128話 ヒノモト・センソーダイスキ
しぶしぶ布団に潜り込むと、――驚くほど早く、眠気が襲ってきた。前日徹夜した、休日の朝みたいに。
恐らくはリリスの能力なのだろうが、大したモノだ……と、感心する間もなく、
「………………ム」
はっと、目が覚める。
夢の中で目覚める、というのも妙な話だが。
狂太郎はとにかく、それを体感した。
意識は、思ったよりもしっかりしている。現実と大差ないくらいだ。大きく伸びをしてみる。筋肉がほぐれて、心地が良い。
「――――――ふあ、…………ウム」
周囲を見回す。少々現実味の感じられないほど清潔な畳の部屋に、柔らかい布団が敷かれていた。
四方は、襖で囲われている。
狂太郎はまず、ふかふかのそれを引っぺがし、立ち上がった。
同時に、少々違和感を覚える。
まず、髪型。
どうやらいま自分は、短い髪を無理矢理チョンマゲっぽく結わえているらしい。
服装も、いつもの服ではない。
小袖の上に深緑色の肩衣をまとった、袴姿に着替えさせられている。
この格好で寝ていたことを考えると、ちょっぴりディテールに雑さを感じるが、まあいい。
試しに数度、頬をぴしゃりと引っぱたく。
痛みは、――ちゃんとあるようだ。
「これが
よくよく耳を傾けてみると遠く、観客のざわめきが聞こえてくる。
『はい、――全選手、いま、夢の世界への転移を確認しました! ゲームのストーリー解説、ルール説明が行われるまで、今しばらくお待ちください……!』
という、女司会の声も。
案内に従って狂太郎、布団の上であぐらをかいて待っていると、――やたら野太い声で、アナウンスが響き渡った。
『時は戦国ゥ!
争い止まぬヒノモトに、ヨミの国より偉大なる使命が課せられたッ!
「ヒノモトの民よ! 喧嘩を止めよ! みんな仲良くせよ!」
と!
しかぁし! 神に言われた程度のことで、誉れあるイクサを止められるものかッ! 否ッ! 否否否否!
我らは、争わずにはいられない!
片や、ルール無用の残虐ファイター! ゲンジ!
片や、伝統に囚われた狂気の
ヒノモトは今! 真っ二つに割れているッ!
仲良くできぬというのなら、敵を殺るしか、ほかにないッ!
今! ヒノモトの命運を賭けた、全面戦争が始まろうとしているッ!
あなたはこれより、大名となりて氏族を率い! 神々との約定を果たす必要があるッ!!
殺せ、殺せ、敵を殺せ! 一人も残すな! うまくいかなきゃ、腹を切れ!
死ね、死ね、死ね死ね死ね! 誇りのために死ね!
お前は名も無き花では無い!
お前は気高き、桜の花だ!
桜花のさだめに生まれたからには!
気高く咲いて! 美しく散れッ!
それが! それこそが! 民を率いるサムライの、たった一つのお役目だ!
『ヒノモト・センソーダイスキ』! ここに開幕!』
腕を組みつつ、名調子を傾聴する。
元気の良い声だった。声優さん誰だろう。
そう思っていると、――ぱたん、と、すぐそばの襖が開かれて、
「殿! ただいまより、ルール解説を行います!」
と、忍者の格好をした、十二、三歳くらいの娘が現れる。
彼女の顔には見覚えがあって、
「きみ、リリスかい?」
この”余興”に巻き込まれる直前に、言葉を交わした
彼女は、短い舌をぺろりと出して、
「えへへ」
と、悪戯っぽく笑った。
「言ったでしょ?
「そうかい。心強いよ」
「もちろん、あたしは中立! ヒントは出せないけどね!」
それは、わかっている。ずるはよくない。
「それじゃ、殿! こっちにきて! 今からゲームの説明をするね」
導かれるがまま、隣室にある『評定所』と題されたゲーム専用の部屋に向かうとそこには、今どき珍しい黒電話が三つと、自分以外のプレイヤーの姿が映されたブラウン管のテレビが三台、古めかしい映写機と、大きめのスクリーンが一枚、――さらに、
どうやらこのマップ、各プレイヤーの部屋にも同じものがあるらしい。
プレイヤーたちはそれぞれ、マップ上のコマを操作することでゲームを進行するようだった。
――現実世界でこれと同じものを作るなら恐らく、二、三十万円は下るまい。
『ヒノモト・センソーダイスキ』は、それだけ大がかりなボードゲームであると言える。
「すごいな。よくできてるじゃないか」
ざっくり見たところ、どうやら我々の世界の東京がある辺りが”ゲンジ”の本拠地で、同じく大阪があるあたりに”ヘイシ”の本拠地があることがわかった。
――見たところ、領地拡大系のボードゲームの感じだが。
真剣な表情の狂太郎に、リリスはにこにこでロール・プレイを開始する。
たぶん「殿に首ったけなくノ一」的なキャラ付けの彼女が語ったゲームのルールは、以下のような内容であった。
▼
『ヒノモト・センソーダイスキ』 ルール説明 その1(※14)
●ゲームの目的
各プレイヤーにランダムで配られる”最初の目標”カードの条件を満たし、敵本拠地にいる”ダイミョー”を殺すこと。
●ルール解説
ゲームは、各プレイヤーごとに1手番ずつ行うことによって進行する。
プレイヤーはまず、”ダイミョー”と”テシタ”コマを各1ヶずつ与えられる。
自勢力コマと敵対勢力コマが同じマスにいた場合、ターン終了後に戦争処理を行う。
敵勢力の”ダイミョー”を二体とも殺すことが出来たプレイヤーの勝利。
●手番で行うこと。
プレイヤーは、四種類の行動の中から一つを選んで、1手番とする。
なお、前のターンで使用した行動を二回連続で行うことはできない。
【進軍】”ダイミョー”コマを除く全てのコマを、隣接するマスに移動することができる。
※資源:スシを使うことでさらにもう1マス移動させる。
【徴収】”テシタ”コマの配置されているマスごとに設定された資源や、任天カードを取得する。
※資源:スキヤキを使うことで、さらに2倍の資源を獲得可能。
【練兵】”ダイミョー”コマのいるマスに、”テシタ”コマに発生させる。
※資源:テンプラを使うことで、さらにもう1体、”テシタ”コマを生み出す。
【任天】神に祈祷することにより、手札の任天カードを使用する。
※資源:オムスビを使うことでさらに追加でもう一枚使用する。
▼
「……と! 基本はこーいうかんじ! 要するに、たった四つのアクションを繰り返していくだけのゲームってこと! そんなに難しくないでしょ?」
「んー……? ふむ……」
しばし、眉を段違いにして考え込む。
その後、気になったルールの詳細点(”テシタ”コマの上限数、各マスによって手に入る資源の種類など)を確認して、
「……それと、まずその”最初の目標”カードというのをもらってもいいか」
「あ! それはちょっと待って! 一応ルール上、飢夫くんと兵子くんが、陣営を決めてからになるから」
「ぼくと沙羅ちゃんには決定権はないの?」
「うん。一応二人は、助っ人役、だからね」
それもそうか。
狂太郎が、何やら黒電話で話している飢夫の姿を見上げる。
ほどなくして、――結論が出た。
『狂太郎・飢夫は、ヘイシに決定されました。
”最初の目標”カードを配布します』
とのアナウンス。
同時に、狂太郎の目の前に一枚のカードがふわりと出現する。
その内容に……目を走らせようとして、
「悪い。文字が読めない――《翻訳機》がないから…。代わりに読んでくれないか」
「ん。――ええと……『長崎に到達する』だって!」
「長崎……」
日本地図を見る。
言わずと知れた、西の端っこに位置するその都市を眺めて。
本拠地とされている、大阪との距離を考える。
「これ、――わりと厄介に見えるんだが。どうなんだ?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※13)
ゲーム・マップはほとんど日本と変わらない地形で、
蝦夷、陸奥、武蔵、信濃、大和、長門、四国、筑紫と書かれていたらしい。
この辺、現代人にもわかりやすいように、
北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州地方……のように表記することにする。
(※14)
本来は、このタイミングで全てのルールの解説が行われたが、――そこのところはお話のテンポの関係上、詳細なルールは今後、必要に応じて解説しておくこととする。
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