106話 裏エンディング

 ファーストフード店の中央で、――突如として奇声を上げた一人の店員に、お客が訝しげな視線を向けている。

 生来、下手に目立つことを嫌う飢夫にとっては、針のむしろに座る思いのはずだ。

 だが今は、それどころではなかった。

 何分、世界の存続に関わることである。どのような振る舞いも許されるべきだ、という思いがあった。

 彼の頭はいま、とある思考でいっぱいいっぱいになっている。

 その時、彼の頭に浮かんでいた案は、


・自分の手でエンディングロールを発生させる。


 ということ。

 どういう形であれ、――エンディングロールが発生した場合、あのエセ天使が様子見に来ることは知っている。

 狂太郎の最終目標が”天使と会う”ことだとするなら、それで目的は果たせるはずだ。


――いや。


 むしろ、いまそれができるのは、自分だけじゃないか。

 飢夫はウェットティッシュを握る手にぎゅっと力を込めて、


――そうと気付いたからには、もうのんびりしちゃあいられないな。


 一ヶ月。アルバイトでもして、のんびり時間を過ごそうと思っていたが。それこそ狂太郎の主義に反する。

 彼はいつだって、一秒でも早く仕事を終わらせることを旨としてきた。

 そうすることで、一人でも多くの人命を救うために。


 今回だってそうだ。

 現在、この世界は極めて不安定な状況にある。

 ”日雇い救世主”として、それを放っておく訳にはいかない。

 飢夫はぱっと作業を止めて、すぐそばにいる学生の一人に歩み寄った。


「ねえ、ちょっといいかな?」

「……へ? な、なんです?」


 目をぱちぱちと瞬かせる”ネコ族”の少女。


「悪いんだけど、調べ物がしたいんだ。スマホ、貸してくれないかな」

「えっ。急にそんなこと言われても……」

「おねがい。人の命がかかってるんだ。おねがい!」


 通常、ファーストフード店員にこのような申し出をされて、素直に受け入れるものは少なかろう。

 だが飢夫の場合は違った。美形無罪というべきか。頼み方がうまいというべきか。

 ”ネコ族”の少女は、少しだけ不思議そうな顔を作ったが、


「……変なこと、調べませんよね?」

「もちろん」

「それなら……」


 と、パスワードを解除したスマホを渡してくれる。


「ありがとね」


 飢夫は気安く言って、早速情報を集め始めた。

 明らかに店内の注目を集めていたが、――これはこれで気分が良い。

 何せ自分の立場は、圧倒的な白色。全ては世界を救うための行動だ。

 自分の正しさを信じているのであれば、どれだけ奇異に見える行動だって行うことができる。


 素早くインターネットに検索し、――かつて”神の子”、つまり”ああああ”が行ってきた”奇跡”の仔細を確認していく。


 『おいでませ かいぶつの森』には主に、エンディングが二種類用意されていた。

 そのうち一つは、


・島の幸福度を最大値にすること。


 これがいわゆる、”表エンディング”と呼ばれるもの。

 全てのプレイヤーが、最初に見ることが出来る、一番簡単なエンディングだ。

 だがこれは恐らく、達成済みだろう。試しにネットカフェで”神の子”に関する情報を調べた時、かつてそのような”奇跡”が起こったという記録があった。

 となると、飢夫が目指すのは、――ゲームプレイヤーの間で”裏エンディング”あるいは”隠しエンディング”と呼ばれるものだ。

 多くのゲームでもそうであるように、”裏エンディング”というのは、かなりのやり込みを必要とする。

 その突入条件はいくつかあって、


・島にトタカカ(ゲーム制作者のパロディキャラクター)を呼び、彼にエンディングテーマを唄ってもらう。

・島に金色の花が一定数以上咲いている状態で雑貨屋に話しかける。

・博物館の展示品をコンプリートする。

・プレイヤーがデザインした服を、三十人以上の住民に売りつけた状態で洋服屋に話しかける。

・魚屋にて、(この世界では禁制品とされている)魚をコンプリートする。


 それぞれ、一度のプレイで迎えられるエンディングはただ一度だけ。

 過去の情報を調べたところ、この辺はどれも攻略済みのはず。

 だが一つだけ、未攻略の”エンディングロール”があった。

 それは、俗に、


・大親友エンド


 と呼ばれるものだ。

 コミュニケーションゲームの着地点としてはぴったりのこのエンディングは、”大親友エンド”を除く全てのエンディング条件を満たした状態で、島民にとある申し出をすることによって発生する。


――この条件は、……。


 と、スマホを操作しつつ、彼女がかつて起こした”奇跡”に関する情報を検索する。


「……よかった。未達成だ」


 思わず、ガッツポーズ。彼女の奥手ぶりに感謝。

 理由はまあ、想像するまでもない。奥手すぎるのだ。

 ”ああああ”は主に、作業系の目標を積極的にクリアしているようだが、肝心の島民とのコミュニケーションはそれほど積極的に行っていない。

 気持ちは、わかる。

 実を言うと飢夫も、学生時代はそうだった。

 積極的に誰かと関わる理由を探していた。

 物語の主人公のように、能動的な性格の誰かが声をかけてくれる日を望んでいたのだ。

 だが結局のところ、そんな都合の良い人は現れなくて。

 それで気付いたのだ。

 子供向けの絵本でも語られているような――当たり前の事実。

 友だちを作るには、勇気の一歩が必要なのだ、と。


――だから彼女は、犯罪とかそういう、”自分が関わるに足る”理由を求めたのかも知れない。


 なんて。

 いまさらちょっぴり、”ああああ”に対する理解を深めたりして。


「あのォ……もうそろそろ、よろしいですか?」


 控えめな口調で、”ネコ族”の少女がこちらを見上げる。

 飢夫は、にこりと笑って、彼女にスマホを返して、――その頭を、優しく撫でた(※14)。


「ふにゃん……」


 可愛く目を細める少女。「いいなぁ」という目を向ける彼女の同級生たち。

 その時、――


「あのぉ、ウエオちゃーん?」


 という、”ウサギ族”店長の声。


「きみさぁー、お客様と何をしてるのかな?」


 どうやら、サボりがバレたらしい。


「いくらお偉い”ニンゲン族”サマだからって、適当に仕事して良いわけじゃないんだぞ。そもそも、身元も良くわからないきみを雇ったのだって……」


 ぶつくさ言う彼の言葉を無視して、


「あっ、店長、ちょうどいいところに来ました」

「はあ? ちょっときみ、何様のつもり……」


 もうすでに彼の喉元まで、”クビ”という言葉が出かけていることがわかる。


「ひとつ頼みたいことがあるんです。できれば、例の……”神の子”がいた島へ電話がしたくて、――何か、ツテはありませんか?」

「……無理に決まってる。島へ電話するにはそれだけで、多額の寄付金が必要になる。――それにそもそもきみ、頼みごとができる立場かな?」

「ええ。店長は親切な方なので」

「おだてたって、何も出ないぞ」

「またまたぁ」


 そして飢夫は、そっと彼の腰に手を回して、


「とりあえず話は、店の奥で……」


 ちょっと背伸びして、彼の耳元で囁く。

 その後飢夫は、店の休憩室で、――何らかの”説得”(※15)を行った。


 コトが終わった後、店長は意見を180度反転させていたという。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※14)

 筆者は常々、いい年したおっさんが、若い娘の肩から上に触れるのはどうかと思っている。――が、この場合はどうなんだろう。

 とりあえず飢夫の話によると、特にセクハラ的な問題にはならなかったらしい。


(※15)

 具体的にどういう”説得”だったか、飢夫は結局教えてくれなかった。

 ただ、「ウサギの性欲は強く、常時発情している生き物である」という動物知識が役に立った、とのことである。


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