96話 高度一万メートルの殺人
その後、狂太郎と飢夫は一時、二手に分かれることになった。
狂太郎は島に残り、これまでに起こった事件の検証を行う。
飢夫は『動物工場』があった場所、――ロンドンへ向かい、この世界全体の情勢を俯瞰する。
そういう段取りだ。
なお、島の行き来には本来、複雑な手続きが必要らしいが、……ここでも”ああああ”の名前が効いた。
ごり押しで搭乗手続きを済ませられたのである。
そんなこんなで飢夫は再び、あの玩具のような飛行機に乗っている。
さて。
今現在、筆者の手元に、その時に書かれた飢夫のメモがある。
下手くそな字だし、内容も煩雑で、正直にいうと資料としての価値は大したものではない。
だが彼なりの一生懸命が伝わると思うので一応、ここにその内容を掲載することとしよう。
▼
【”日雇い救世主”の目標:”終末因子”の排除!】
●”終末因子”とは?
→その世界を崩壊へと導く危険なもの。
●”終末因子”には属性(強さランクみたいなもの?)があるらしい。
→シックスくん情報。ただ、詳細までは話してくれなかった。
→狂太郎なら、何か知ってる?
→とりあえず、この世界の”終末因子”はそれほど凶悪なものではない、とのこと。
→わたしが最初に担当する世界だしね。
●”終末因子”は、ゲームにおけるラスボス……とは限らない。
→といっても、その確率はとても高い!
→ラスボスはストーリーの関係上、悪いことを企んでいることが多いのから。
→でも、そうじゃないこともある。そもそもラスボスがいない世界、とか。
「そういう時は、その世界の”異世界バグ”がヒントになることが多い(狂太郎談)」
●異世界の種類
→話によると、基本的にゲームをパロディ化したような世界が多いらしい?
→いまいるここは、『おいでませ かいぶつの森』の世界。
→狂太郎はこのゲームの知識を持ち合わせていない。わたしがしっかりしなくちゃ。
●異世界バグについて
→この辺りの理屈が良くわかっていないので、予習がてら文章にしておく。
→よく”異世界バグ”の代表として挙げられるのが、”大気”の存在だ。
→ゲームを作る上でしばしば、”大気”の存在は無視されることが多い。
→我々がゲームをプレイするとき、操作しているキャラクターは決して、生き物じゃあない。指先一つで動かせる、操り人形だ。彼らは息をしないし、なんなら食事すらしないことだってありうる。
→だから異世界の多くは、”大気”の存在そのものが省略されるケースが多い。
だがそうなると少々、不可解な点がある。大気がないなら当然、気圧もなく、オゾン層もなく、二酸化炭素もないわけだ。そうなった世界はどうなる? 生き物は有害な紫外線をまともに浴びることになるだろう。地表に熱をためておくこともできなくなるから、太陽光の当たっていない箇所はとてつもなく温度が下がることになる。
→だが、異世界では基本的にそういう、ゲームの進行を妨げるような問題は全て、無視されている。大気が存在していないにも関わらず、風は吹き、鳥は空を舞い、火は酸素を燃焼させるのだ。
→狂太郎によると、そういった事象をひとまとめにして、”異世界バグ”と呼んでいるという。
→総じて”異世界バグ”は、異世界を創造する上で生み出された歪み、とでも呼ぶべきものかもしれない。
●これまでの事件について。
・第一の事件
わたしが最初に巻き込まれた事件。ウータン族の縄張り争いらしい?
フランジの大きさの違いにより、兄が逮捕される。
・第二の事件
オポッサ族の二丁拳銃乱射事件。
一度自殺したにも関わらず、幽霊となって再登場。
その後、警官隊の目をかいくぐって脱出。死体はちゃんと死体安置室に置かれていた。
・第三の事件
”三日月館”での殺人。スカンク族の男が犯人、とのこと。
だが、疑問はまだ残る。彼女の推理と、狂太郎の推理が食い違っていることだ。
(ながい余白。
わりと巧い自画像が描かれている)
●”終末因子”について
→主人公役の”ああああ”ちゃんが怪しい?
→本人にその自覚はないようだけれど。
●狂太郎にはまだ話していないこと
彼がまだ、気付いていない事実がある。
といっても、気付くのも時間の問題だろうけれど……。
狂太郎はいま、誰かが超常的な力を駆使してると思ってるみたい。
だけどたぶんそれ、間違ってると思うんだよね。
だってもし、この世界にそういう、魔法的な力が存在するなら、……わたしにはわかるはずなんだ。
なにせ、わたしに与えられたスキルは、《まりょくⅩ》。
あらゆる超常の力を操ることが出来る。
でも、そうなると疑問は残る。
この世界で、紛れもなく異変が起こっていることは間違いなくて。
だったらいま起こってることって、いったい――
(ここでトラブルが発生。
大きな書き損じがある)
▼
唐突だった。
いきなり、がくん、と飛行機が斜めに傾いで、
「え。なになになに? ドユコト?」
ただでさえ乗っていて不安になるような、そんな頼りない形状の飛行機なのだ。
飢夫は慌てて、操縦士に声をかける。
すると操縦士の”ガチョウ族”は、気軽な口調で、こう応えた。
「ただいま高度、一万メートル。結論からいいます。当機は現在、墜落中で、あ、ございます」
「は?」
「とはいえご安心ください。すべて、シナリオ通りの展開で、あ、ございます」
「シナリオ通り?」
「はい。事前に通告があった通り、――」
そこでがくん、と、機内が揺れる。
気流に呑まれたらしい。
「ちょ、ちょ、ちょっとまって。事前? 通告? そんなの、聞いたこと……」
「で、あれば、ご愁傷様、でした。とはいえこれも、必要な犠牲で、あります」
犠牲?
飢夫はぎょっとする。
「それでは、供養も兼ねて、今後の展開と、……トリックについて、解説しておきましょう。
我々はこれから、異常な他殺体として発見されることとなります。
全身の血液を抜かれた、からからのミイラ死体。しかも、二人揃って!
なんとまあ、恐るべき。なんとまあ、怪奇な現象でしょう。
謎はきっと、とてつもなく深まっていく。そうに違いありません。
なにせこの事件……連続殺人、なのだから!」
「何を……何を言っている……?」
だが、男は構わず続ける。
そこでようやく、飢夫は気付いた。
この男の、純白の羽根に覆われた両腕が、がくがくがくがく、と、震えてる。
サングラスの奥の両目は大きく見開れていて、赤く充血している。
――正気、じゃない……?
彼は、壊れたラジオのように途切れ途切れに、こう続けた。
「飛行機という密室の中。
この事件は無理心中、あるいは何らかの怪奇現象が起こった、という結末となるでしょう。
ですがもちろんこの事件、”犯人役”の用意が、ございます。
なんと犯人は、”オオカミ族”の検屍官であったのです!
彼は昨今、名探偵として名を売りつつある”ああああ”さまに嫉妬し、彼女には決して解けない謎を生み出すため、たまたま事故死した我々の死体を弄くって、変死体を生み出したのですよ!
ど、ど、ど、どうでしょう!
この意外な真相は!?
きっと”ああああ”さまもお気に召すことと、あ、存じます」
どん、と爆裂音。
見ると、飛行機の羽根が両方、根本からへし折れているらしい。
いま、この玩具のような飛行機は胴体のみで、弾丸を思わせる形状になっている。
「なんだか知らないけど、手違いだ! わたしはきみらのその、奇妙な陰謀とは関係ない!」
「だとしても! も、も、もう! 遅いんです! 私がここを出るとき、こうなるよう、あらかじめ細工しておきました! 絶対に! このフライトでは! 誰も! 助からないように! あなたです! あなたがいけないんだ! わたしは一人で乗るつもりだったのに」
「……? な、なんなんだ、いったい」
飢夫は真っ青になって、搭乗口の非常用レバーを引く。
ゆっくりと扉が開き、――眼下には、太陽の光を受けてきらきらと輝く海が見えた。
「飛行機嫌いがみる悪夢みたいな状況だな……!」
などと、軽口を叩いてみる。
狂太郎ならきっと、そうするだろうと思えたのだ。
「お客様に、あ、申し上げまぁす。驚くのも無理はありません、が。
でも、ご安心ください。きっと、次のあなたは、もっと巧くやりますよ。
すべては、この世界の秩序のために必要なこと」
もはや、彼とのんびりコミュニケーションを取っている余裕はない。
前方を見る。
視認できる距離に、白く、美しい浜辺が見えた。
「このまま海水に落下できれば、――ああいや、でも、それだけじゃダメなんだっけ」
海水への落下は意外と危険だ、とか。
そんな話を聞いたことがある。たぶん狂太郎から。
それで、ちょっと気になって、いろいろ調べたんだっけ。
もし、飛行機が墜落していることに気付いたら?
それでもまだ、あきらめてはいけない。
ギネス記録だと、ヴェスナ・ヴロヴィッチという女性が高度一万メートルからの自由落下で生還を果たしている。
――空気抵抗は、思っているよりもはるかに強烈だ。
――それを最大限活用して、大の字になること。
――着水の瞬間は足か手から。この時、必ず頭部を保護すること。
――足は動かなくなっても、配信活動には影響ないな。足を犠牲にしよう。
――とにかく痛い。たぶん、足の骨は折れる。覚悟を固めろ。
――よし。
そして彼は、空を……飛び……かけて。
「は……は……は……はは! お客様、どちらへお出かけですかぁ!?」
泣きそうな表情になっているパイロットに振り向く。
捨て置く、可能性も考えた。
だが、
「……くそっ!」
彼の道義心が、それをさせなかった。
きっと狂太郎ならそれをする。だったら、自分もそのように振る舞わなければ。
そう思えたのだ。
「こい! あなたも……!」
それが判断ミスであったとして、――誰が彼を責められよう。
彼らの乗る飛行機が爆発四散してのは、その次の瞬間だ。
善行ばかりが、良い結果をもたらすとはかぎらない。
世界が一瞬、赤い火炎に包まれた。
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