97話 タヌキ雑貨店にて

 愛飢夫が高度一万メートルから落下している、まさにその頃。

 仲道狂太郎は、温泉上がりの身体を揉みながら、山エリアを散策していた。


「……ふう」


 身も心もぽかぽかで、気分が良い。

 営業だった頃、遠出するときこっそり地元の温泉に浸かるのは小さな愉しみであった。

 もちろん当時も今も、仕事をせずに遊んでいたわけではない。狂太郎はすでに、彼にしかできない仕事を終えていた。


 ウータン族の事件。

 オポッサ族の事件。

 三日月館の事件。


 それらに関する十分な収穫が得られている。


――あとは、”ああああ”の正体を知ること。

――何故、彼女が”終末因子”となってしまったのか。その原因を探ることだ。

――飢夫の情報収集を待つ手もあるが、こちらもこちらで、調査を進めておかなくては。


 と、そこまで考えてようやく、狂太郎は一つ、わりと手慣れた手段があることに気付いた。


――そういえば”ああああ”のやつ、この世界にネットがある、とか言ってたよな。


 確か、出会った時のことである。

 彼女、ちらりとこんなことを言った。「インターネットに書いてあった」と。

 まあ、さもありなん。

 この世界は、我らの知る歴史から枝分かれた時間軸にある。

 1999年から世の中がおかしくなったのであれば、ぎりぎりIT革命が起こっている時期だ。


 方針が決まれば、あとは行動するだけ。

 狂太郎は早速、この世界の携帯電話を手に入れることに決める。

 彼が向かったのは、以前ニャーコに案内された、街エリアの雑貨屋だ。

 田舎独特の雰囲気たっぷりな雑貨屋へ到着すると、中から巨大なキンタマをぶら下げた”タヌキ族”の男が現れる。


――うわ。品物に結構当たってるぞ、あれ。


 内心嫌な気持ちになっていると、店主は、


「おや? あんた……」


 と、親しげな笑みを作った。

 この世界の住人の顔は見分けがつきにくいが、……しばし彼と、彼のキンタマを眺めて、


「あ、あなた、ポンポコさんですか」


 と、”三日月館”の事件で顔見知りの”タヌキ族”だったことに気付く。


「どうも。さっきぶり、だなもし」

「ええ。お疲れさまです」


 控えめに会釈しておく。

 ポンポコは、頬まで裂けた口をにやりと歪めて、


「いやー、お互い大変だったねえ。まさか自分がキャストに選ばれるとは、ねえ?」

「え。キャスト?」

「まーたまた、惚けちゃってぇ。”天岩戸あまのいわと作戦”のことよォ。そっちだってもちろん、知ってたんでしょ? 外から来た人とはいえ、さ」


 と、そこで彼自身、すこし不安になったのか、


「あれ? まさかいま、彼女に聞かれて……」


 と、ちょっと辺りを見回す。


「なあんだ。誰もいないじゃないか」

「聞かれちゃいけない相手って、――もしかして、”ああああ”ですか?」

「他に、誰かいる?」

「あ、いえ……」


 瞬間、狂太郎はほとんど電撃的に、思考の切り替えを行った。

 大学時代、非童貞の陽キャたちに囲まれた時に活用していた、”話題を何となく合わせる”の術を使う時が来たのだ。


「でも、壁に耳あり障子に目あり、とも言いますし」

「それはそーだけども。……いっつも気を張ってるってのも、ねえ? 人によっては、島にいる間ずっと演技っぽく振る舞ってるやつもいるけど」


 どうやらこの男、アタリだ。

 今日は一日、聞き込みを行ってきたが、ここまでべらべらと内部事情を話してくれた住人はいない。


「ところでいま、捕まった”スカンク族”の彼はどうしてますかね」

「そりゃまあ、……とりあえず聖地からは追放、だなもし。敬虔な男だったけど、あいつにゃあ運がなかったんだな、もし」

「ポンポコさんも、ここに来るまでは苦労されたんですか?」

「もちろん! 寄付金たんまり積んで、”ガチョウ族”のパイロットにも袖の下を使って……。あんたらみたいな人と違って、我々みたいな性悪は、いろいろ手を回す必要があるんだな、もし」

「その価値はあったかい」

「当然よ。”神の子”の力は凄いからねえ。釣り竿垂らせば魚は大量。貴重な虫は山のように押し寄せ、果実は毎日のように生る。岩を叩けば金が生まれて、樹を揺らせば望みの家具が手に入る。……ここは桃源郷、だなもし。とはいえ、」


 言って、ポンポコは指先を擦る。”現金を望む”という意味のジェスチャーだ。


「一番うれしいのは、あの娘が金相場に無頓着なところ! お陰様で島の外じゃあ家族全員、六度は遊んで暮らせる貯金ができた」

「へえ」

「なにせ”神の子”ったら、こっちが望めば望むほど、立て替えの費用を出してくれるものだから。こちとら、稼ぎ放題ってわけ」

「でもそれ、失礼に当たらないのかい」

「馬鹿な! そう言う輩が一部いるという話は聞いたけど、まったく馬鹿な話だな、もし。神が現金を嫌うなら、そもそもそれを、創造すらしなかったはず!」

「ふーん」


 狂太郎はさりげなく、室内の商品を順番に眺めて、


「ところでここ、携帯とか、ノートPCとかはないのかい」

「あるけど、カタログから取り寄せになる、だなもし」

「それだと数日かかるでしょう? いますぐ使えるものを、譲ってもらえないだろうか」

「だったら、誰かからもらい受ける、くらいしか……」


 そうか。

 もらい受けるしかないのか。

 狂太郎は中空をしばし眺めて、――《すばやさ》を起動。

 雑貨店のレジ付近に置きっぱなしになっていたガラケー(※10)をポケットに入れて、


「それじゃ、また今度来るよ」


 と、言う。

 そして店主に見送られながら、狂太郎はさっさと雑貨店を後にするのだった。



「パスワード……当然あるわな」


 携帯電話を片手に、まず一言。

 もちろん狂太郎とて、無策ではない。

 なぜあの男から携帯電話を盗んだかというと、


『TATA1TATATA9TATA9TATATA9TATA(タヌキの絵)』


 という、いかにもなメモ書きが、たまたま目に入ったためである。

 予想通り、セキュリティコードは”TA抜き”の1999。


「アホすぎて笑う」


 苦笑しつつ、ネットに接続。

 インストールされているアプリは、メール機能、ツイッター……に似たSNS、インターネットのたった三種類しかなかった。

 案外この世界、携帯端末に関する進歩は遅れているのかもしれない。

 いずれにしても、この手の携帯電話には世代的に馴染みがある。操作は難しくなかった。


 それと同時に、”万能翻訳機”を取り出す。『ゲームボーイ』という往年の携帯ゲーム機に酷似したそれは、裏側にカメラのような装置がついていて、どういう原理かこちらが「読みたい」と思う内容を自動で翻訳してくれるらしい。


――さて。まずはメールから……、


 まず目についたのは、


『”神の子”接近のご連絡』


 というタイトルだ。

 詳しく調べると、


『まもなく、”天岩戸作戦”:ケースナンバー3が開始されます。

 キャストの皆様方は、既に案内済みの行動を取って下さい。


 あなたの役職は……

 

 『容疑者A』

 

 です。


※容疑者として心がけること。

 びくびくしてください。

 元気にしていて下さい。

 死なないで下さい。

 とびどぐもたないでください。

 一見、何か企んでいるような素振りをときどき行って下さい。』


「容疑者、Aね……」


 他は大して注目すべきようなメールはなく、次に進む。

 SNSを開くと、ポンポコ氏の書き込みが六件。


『ボドゲしに来たら”神の子”きた件」

『マジで殺人起こったlol』

『いま、取り調べを受けてます。……でもこの時間、ホントにいる?』

『”神の子”推理中……』

『終了。』

『自分のびっくりする演技、みんな見てくれたかな:)』


 それ以外の情報もまた、今回の一見と関係はなさそうだ。


――なるほどな。だんだん……何が起こっているかわかってきたぞ。


 最後に、いよいよ核心を突く。

 インターネットに接続し、”神の子”というワードで検索。

 すると、トップ画面に『”神の子”速報』、次に『神の子』に関するウィキペディアが表示される。


「困った時にはやはり、ウィキペディアだな。やっぱ」


 などと呟きつつ、ページにアクセス。

 『寄付のお願い』と書かれた長文を読み飛ばし、さっさとその本文に目を走らせた。


 その内容は、次のようなものである――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※10)

 どうもこの世界、2007年にiPhoneが発明されなかったらしい。

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