきポイントは、

 ベッドの下。

 テーブルの上。

 旅行鞄。

 クローゼット。

 机の棚、などなど。


――アドベンチャーゲームの世界だな。実にわかりやすい。


「さて。どこから調べたものか……」

「斯ういうのは、思い切りが大事なんだ。愚図愚図している様なら妾、先に調べちゃうよ」

「どうぞ。『残り物に福』のタイプでね」

「待ち続けた所為で、――その年まで独身なんじゃ無いのかい?」


 ちくりと刺される。

 狂太郎は苦笑して、


「言っておくが、ぼくは、――」


 そこまで女に飢えているわけじゃない。

 そう言いかけ、て。


「僕は、なあに?」


 万葉が、にっこりと笑う。

 いまの、まさか。


――個人的な話を引き出させようとしたのか。


 だとするならこの娘、なかなか侮れない。

 それがメタ発言とカウントさせられるかどうかは五分五分だが、危ない橋を渡らないに越したことはなかった。

 狂太郎は万葉ににじり寄り、お返しとばかりに、その顎に手を当てる。


「ぼくは、一人の女に囚われるのが嫌いでね。もしよろしければ、きみとも一晩、愉しみたい。――どうだ?」


 いいぞ。いまの悪役っぽいセリフ。演技点、高いんじゃないか。

 対する万葉は、口元に笑みを称えたまま、


「悪いけど、野蛮な男は好みじゃないんだ」


 そして、するりと狂太郎の腕の中から抜け出す。


「どういう男が、好みなんだ?」

「言わない。貴男以外の誰かだと言っておく」

「残念だねえ」


 ひっひっひと笑う。


「まあ、火遊びしたくなったら、いつでも言ってくれ。こう見えて、ぼくは遊び慣れてるからね」


 そこまで言うと、さすがに万葉も不快そうな顔つきになって、ぷいとそっぽを向いた。狂太郎はなんだかちょっぴり、楽しくなっている。自分の中にこんな一面があるとは思わなかった。


「妾は、――ベッドの下を調べるよ。如何にも何か在りそうだ」

「ぼくは、この旅行鞄を調べよう」


 そう宣言すると、こちらが手を触れるまでもなく、革製の鞄が自動的に開く。


――なるほど。こういう仕様か。


 鞄は、革紐で簡単に結ばれているだけで、簡単に中身を覗くことができるものだ。

 その中にあったものを見て、――


「…………ふむ」


 昨日、殺音が買い物したものの中にあったもの。《火系魔法》の巻物だ。


――これはいかん。


 厭な予感がして、狂太郎はそれをすばやく、元の位置に戻す。


「どした? 何が在った?」

「……いや? なんでもないけど」

「ふーん」


 万葉はすこし、うさんくさそうな顔つきになって、


「それじゃ、何を調べたか教えて呉れないんだ?」

「うん」

「ふーん」


 これは別に、ルール違反ではない。


「……ま、いいや。妾はフツーに、犯人捜ししたいだけだからね。証拠の情報を共有してあげよう」

「いいのか?」


 ある意味それは、自分固有の財産を無償で手渡すことにならないだろうか。


「良いよ。どーせ、後で皆に公開する心算つもりだし」


 そうして彼女が取り出したのは、――明らかに実用品とわかる、一振りの剣、であった。


「これは……」

「正直、旅人なら持ってても可笑しくはない代物だね。外れって事だ」


 確かに。

 だが、こちら側にとっては疑念が消えない。


――まさかこの感じ……、万葉ちゃんが探偵で、”ああああ”が犯人役か。


 このゲームそのものが二人の勝負である以上、あり得ない話ではない。

 狂太郎は眉をしかめて、二号室を後にする。



 その後、狂太郎はまず、死体の検分⇒グレモリーの部屋の探索、という順番で捜査フェイズを進める。

 なお、焼死体があったところにはいま、マネキン人形が配置されているだけのようだ。

 まじまじ眺めても気持ち悪くならないための配慮らしい。


――こういうところ、ごっこ遊びだな。


 先ほどの死亡シーンは、かなり迫真であったが。

 なお、調査の結果、


・死体は、旅人の一人である。

・死体の肌の色からして、バルニバービ地方と呼ばれる者のそれと一致する。

・村人によると、被害者は「サイモン」だ。


 以上の事実が、(GMの口を通して)判明する。

 どうやらこの、”サイモン”に心当たりがある者が、犯人の有力候補になりそうだ。続くグレモリーの部屋は、”ああああ”のそれと違って整理整頓の行き届いたところであった。

 そこで狂太郎は、


・《透明化の薬》


 を発見。


――透明化。そんなんあるのか。


 いかにも、悪事に利用できそうな代物だが。

 ただしこれには、注意書きがあった。

 透明化の魔法がかかっている間は、その他の魔法が使えない、とのこと。



 それにしても、と、そこで狂太郎は、ふと、思う。

 ハンドアウトの内容からして、どうもこのシナリオ、この世界の過去に、現実に起こった出来事のように思える、が。


――『救世主の末路』か。


 果たして、どういうことなんだろう。

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