54話 スイッチの在処
前話において、「ウイニング・ラン」と表記した。
だが実を言うとその後も、ちょっとした一悶着がある。
殺音との決着の後、このように些末な話をするのは蛇足だが、……無視もできない事象を含んでいる。
そのため少々、ここで語らせてもらいたい。
さて。
駆ける狂太郎が頭に思い描いていた”リセットボタン”の在処は、以前にちょっとだけ顔を出した村長の屋敷であった。
二階建て、煉瓦造りの一階。
「村づくり系ゲームの基本画面」といったレイアウトの、どこか市役所を思わせる一室だ。
『食糧部門』
『資材部門』
『住民部門』
『建設部門』
『オプション』
『交易部門(※ネット通信環境が必要です)』
と、日本語の看板が掲げられたカウンターには、それぞれ一人ずつ、どこか個性に欠ける女の子たちが佇んでいる。
彼女たちは皆、それぞれ、唐突に現れた闖入者に目を白黒させていた。
まず声をかけたのは、――もちろん『オプション』と書かれたカウンターの娘だ。灰色のベレー帽を被った彼女は、悪魔みたいな表情の狂太郎を見上げて、
「な……なんでしょうか?」
と、泣きそうな表情を作る。この手の対応には慣れている狂太郎は、
「スイッチはあるか」
細かい説明を無視して、そのように告げた。少女は完全に怯えている。慣れているからといって得意だというわけではない。
「え。ええっと……?」
「スイッチだよ。きみら二百年くらい前に、変なやつからスイッチを受け取らなかったか」
「え? あ、……ああ……」
その表情、どうやら心当たりがあるらしい。
確信を得られた狂太郎は、さらにずずいっと詰め寄って、
「では、それをくれ。いますぐに」
「えっ。ダメですけど」
当然、少女はこう応える。
「すまんが議論の余地はない。すぐ渡してくれ。この世界の命運が掛かっているんだ」
「だとしても、ダメです」
「なぜだ」
「いや、だってその……ふつーに……あなたにその権限がないから……ですけど」
「なんだって。権限だと」
「はい。……そもそも私たち、村長以外には口をきいちゃ行けない決まりですし」
「そうなのか」
「はあ。内政に関しては、村長を通した
「ふむ……」
狂太郎、腕を組んで、
「ゲームのシステム的なやつの反映なのだろうが、――もう少し柔軟に対応してもらえないかな」
「ちょっと。急に、なんなんですか、あんた」
口を挟んだのは、『建設部門』の娘だ。似たような顔が並ぶ中、彼女はちょっぴりお姉さん気質なのだろう。敬語の関西弁に、はっきりとした怒気が含まれている。
狂太郎、はやる気持ちを抑えて、《すばやさ》を一段階だけ起動して事情を説明する。
「簡単に説明すると、――君らが後生大事にしているものが、世界を滅ぼすためのスイッチだということだ。そんな危ないもの、いつまでも放置しておく訳にはいかないだろ」
「はあ?」
「要するに、――全ては宇宙人の陰謀ということなんだよ。わかるかい?
「いいえ。ちっとも」
なんだか、こっちの方が異常なことを言っている気がしてきた。
「しかしきみらだって、さっきのあれ、みただろう?」
”さっきのあれ”というのは要するに、宇宙基地ならびに、軌道エレベーターの爆発四散ショーのことである。
「いいえ。見てません。私たち、仕事場を離れるわけにはいきませんから。一歩もここを出てませんよ」
「マジかよ。真面目がすぎる」
彼女、眉を段違いにして、
「だいたい、――なんですのん? ”ウチュージン”て」
そうだった。この村の連中、そこから説明しなくてはならないのか。
さすがに、焦れる。
焦れたが故にこの男、――かつてないやらかしを行ってしまった。
「やむを得ん。――無理矢理探させてもらうよ」
狂太郎、《すばやさ》を7段階目(通常の100倍)にして、室内にある棚をかたっぱしから空け始めたのである。
「どこだ? スイッチはどこにある……ッ?」
それもこれも、狂太郎なりに必死だったからであろう。
あるいはもちろん、勝ちを急ぎすぎた、ということも勘定にいれていい。
いずれにせよ彼には、客観的な視点が抜けていた。
①いつものように仕事をしていたら、
②急になんか怖い顔の男が現れて、
③しかもその男、なんか滅茶苦茶キモいスピードで動き回りながら、
④自分たちの仕事場を荒らし回ってきた。
古今東西、このような事態に出くわした娘たちが次に起こす行動は、ほとんど一種類に限られている。
少女たちのソプラノが、屋敷中に響き渡った。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「だれかああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ヘンタイよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
その悲鳴たるや、加速された世界にいる狂太郎ですら耳に障る高音域である。
「ちょっと君ら、静かにしないか」
加速を解除。苦い顔で叱りつける。
しかし少女たち、
「しゃべったああああああああああああああああああああああああああああ」
「キモチワルイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
「いまおっぱい触られた気がするぅうううううううううううううううううう」
と、半ばヒステリーを起こしている。もうこうなってくるとまともな議論など望めない。狂太郎は小学生の頃、クラスの女子のお尻を触った触ってないで学級裁判にかけられたときのことを思い出していた。
――ひょっとするとこれ、かなり困ったことになってる?
このままでは、回復した殺音に追いつかれてしまうではないか。
ことここに至って、そのように間抜けた負け方はしていられない。小説にもならないだろう。主人公というやつは、なんだかんだで最終的には勝つものだ。そうでなければ。
とはいえ、八方塞がりであることも事実だった。
すでにこの部屋に存在する、ありとあらゆる棚を開いてみたが、どうもそれらしきものは見当たらない。
――参ったな。
これはひょっとして、”村長”の立場が必要だった、ということだろうか。
考えられない話ではない。
ゲームの記録を”リセット”できる者がいるとするならば、――それは、ゲームのプレイヤーに他ならないのだから。
狂太郎、少し目を細めて、以下のように想像した。
今。
あの、壮絶な戦いを経た、今。
――いやあ。やっぱりどうも、きみの力が必要だったみたいだわ♪ 手伝ってくれ☆
などと、殺音に頭を下げている自分の姿を。
狂太郎は生来、自尊心の低い男だが、さすがにそれはできない。
どうやら一つ。謎を解く必要があるらしかった。
”リセットボタン”の場所を。
――落ち着け。思い出せ。
むむむ、と、こめかみの辺りに手を当てて、狂太郎は考え込む。
あの
――大した意味はないんダ。
――ちょっとしたジョークのつもりでネ。
――日常、すぐそばにあるスイッチ一つで世界が終わるというのも、なんだか笑えるだロ。
考える時間はとりあえず、無限大にあった。
《すばやさ》持ちの有利な点は、こういう時、いくらでも長考できるところだ。
結果、人がじっくり考えて行うような慎重な選択も、瞬時に行うことが出来る。
導き出した答えの手がかりは、仮面少女の一言。
宇宙基地に到着した時に呟いた、
――なんやここ、どっかで見たことあるなあと思ってたけど。
――あれやね。村長の屋敷っぽいね。
狂太郎、眉を思いきりしかめて、四方が金属製で作られた、屋敷の壁面を見る。
その脳裏には、先ほど村の上空を通り過ぎた時に見た、村全体の形状が思い浮かんでいた。
「これだ」とそう思い込んで見れば、――間違いない。
「”リセットボタン”って、……この……建物そのものか」
顔をしかめる。彼の凶相がより深くなった。
なるほどそれなら、魔物たちが屋敷に到達するとゲームオーバーになるという設定とも合致する。
――悪趣味な。
狂太郎は率直にそう思って、ひとまず屋敷から外に飛び出した。
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