135話 勝利の価値は
『えい、えい、おー!』
城下町にて陣を張っていた侍たちが、勝ち名乗りをあげる。
すると、
『ちッ……! あーくそ! 負けたッ!』
と、ほとんど怒鳴りつけるような口調で、兵子が吐き捨てた。
『……あー、もう俺、サレンダーしまっす。お疲れさんっした~』
『えっ。ちょ、ちょっと、兵子くん?』
沙羅が目を丸くする。
『ま、まだまだ! 諦めるのは早いよぉ!』
『あ~。や。ないっすよ』
ゲームが上手い、というのも困ったものだ。
読みが常人より早いため、詰みの判断が少し突飛に聞こえることがある。
これは、後の感想戦でわかったことだが、――今回のゲンジ側の勝ち筋は、狂太郎が兵子の挑発に乗って、勝負を仕掛けるかどうか。その一点にかかっていた。
”シュテンドウジ”を戦力10のまま”マヨイガ”に閉じ込めて、”ダイダラボッチ”を残した状態で最終決戦に挑む。
そうする他には、ぐずぐずの長期戦に持ち込むしかなかったのである。
『いいっすか。向こうは次のターンで一歩こっちに近づいて、その次のターンで【任天】アクションっしょ? んで、次のターンで攻めてくる。こっちは、【進軍】→【徴収】でカード集めても、【任天】アクションまではいけないから、戦力が揃わない状態で戦わないといけない。……つまり、そーいうことっす』
『うーん……』
沙羅が、哀しげにうつむく。
演技を、――しているようには、見えない。
『ってわけで。これで終わり! 終了しまーす。おつかれしたー』
そう宣言する兵子。
……が、彼の言葉通り、ゲームは終わらなかった。
どうも向こう側で少し、揉めているらしい。
なんでも、余興とはいえ見世物なのだから、最後の手番までしっかりやれ、ということだ。
『はぁ? ……んなこといったって……ええええ……負け認めてンのに……だるぅ……。……ま、しゃーねーか』
そう言って、仕方なく手番を終了させる。
『はいはい。――もうなんでもいーや、【練兵】とかで。さっさと終わらせてくださいよ、……っと』
『ちょっと、兵子くん……真面目にやろうよぉ』
沙羅が、半泣きになっている。
こうなってくると、少し彼女が可哀想に思えてきた。
耳を澄ますと、”外の世界”の野次が聞こえている。
『あーっ! 兵子くん……これはちょっと……感じ悪いやつだぁ!』
という、女司会の声。
だが、――狂太郎と飢夫の解釈は違った。
深く、嘆息する。
彼の態度の悪さ、……というよりは。
その、諦めの悪さに。
狂太郎はその後、敵の本拠地に隣接するマスに止まって。
――単純な戦力強化なら”イヌガミ”だが。
さすがに、二度も兵子くんのやり口に引っかけられるわけにはいかない。
――最後の最後まで勝ちを諦めない。
――勝つための確率が高くなるための、ありとあらゆることをする。
仲道狂太郎の知る限りそれが、”強いプレイヤー”というものだ。
少々余談になるが、――『マジック・ザ・ギャザリング』の
ティミーとは、ゲームの”体験”を重視するプレイヤーである。要するに、「派手な動きをする必殺技で一発逆転!」というようなプレイングを好むタイプだ。
次にジョニーは、ゲームの”自己表現”を重視する。デッキ構築や必殺コンボの考案、突飛な戦術による相手の意表を突く、トリッキーなタイプ。
最後に、スパイク。彼らは常に、”挑戦と勝利”を求める。ゲームにより高い公平性と競技性を求め、大会などへの参加意欲も、このタイプが最も強い。
このうち、より高いランクにいるゲーマーというのはほとんどの割合で”スパイク”であるとされている。
兵子くんもご多分に漏れず、”スパイク”型だと思われた。
ゲームにおいて、”勝利”しか見ていない。”勝つこと”以外はどうでもいい。
”勝つ”ためには、あらゆる言動、心理的な詐術ですら肯定する。
一般に、競技的なゲームのプレイヤーというものは、とあることを知っている。
すなわち、ゲーマーにとって唯一価値があるものはただ一つ、――”勝利”だけである、ということを。
そうではない、ゲームは楽しむべきものだ。所詮、遊びなのだから。
そう思う人も少なからずいるだろう。実際それは、正しい。たしかにゲームにとって”愉しむ”ことは肝要だ。
とはいえ、”どれほど愉しんだか”を計測することは難しい。
計測できないものに高いモチベーションを維持し続けることは、ほとんど不可能に近い。感情は刺激に対する反応であり、刺激はやがて鈍化する傾向にあるためだ。
だが、――”勝利”だけは、はっきりと計測することができる。
強くなるためにゲームをプレイするということは、常に自己研鑽の道を行く、ということだ。
そういう者にとって、――たった一度の敗北が自棄に結びつくことは、あまりない。
有り体に言うと、今のやり取り、……あまりにも彼のようなプレイヤーらしくない言動に思えたのだ。
――演技が臭すぎるぜ、少年。
そこで狂太郎は敢えて、”キヨヒメ”を使用する。
『ヘイシ陣営・狂太郎により、任天カード”キヨヒメ”が使用されました。
”キヨヒメ”は基本戦力0。指定したマス内にいる、あらゆる秘匿された戦闘力を暴きます』
そうして判明した、最終的な敵戦力は、
ヘイシ:戦力10
ゲンジ:戦力14
とのこと。
飢夫が口をぽっかり開けて、
『戦力、――14? あれー!? なんで? どゆこと?』
「我々がしたのと、似たようなことをしただけだろ」
嘆息して、狂太郎は自身の手札、”ガシャドクロ”をチェックする。
このカードは確か、味方コマが死ねば死ぬほど強くなる効果だったはず(その代わり召喚できる位置が限定されていたが)。
もしも兵子が、それに似た効果のカードを引いていたのであれば。
それを、切り札として伏せておいたとしても、おかしくない。
このゲームは基本的に、先に”テシタ”コマが切れた方が負ける。【練兵】アクションで仲間を増やすのは、あまり効率がよくないためだ。
狂太郎は深く嘆息して、――敵陣の空いているマスに”アカナメ”を召喚。
「手番終了だ」
『………………』
「さすがに最後の【練兵】は、ちょっと臭かったな。あそこはあくまで、手札を増やす動きをすべきだった」
今度こそ、――決着、である。
狂太郎は、【進軍】⇒【任天】の順番にアクションを実行。”イヌガミ”を召喚し、自軍を強化する。
さらに、その次のターンで敵本拠地へと【進軍】した。
モニター上に、狂太郎が召喚した妖怪と、”テシタ”たちが襲いかかる。
向こう側の画面が、騒がしくなった。ヘイシ側の兵士が、彼らの首を刎ねるため城に乗り込んだらしい。
『うう…………くそっ』
『ふええええええっ』
二人、うめき声を最後に、モニターの接続が切れる。
ふう、と、嘆息すると、じわり、と、意識が現実世界に引き戻されていくのがわかった。
覚醒の途中、忍装束のリリスが、
「うおおおおおおおおおお! 良かった! 最後の駆け引き、すごく良かったよ!」
と、ぱちぱちぱちぱちと拍手を送ってくれているのに、親指をぐっと立てて。
目を覚ますと、体育館を思わせる、高い天井の照明が眩しい。
「うう……」
半身を起こす。身体が重い。左腕に何かがくっついている。飢夫だった。
樹液をなめるカブトムシのようになっているそれを引っぺがし、狂太郎は立ち上がる。
『な、……ん、かっ! ちょっと意外な幕引きで! 決着! 決着です!
勝者は、”エッヂ&マジック”! 愛飢夫と仲道狂太郎コンビだあッ!
強い! 強いぞ”エッジ&マジック”! 例年にない展開だ!
これにて二勝! ”金の盾”は後がなくなったあ!』
テンションあげあげで叫ぶ司会に、観客、――特に、ナインたちを始めとする天使側は、かつてない熱狂ぶりを見せている。
彼らに手を振ると、なんだか仕事をうまくやったときよりも喜んでくれた。
ナインくんなどは、感極まってちょっと泣いている。
「ありがとう……ありがとう……っ。感動した!」
なんて、ぶつぶつ言ったりして。
――そんな、大袈裟なことなのか?
野球観戦で熱くなるタイプなのかも知れない。
対する”金の盾”は、しんと静まりかえっている。
まるで葬儀会場だ。来ている服もスーツだし。
▼
その後、会場の熱気が静まるのを、少しだけ待って。
今夜の余興の中断を示すアナウンスは、ずいぶんあっさりしたものだった。
『さて! 宴もたけなわ、といったところ!
そろそろ、ほどよい時間となりました!
……ってわけで……本日は、……お開き! 解散としますッ!
また明日、この時間、この会場にてお会いしましょう!
それではみなさん、さよなら、さよなら、さよなら……っ』
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