95話 フーダニット

 ”三日月館”、談話室。

 樫で作られた頑強な食卓に、スカンク(マダラ)、タヌキ(ポンポコ)、ビーバー(ジョン)、イヌ(バウワウ)、――それに、涙でまなじりの毛をびっしょりと濡らしたネコ(ニャーコ)の五人が並ぶ。

 一応、狂太郎と飢夫、それに”ああああ”も容疑者であるはずだが、何故だか誰も、彼ら側ではない。


――容疑者に捜査させるとか、異常にもほどがあるよな、冷静に考えると。


 部屋の出入り口は、”オオカミ族”の警官隊が睨みをきかせていて、何人たりとも逃がさないつもりだ。


「なんか、ちょっと前に遊んだマーダーミステリーに似てない? ここの雰囲気」


 という飢夫に、しーっと人差し指を立てる狂太郎。

 ”ああああ”はまず、食卓のお誕生日席に座って、


「え、え、えーっと、その。み、みなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。……犯人を、その。みなさんにその、お伝えしたいためです」


 しどろもどろに口を開く。


「え?」

「なに?」

「そんな!」

「いったい」

「誰が?」


 あ、ちゃんとみんなリアクションするもんなんだな、と、妙に感心。


「あの、一ついいですか?」


 と、そこで、イヌ族のバウワウさんが口を開いた。

 顔面全体を覆った白い毛が、見るからに年老いた犬の印象だ。


「私、殺人は、外部の者が行ったと思い込んでいたんですが」

「いいえ。その痕跡はありませんでした」

「なんと」

「ご存じの通り、この”三日月館”は、四方を高い壁で囲った豪邸です。もし屋敷に侵入しようというのであれば当然、その壁を越えなければなりませんが……そんなことが可能な動物はいません。もし何かの仕掛けを使って壁を越えたとしたら、当然その痕跡が見つかるはず。ですが、それらしきものはまったく見つからなかった」


 一瞬、狂太郎は首を傾げる。

 果たしてそうだろうか。

 彼女の推理に、抜けはないだろうか。

 本当にここの警官たちは、どんなに小さな痕跡も見逃さなかったのか。


 狂太郎の疑問をよそにバウワウさん、不思議そうに首を傾げて、


「では、”ああああ”さんはこう言いたいのですか?

 犯人は……この中にいる、と」


 情感たっぷりに、言った。

 ドラマとかだったら、登場人物の顔がそれぞれ、アップで映されるシーンである。


「はい。そうです」


 ”ああああ”はだんだん舌が回るようになってきたらしく、流ちょうに続けた。


「まず、今回の事件の鍵は、――現場に残されていた足跡です。足跡はそこの……」


 狂太郎を指して、


「……”ニンゲン族”の男性のものを除けば、たった一種類。ニャーコさんのブーツだけでした」

「なら、話は簡単じゃないか! 犯人はそこの、ネコガミ氏の妻君。それ以外にない。話は終わり!」


 声を上げたのは、白と黒、横断歩道のような毛並みを持つ”スカンク族”、マダラだ。彼はその柔らかそうな尻尾をふりふり、席を立つ。

 馬鹿馬鹿しい、私はもう帰らせて貰うぞ。――そう言わんばかりに。

 もちろん、彼の思い通りにはならない。

 ”オオカミ族”の屈強な警官たちが彼の前に立ち塞がり、じっと彼を見下ろした。


「…………ぐぐ……」


 マダラは、警官隊の圧に押されて、再び椅子に座り込む。

 この世界の住人の顔面は毛に覆われていることが多いため、その表情はわかりにくい。

 だが、明らかに動揺していることがわかった。


 もう正直、素人目にもわかる。

 「犯人はきっと彼なのだろう」と。


「ねえ狂太郎。彼きっと、人狼ゲームすごい下手だよ」


 と、飢夫。しーっと人差し指を立てる狂太郎。


「で、でも私、作業場に行ったのは、朝、主人を呼びに行ったときだけにゃ……それ以外は、一度だって行ってない」


 ニャーコさんは震える声で、反論する。健気だ。可愛い。狂太郎はそう思った。


「では何故、ニャーコさんの足跡が残っている。――言っておくが、きみの長靴はサイズが小さすぎて、とてもではないが我々には履けないぞ。もし無理に長靴を履いて歩けば、ブーツの中に、何らかの痕跡が残るはずだ」


 マダラ氏、わかりやすく今回の事件の問題点を整理してくれる。

 要するに今回のミステリーの焦点は、ここだ。


・犯人はどのようにして、ネコガミ氏のいる作業場に向かい、ニャーコさんにその罪をなすりつけたのか?


「え、ええっと、ですね。現場に、……ニャーコさんの足跡を残しつつ、殺人を行うことができた人が、ただ一人だけいるのです」

「だ、誰なんだぁ!? そいつはいったい!」


 いよいよこうなってくると、マダラ氏の態度が白々しく思えてくる。

 そこで”ああああ”は、テーブルの上に、ジップロック入りにされた証拠品、――白と黒の毛を放り出した。


「……な!」


 マダラは狼狽して、その場を後退った。


「そ……それはたぶん、昨日よりもっと前に、作業場を見せてもらったときに抜けたものだろう」

「嘘にゃん」


 鋭く、ニャーコさんが横やりを入れる。


「主人は作業場では集中するからって、絶対に私以外の人とは会わなかったにゃ。だからみなさん、泊まってでも主人を待ってたにゃ。ちがう?」

「ぐ、ぐむ……」


 マダラは一瞬、言葉に詰まったが、


「だが、足跡の件はどうなる? どうやって俺が、作業場に行ったと言うんだ?」

「簡単です。――私こう見えて、動物の習性には詳しいんです」


 ”ああああ”が胸を張って、こう言う。


「あなた、”スカンク族”の中でも、マダラスカンクと呼ばれる種族ですね?」

「――ム」

「マダラスカンクは、”ニンゲン族”、”イヌ族”を除いて、この世の中で逆立ちができる、非常に珍しい種族なのです。特に、修練を積んでいない自然の状態で逆立ち歩きを行う種は、この世にマダラスカンクだけだとか」


 少女がそう告げると、すかさず”オオカミ族”の青年が補足トリビア。

 自立式の逆立ち動作は非常に難しく、首を反らすための頸椎、あるいは手の関節角度や体重の関節強度が重要らしい。これが可能な種族は、今夜、(何故か絶対的な信頼を置かれている”ニンゲン族”を除けば)マダラのみ、とのことだ。

 なお、なぜマダラスカンクがこのような動きをするかというと、敵を威嚇するためらしい。


「あなたは、ニャーコさんのブーツに……こう……手を突っ込んで、逆立ちの格好で作業場まで渡ったのです」

「ぐ、む」

「足のサイズは合わずとも、手を入れることは難しくないはず。そうでしょう?」

「ぐ、む、む……」


 そのタイミングで、別働隊が扉を開けた。

 なんでも、彼の旅行鞄の中にあった衣服から、少量の血液反応が見られたのだという。


 苦い表情のまま、マダラを、数人の”オオカミ族”が取り囲む。

 そのまま彼は、無抵抗にお縄に着いた。


「な、なんで俺が……貧乏くじを……」


 そう、呟きながら。

 ”犯人”を見送ると、――なんだか虚無的な余韻だけが残った。


「ねえ、狂太郎」


 と、そこで飢夫が、口を開く。


「この結末って、――」


 狂太郎、人差し指を唇に当てて、


「わかってる。ぼくの推理とは違うな」


 しーっと、友人を静止した。

 その時である。


「はは、はははははは!」


 と、少女が突発的な笑い声を上げたのは。


「すごいぞ。私。や、やりました! 私、ほ、本物の……名探偵みたい!」

「そうだな」


 狂太郎は笑って、彼女の肩をぽんと叩く。


「ただ、昨日からぶっつけで事件に出くわしてるんだ。ずいぶん疲れただろ? 少し休んだらどうだい」

「え? ええ。もちろんそのつもりですけど」

「では、ぼくと飢夫はしばし、別行動をとりたい。いいね?」

「へ? 私、ひょっとして、……クビ?」

「――そういうんじゃない。その後また、きみの助けを借りるつもりだ」


 狂太郎はそこでいったん言葉を切って、


「だが、我々は我々でやるべきことがある」


 内心、彼はこう結論づけていた。

 、と。

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