134話 【合戦】

「ひとつ、きいていいかい」

「はい! なんなりと!」

「ひょっとしてこの後の合戦……というか、茶番って、――ぼくも参加させられる感じ?」

「もちろんですとも! 殿自ら戦わずして、どうして兵が奮い立ちましょうか!」

「うーん……」


 でも、いくら頑張ったところで勝敗、変わらないんでしょお?

 と、いちいち言ってしまうのはこれ、野暮というやつだろうか。


「ちなみに、スキル使って戦ってもいいの?」

「それは、――さすがに空気読めてないですかねぇ~」

「はいはい……」


 狂太郎は嘆息して、たったいまこちらに向かって進軍を始めている妖怪三匹を眺める。


――ええと。現状、こちらに残った戦力は……。


 たしか、飢夫は戦力の大半をこちらに残しているはずだが。


 それでもこの戦いに参加出来ているのは、

 ”ダイミョー”コマ:戦力2。

 ”テシタ”コマ:戦力6。


 対する向こうの戦力は、

 ”レプンカムイ”:戦力7。

 ”カッパ”:戦力1。

 ”タマモノマエ”:戦力2。


 基本的な戦力差なら、8対10。

 この時点で一応、こちらの敗北は確定している状態だ。

 さらにまずいのは”タマモノマエ”の、『ダイミョーコマを優先して取り除く能力』である。

 『ヒノモト・センソーダイスキ』における【合戦】フェイズでは、戦いで生き残るコマをこちらの任意で決められる。

 だが、”タマモノマエ”がいるかぎり、戦争に勝利したとしても、確実に”ダイミョー”コマが殺されてしまうのである。


『う……うわぁ……もうダメだぁ……おしまいだぁ……』


 眼下に視線を送る。”戦力5”、――規模にして一万人程度の兵隊たちが、海の神”レプンカムイ”を前にして、震え上がっている。


「さて、と」


 狂太郎は嘆息して、評定所のモニター前に戻った。


 沙羅は怒り眉で盤面を睨み付けていて、兵子の表情も同じく、険しい。

 しかし、――花魁じみたコスプレをした飢夫だけが、満面の笑みを浮かべていた。


――


 飢夫はゲーム開始時点で、こう言っていた。

 これは要するに、『守りは任せておけ』という意味である。

 奴は”最初の目標”の達成を諦めてまで、自陣の強化に力を入れた。

 ならば、この攻撃を凌ぐ一手を隠し持っていてもおかしくはないはず。


 と、その時だった。

 狂太郎の両肩を抱きしめるように、白く、細い腕が伸びてきたのは。


「――ん?」


 リリスかと思って振り返ると、そこには一人の、妙齢の女性が笑っていた。十二単ひとえを身に纏ったその人の、顔の造型そのものは美しい。だが、おでこの高い位置に太い眉墨が二つ、白粉を塗った肌、血のように赤い紅、黒く塗られた歯と、その顔面はおたふくのお面に似ていて、狂太郎にはそれが、ひどく不気味にみえている。


「お、わ……っ」


 ”タマモノマエ”。

 さっそく”ダイミョー”コマ――要するに、プレイヤー本体を狙ってきた、ということか。

 狂太郎は咄嗟に身を離そうとするが、その両腕は、石像を思わせる堅さで、びくともしない。


――嘘だろ……? こんなんに鳥羽上皇は夢中になったのか。昔の人の美的感覚は計り知れんな。


 何より恐ろしいのは、その口中からほのかに臭ってくる、すえたような香りだ。

 どうやらこいつ、毒の息を吐くらしい。


『………………うふふふふふふ』


 そんな女が、やたら積極的にキスしようとしてくるわけだから、たまらない。


「ひえええ」


 狂太郎は真っ青になってもがく。なんなら《すばやさ》まで起動してみたが、この恐るべき怪物にはまるで通用しなかった。


「やめ……お、おい! 飢夫ッ」


 助けて。

 そう叫びたかったが、彼はしばらく、こちらを眺めているだけだ。


「おい。どうした? な……なんか手立てがあるんだろ?」

『あるよ』


 友人は、にこにこと笑って、


『でも面白いから、もう少し見ていようかな』

「ふざけるな……っ。まじで……これ……夢とはいえ、トラウマになるって……」

『えーっ。でもさー。狂太郎、わたしのこと、勝手に賭けの対象にしたじゃん』

「な………っ」


 ぷるぷる震える両腕で、おたふくの口づけを必死に抑えつつ。


「待て。せめて、一つ言わせてほしい。少なくとも、賭で得たものは共有させてもらうつもりだった」

『ふーん。あ、そう』


 どうやら、怒っているポイントはそこではないらしい。


「べつにいいじゃないか。キスくらい。へるもんじゃないし」


 幸いというか、兵子くんはなかなか綺麗な顔をしている。

 飲みの席でやる冗談くらいのノリでなら、狂太郎だってやれないことはない。


『ってかさ』


 モニター前の飢夫は、長いため息を吐いて、


『狂太郎ったらわたしのこと、そーいうふうに思ってたの? 誰とでも気軽にキスするようなやつだと? ――もしそーなら、ちょっと傷ついちゃうなぁ』


 相棒が、手の中のネズミを虐待するような真似をしている間も、ぐぐぐぐぐ……と、口づけを迫る能面顔が、さらに数センチ近づいている。

 背中にびっしょり汗をかきながら、やがて狂太郎は、こう言った。


「わ……悪かった。すいませんでした。今後は考えを改める」

『よし』


 飢夫はにっこりして、


『そんじゃ、――例のアレ、よろしく~』


 そう言うと、


『ヘイシ陣営・飢夫により任天カード”バケダヌキ”の特殊能力が公開されました。”バケダヌキ”は召還後、”テシタ”コマとして扱われ、一度だけ”ダイミョー”コマへのあらゆる攻撃を防御します』

「”バケダヌキ”?」


 狂太郎が目を見張っていると、目の前にいる”タマモノマエ”の様子がおかしい。


『グ、グ、グ、グ……』


 と、奇怪な声を上げたかと思うと、


『グエエエエエエーッ!』


 断末魔を挙げて、その場にばったりと倒れた。


「おおっ!」


 狂太郎が目を丸くしていると、――彼女を始末したのはなんと、案内人のはずのリリスである。


「え。きみ、手伝ってもいいの? 反則じゃない?」


 狂太郎が目を丸くしていると、


「ご安心下され! 殿。わたしは”テシタ”コマ扱いってことにしましたので! ルールには違反しておりませぬ……ってね」

「?」

「情勢が変わったってこと!」


 不思議に思って再び、天守閣から外を見下ろすと、そこにあったのは、異様な光景であった。

 それまで、すっかり戦意を喪失していた手下はどこにもなく、――その代わりとばかりに、数百匹もの妖怪の群れが、”レプンカムイ”と壮絶な戦いを繰り広げているのだ。

 妖怪たちはみな、古い器物を擬人化したような姿をしているらしく、倒されても倒されても、無限に街のあちこちから湧いて出てくるようだった。


「おおーっ」


 感心していると、


『あーっ。……やっぱりなんか、奥の手があったか。くっそー!』


 と、兵子くんが、吐き捨てるような声で叫ぶ。


『ちなみに使ったのは、――”ツクモガミ”カード! 街があるマスにのみ召喚できる、戦力5の妖怪コマだ。この子の能力はぁ……防衛側の【合戦】でしか使えない代わりに、手持ちにあれば即座に使用できる!』


 嬉しそうにカード効果を読み上げる友人に、ちょっぴり嫉妬。

 カードゲーマーなら一度は憧れる、一番気持ちいい瞬間である。


『GIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE』


 天を衝くような、断末魔の悲鳴が上がった。

 見ると、勇気ある兵士の一人が、”ツクモガミ”と協力して”レプンカムイ”の心臓に刀を突き立てている。


『と、いうわけで! 今回の【合戦】は我々の勝利! きみたちの侵攻軍は全滅だ!』


 友人が、悪役を思わせる高らかな笑い声を上げて。


『もう一回言わせてもらうよッ。せっかくだし!

 この【合戦】は、――わたしたちの、勝利だ!』

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